第12話 身分の壁

 放課後になり、昨日と同じくダルクの下へ向かおうと教室を出たアリア。


 そんな彼女の前に、一人の少年が立ちはだかる。


「どこへ行くつもりだ? アリア・スパロー」


「……ルクス……」


 ダルクを追い出したカーディナル家当主が、次期後継者として養子に迎えた下級貴族出身の少年、ルクス・カーディナル。


 試験ではダルクに敗れたものの、総合評価としてはトップの成績だったため、入学式では新入生代表も務めていた。


 身分が身分のため、嫌でも同じクラスとなってしまった彼の存在に、アリアは小さく溜め息を溢す。


「……どこでも、いいでしょ……退いて」


 実のところ、アリアはルクスのことが苦手だった。


 優れた魔法の素質に高いルックスを兼ね備えた彼は、貴族子女の間で非常に人気ではあるのだが……貴族としての自意識が人一倍あるため、魔法を上手く扱えないアリアのことを常に一段下に見ている節がある。


 いくら見た目も家柄も才能も良かろうと、自分を露骨に見下す人間を好きになるほどアリアも物好きではない。


 素っ気ない態度で脇を通り抜けようとするアリアを、ルクスは腕で遮った。


「随分と冷たいじゃないか。それがに対する態度か?」


でしょ……」


 ダルクは知らないことだが、彼がいなくなった後すぐに、カーディナル家の養子となったルクスはアリアと婚約していた。


 その婚約関係は、アリアの魔法制御技術が一向に改善しないこともあって、一年ほどで解消される運びとなったのだが……今更それを持ち出すルクスに、アリアは顔をしかめる。


「元であろうと、一度は俺の女になったのは変わりない。しかも、婚約者のシクラ嬢はお前の姉だ、無関係とは言わせないぞ」


「…………」


 シクラ・スパロー──この学園に通う三年生であり、アリアの実の姉だ。


 アリアと違い優秀な魔法使いで、背も高く、凛と張り詰めた雰囲気から同性のファンも多いという完璧な美少女。姉妹で似ているところなど、髪の色くらいのものだ。


 幼い頃から周囲に比較され、冷たい言葉を浴びせられ続けてきた過去が頭を過り、アリアは顔を俯かせる。


「だからこそ、言わせて貰う。この後も、あの平民のところへ向かうつもりなのだろうが……そんな関係は今すぐ解消しろ。これはお前一人ではなく、スパロー家と……それに関わる全ての家にとっての問題だ」


 カステード王国は貴族社会だ。

 魔法の力を背景にその権威を高め、長年に渡って優秀な人材を登用することで力を強めてきた貴族家と、そうでない者達の間には、深い溝が横たわっている。


 この学園が平民に対して門戸を開いていることも、決して平民のためなどではなく──ごく稀に出現する魔法の才を持つ平民を貴族側に抱き込むことで、今ある権力構造を守ろうという意味合いが強い。


「これ以上、お前が魔力も持たない出来損ないの平民にすり寄っているなどと噂が立てば、迷惑するんだよ。お前もスパローの名を背負っている自覚があるんなら、付き合う相手くらい少しは考えろ」


 故に、ルクスの言い分は貴族としてはこの上なく正しい。貴族社会の利益を考えれば、魔法がなくとも貴族に対抗出来てしまうダルクの存在は、害にしかならないのだから。


 しかし、だからこそ……アリアには、到底受け入れられなかった。


「良くない。私は、ダルクと一緒にいる」


「なに……?」


 まさか反抗されるとは思っていなかったのか、ルクスは目を見開く。


 そんな彼に、アリアはハッキリと自らの意思を口にした。


「スパローの名なんて、背負いたくて背負ってるものじゃない……!! 貴族の恥だって、みんなずっと、私のことは無視してきた癖に……初めて、私に優しくしてくれたダルクを……悪く言わないで!!」


 感情の昂りが、アリアの内に秘められた膨大な魔力を活性化させる。


 保有者であるアリアの意思を離れ、怒りの感情のまま暴走を始めたその力に、周囲が一気にざわつき始めた。


「っ……この、馬鹿野郎が!!」


 こんなところで魔法を暴発されては、教室ごと吹き飛んでしまう。


 ルクスが咄嗟に魔力を練り上げ、対抗魔法を発動しようとするが──それより早く、黒髪の少年が背後から駆け寄り、アリアを抱き締めた。


「落ちつけ、アリア」


「ダルク……っ?」


 ダルクの腕が、アリアの華奢な体を包み込むのに合わせ、暴発寸前だった魔力がみるみるうちに収まっていく。


 その様子を見て、その場にいた多くの生徒は、アリアがどれほどダルクに信頼を寄せているのかと驚いたが──ルクスだけは、そうではないと気が付いた。


 気が付いてしまった。


(こいつ……これほど膨大な魔力を、あっさり掌握しやがった……!?)


 アリアが魔法を暴発させてしまうのは、その潜在魔力が多すぎるせいで、どれほど鍛えようとしても制御能力が追い付かないためだ。


 ダルクは自分の魔力がないため、他人の魔力に干渉出来る。自身の敗因となったその特性を、ルクスもまた既に理解していた。


 だとしても……アリアが持つ膨大な魔力を制御しきるなど、とても同年代の人間とは思えない。


「アリア、大丈夫か?」


「……ん、ありがとう、ダルク」


「気にするな。……えっと、それじゃあ、俺達はこれで」


 凍り付いた空気を余所に、軽く頭を下げたダルクがアリアを支えながらその場を後にする。


 残されたルクスは、それをただ黙って見送り……見えなくなったところで、思い切り壁を殴り付けた。


「くそぉ!!」


 なまじ、優秀であるがためにより強く感じる敗北感。


 その感情と折り合いを付けることは、ルクスにはまだ難しく──より強いダルクへの憎しみとなって、彼のいなくなった廊下へと鋭い眼差しを向けた。


「ダルク……俺は、お前には絶対に負けないからな……どんな手を使ってでも……!!」

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