第11話 初登校

「ふあ~ぁ……朝か……今日から授業だな……」


 窓から差し込む朝日を浴びて、ダルクは目を覚ます。


 森暮らしだった彼は長らく時計のない生活をしていたため、却って決まった時間に起きる習慣が身に付いている。


 師匠のミラがズボラだったので、それを反面教師にしたという面も少なくないが……ともあれ、早起きなのは確かだ。


 ルームメイトを起こさぬよう、静かにベッドを抜け出そうとして──


「むにゃ……んふふ……」


 目の前にそのルームメイトの顔があったことで、ダルクの思考は一瞬にして真っ白になる。


 同性とはとても思えない整った顔立ちが、吐息すらかかるほど間近に置かれている状況に、ダルクは……。


「ぬわぁぁぁぁ!?」


 思い切り、悲鳴を上げるのだった。





「いやあ、ごめんねダルク。ボク、寝相が悪いっていうか夜中は頭が働かないっていうか……」


「次から気を付けてくれ……心臓に悪い」


 朝の一幕から少し経ち、ダルクはスフィアと共に登校していた。


 二人は昨夜、二段ベッドのどちらを使うか話し合った結果、スフィアが上、ダルクが下を使うことになったのだが……どうやらスフィアは、夜中にトイレに起きた後、寝ぼけて下のベッドに潜り込んでしまったらしい。


 男同士なのでさほど問題はないはずなのだが、スフィアの容姿が容姿なので色々と問題がある。


 明日からはベッドを逆にしようか、などと考えていると、ダルク達と同じように登校中のアリアを見付けた。


「あ、おーい、アリアー」


 ダルクが呼び掛けると、アリアも彼を見付けたのかすぐさま駆け寄ってきて……隣に立つスフィアを見て、ピタリと足を止めた。


「……誰?」


「俺のルームメイト。……これでも男だ」


「男……??」


「うん、ボクはスフィア・コールバード、れっきとした男の子だよ、よろしくお願いしますね!」


 ダルクのルームメイトで、これでも男だと言われ、アリアの分かりづらい表情からでもハッキリと困惑の色が見て取れた。


 今は制服姿なので、格好を見ればすぐに分かるはずなのだが……それでも混乱してしまう辺り、スフィアも相当なものである。


 気持ちは分かるぞ、と、ダルクは心の中でアリアに同情した。


「それで……二人は、何を話してたの……?」


「ああ、今朝スフィアが寝惚けて俺のベッドに潜り込んで来たって話をな。次からはちょっと柵を用意しとくか」


「今日は慣れてなかっただけだから、明日からは大丈夫だって」


 やいのやいのと、ダルクとスフィアが二人で騒ぐ。

 そんな様子をじっと見ていたアリアは……不意に、ダルクの制服の裾を掴んだ。


「……? どうした、アリア?」


「……なんでもない……?」


 アリア自身、自分の行動に戸惑っているのか、なぜか首を傾げている。


 なんとも気まずい空気が流れ始めたところで、スフィアがパンッと手を鳴らした。


「ほら、こんなところで喋ってたら邪魔になるから、早く行こう?」


「……それもそうだな」


 アリアの行動の意図はよく分からないが、何かあるならそのうち言ってくれるだろう。


 そう考えたダルクは、スフィアとアリアを伴い歩き出す。


 なお、その様は端から見れば両手に花の状態にしか見えないのだが、本人は気付いていない。


「それじゃあアリア、また後でな」


「……ん」


 校舎に入ると、クラスの違うアリアと別れ、ダルクは教室へと向かう。


 名残惜しそうに去っていくアリアを見て、スフィアはくすくすと笑みを浮かべた。


「懐かれてるね、ダルク」


「……そうなのかな?」


 この五年間、ミラ以外の人間と関わってこなかったので、いまいち正しい距離感が分からない。


 貴族の身でありながら、元貴族とはいえ平民のダルクに素の口調で話すよう言ってくるくらいだから、嫌われてはいないはずだが。


「絶対そうだよ。ボクも出来れば、ダルクともっと仲良くなりたいな。このクラス、人数少ないし」


 魔法学園は、入学試験こそ魔法の素質で計られるが……クラス分けは実力ではなく、その身分によって分けられる。


 その理由は、シンプルに身分によって入学までに受けてきた教育の質に差が生まれるためだ。


 魔法の基礎知識から学ぶ平民向けのCクラスから、男爵~子爵位の下級貴族が集うBクラス、伯爵位以上の上級貴族だけが通うAクラスとある。


 そのため、単純な人口比だけで考えるなら、Cクラスが最多人数となりそうなものだが……この学園に入学出来る平民は数少ないため、Aクラスよりも人数が少なく、ダルクを含めても五人ほどしかいない。


「ははは、俺の方からも、よろしく頼むよ」


 そんな環境で、友人の存在は貴重だ。


 迷わず答えるダルクに、スフィアもまた微笑み返し……「あっ」と呟く。


「そうだ、今だから言うけど……ダルクが今後もアリアさんと仲良くするつもりなら、気を付けた方が良いよ」


「気を付けるって、何を?」


 はてと首を傾げる世間知らずのダルクに、スフィアは声を潜めながら呟く。


「この学園は……見た目以上にずっと、身分差に厳しいから」

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