エピローグ1

 ――簡素なベッドの上、息が重なる近さで二人で見つめ合う。目の前にいるのはよく見慣れた、幼馴染みの女の子。

 肩の上で短く揃えた蜂蜜色の髪がとても綺麗だった。

 

 兵舎の数ある部屋の主人あるじの一人、二ノ宮衣蕗にのみやいぶきは頭を抱えていた。――今日も。


 蒼緒と告白し合ったとはいえ、その途端、吸血がしやすくなるわけじゃない。むしろ余計――――に意識してしまい、余計――――に恥ずかしくなってしまった。

 無事に帰投し軍医の治療を受けたため、治療は順調だが、怪我のためいつもより多めに吸血しなければならない。とは言え一度にたくさん吸い過ぎると〈花荊〉に負担がかかり過ぎてしまうため、こまめに吸うようにと言われた。

 こまめ? こまめってどのくらい? ……からはじまり、何もかも意識してしまう。というか付き合いたて? なのだから何から何まで意識してしまうのは当たり前で、最早一緒にいるだけでドキドキしてしまうあり様だった。


 ちなみに帰投中の道すがらはまだ良かった。

 雪音たちの目がある分、やっぱり蒼緒も恥ずかしいらしくて、いっその事、指から吸ったから。

 でも指からというのもそれはそれで恥ずかしい。何せ本人の目の前で指をくわえ、舐めるのだ。

 おまけに雪音のやつが、


「指だって舐めればそれなりに気持ちいいわよね?」


 なんて言うし、紗凪だって、


「ええっ!? いや、え? あ……う、うん……」


 なんて顔を赤らめるものだから、蒼緒まで意識しちゃって恥ずかしいのなんのって、たまらなかった。

 そりゃこっちだって、出来れば痛くはさせたくない。くわえてすぐに吸血ってわけにもいかず、舐めはじめたら蒼緒が真っ赤になっちゃって、それがまた可愛――

 いやいやとにかく、少しはマシな指ですらそれで、恥ずかしいったらなかった。


 ――で、帰投したらしたで、こまめな吸血をなんて言われるし!

 とにかく、戦闘の汚れがあるため、蒼緒が先に入浴した。その後、負傷兵用の浴室(個室)に二人で入り、衣蕗は手脚だけ自分で洗うと、胴回りは濡れタオルで清めて貰い、洗髪台で洗髪して貰った――蒼緒に。

 そもそもそこからすでに恥ずかしい。

 怪我は元々多かったから、髪を洗って貰うのは初めてではないが、以前は悪いな、くらいの気持ちだったのに告白なんてし合っちゃったもんだから、妙に意識してしまう。……個室だから二人っきりだし。

 おまけにその……、髪を洗う指が……き、気持ち良くて……。おまけに座りながら洗髪台に顔だけうつ伏せになっているから、背中に、その、や、やわらかい物が当たって、蒼緒は気にしてないみたいだからこっちも素知らぬ振りをするしかなくて。でもそれって却って悶々とするっていうか、正直頭も背中もたまらなかった。

 あと髪も乾かして貰った。自分でやると言ったのに、傷に障るからと、拭いて乾かして貰った。

 こまめに、と言うからその際に少しだけ吸血した。あと……キ、キスも……した。

 

 昨日はあんなに上手く……というかすんなり出来たのに、意識すると恥ずかしくてたまらなかった。でも……個室で二人っきりだったし。……そういう雰囲気だったし。……しちゃって。


 いや、今思い返しても恥ずかしい。

 キスとか。しかも蒼緒となんて。……いや蒼緒と以外する気なんてないけど! でも、……やっぱりやわらかくて……気持ち良くて。


 ……で、蒼緒には食事と仮眠を取ってもらって、今に至る。


 ワンピースタイプの寝巻きパジャマ姿で、二人してベッドの上で見つめ合う。格好は一昨日と変わらない。つまり……破廉恥……というか、ちょっと…………えっちだ。

 白いコットン製のワンピースタイプの寝巻きはノースリーブな上、襟ぐりが大きく開いている。裾は長くて膝下まであるのが救いだが、腿から下は透けた柔らかな素材であり、白い脚がのぞいている。つまりいささか露出量が多い。いささかどころかだいぶ多い。……その、肌色の面積が。

 衣蕗はごくりと息を飲んだ。


 ……可愛い、デザインだとは思う。でもやっぱりドキドキしてしまう。

 心臓が早鐘のように鳴る。

 

 ――で、何からしたらいいんだ?

 キ、キスから? それとも押し倒してからキス?

 いや待て、それってなんかがっつき過ぎじゃないか?


 最早どうすべきかさっぱりわからない。そもそもキスは必須なのか? いや、まあ、唾液は興奮させたり麻薬効果があるから、肌を舐めるよりもっと効果が高いらしい……けど。だから必須というかより好ましいらしいが。

 不意に蒼緒が口を開いた。


「……衣蕗ちゃん、傷はどう?」

「ん? いや、痛み止めも効いてるし、それ程痛くない、かな?」

「胸も?」

「うん。胸の方がどっちかって言うと、爪がかすった程度だし、マシかな? なんでだ?」


 そう聞くと、蒼緒が顔を赤くして俯いた。


「えっと、また、跨ってした方が、楽かなって」


 そう言われて跨られて吸血した事を思い出し、こっちまで顔が熱くなる。近いし、……破廉恥、だった。

 衣蕗は大きく手を振って断った。あれは刺激が強過ぎる。


「い、いや、傷はだいぶいいし、平気だ!」


 すると蒼緒が遠慮がちに言った。

 

「あ、でもパパッと吸うんでいいからね? 傷に障らないように――」

「だめだ!」

「え?」

 

 蒼緒が驚く。だけどだめだ。そこだけは譲れない。だって――


「だって、つ、付き合ってから、初めてのちゃんとした吸血……だから」


 そう言うと蒼緒が声を詰まらせた。

 そしてはにかんで笑う。

 

「っ、衣蕗ちゃん……。…………衣蕗ちゃんって意外とロマンチスト、……だよね?」

「っ、」


 むずかゆい。


「そ、そういうんじゃない。……蒼緒が大事……だから、大事にしたいんだ」

「っ!」


 衣蕗が言うと、蒼緒がまたも言葉に詰まったようだった。そして両手で顔を覆ってしまう。


「……衣蕗ちゃんってほんと、そーゆーとこぉ……」

「へ?」


 意味がわからない。おかしな事を言っただろうか?


「蒼緒?」

「……ううん、いいよ。……ありがとう。そう言ってくれて、私も嬉しい」


 そう言って蒼緒が手を取った。

 ……だから、その手を少しだけ引き寄せて、……キスをした。

 してみたら案外難しくなくて、少し笑ってしまった。緊張し過ぎるより、蒼緒となら自然でいた方が、上手く出来るみたいだ。

 そう思ったのは蒼緒も同じみたいで、唇が微笑むのがわかった。

 一度離してもう一度する。


 ……吸血のためには、キスもコツがあって。

 つまり、麻痺効果を高めるために、深いキス……というのをしなくちゃいけなくて。

 衣蕗は息を飲むと、勇気を出してほんの少しだけ、唇を開いてみた。すると、彼女の唇も開くのがわかった。

 ドキドキする。でも、嬉しかった。同じ気持ちでいてくれるという事が。もう、幼馴染みという関係ではないけれど。

 緊張しながら舌を差し入れた。ちょっとだけ、ぬるりとした。

 初めての感触に、うわ、と思う。ドキドキしてたまらない。そのドキドキが大きくなって行く。


「……蒼緒」

「ん、」


 初めてのドキドキが蒼緒とで良かったと思う。


「蒼緒、……好きだ」


 そう告げると、肩をすくめて顔を赤らめた。


「……私、も、衣蕗ちゃんが……好き」

「うん。ありがとう」


 自然と言葉が出た。好きでいてくれてありがとう。

 それから。

 好きにならせてくれて、

 ――ありがとう。


 初めて出会った日から、そばにいてくれて。

 模倣なのかも知れない。でも、


「私は、今の蒼緒も、出会った時の蒼緒も、どっちも大好きだよ」

「……うん。ありがとう」


 蒼緒が微笑んで、泣いた。


 それから、時間をかけて吸血した。キスも、いっぱいして。……血はとびきり甘くて、美味しかった。

 それから二人して眠りに落ちた。

 今日は、いつもみたいに布団をかけてやれなかったけど、瞼が落ちちゃう前に二人して布団に潜り込んだ。布団の中は冷たかったけれど、きっとすぐにあたたかくなる。


 だって、二人して生きているんだから。

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