第14話 あの勢力を、戦わせればいいのでは?

 紆余曲折あったけど、なんとか魔王討伐ギルドを退会出来て胸を撫で下ろす。

 受付の人。俺が本気で魔王討伐ギルドを退会する気だってわかるとメチャクチャ慌てて。


『いやいや、勿体無いですよ! 記録を全て消しちゃうなんて! 将来有望すぎるのに! 気が変わるかもしれないんですから、記録だけは残しておきましょう!』

 俺がはっきりと拒絶すると。 


『上司! 上司を呼んできます! ここで待っててください! すぐですから!』

 魔王討伐ギルドの上層部のお偉いさんまで出てきて。


『ユバ様。魔王討伐ギルドは人類の叡智が詰まったギルドです。怪我であれば、優秀な治療しを探しましょう。え? 費用? まさかまさか。優秀な経歴をお持ちのユバ様からお金をとるなんてそんなそんな――それで、どんな怪我を?』

 怪我の具合を聞いてこようとしたが、俺は断固として譲らなかった。


『そうですか……決意は固い、と。ですが、後悔しますよ? 貴方が魔王討伐ギルドから脱退すれば、ノーフェルン家の方々が黙っていない。貴方は思い知るでしょう。魔王討伐ギルドに所属していたからこそ、自分は守られていたのだと』

 最終的には脅された気もするけど……。

 ていうかあれ、完全に脅しだったよな……? だけど俺は屈しなかった。


 俺は受付で二度と魔王討伐ギルドには戻らないと宣言し、魔王討伐ギルドに所属してからのユバ・ノーフェルンに関する情報は全て消してもらった。


 それは7月の反乱ジュライ・リバーとの思い出が消えること意味するが、今更な話だった。俺は7月の反乱ジュライ・リバーの一人として、どこの街へ行って、どんな依頼を受けたとか、どんなモンスターを倒したとか、全ての記録を消したのだ。



「はあ。思ったよりしんどかったな……最後にはなんか脅されたし」

 久しぶりのラニスターの街を散策しながら、これからの未来に思いをはせる。


 魔王討伐ギルドを抜けたわけだが、これからの俺は何をしようか。

 S級の転移を得たけれど、大勢に知られてはいけない力だってことぐらいわかる。

 制限無しに転移が出来るとなれば、俺を利用とする悪い奴らが大勢集まってくるだろう。


「もうちょっと練習しとくか? やっぱり制限があるかもしれないし……」

 ラニスターの街に転移してきたのが朝のことで今はお昼すぎ。その間に練習がてら数回転移したけど、身体には魔法を使った後に訪れる気怠さも感じないんだ。

 S級の転移、半端ない。


「あれ。もしかして……尾行されてる?」

 勘が鈍ったか?

 分かりやすいのは、ラニスターの魔王討伐ギルドで俺を自分のパーティに勧誘しようとしていた集団。あれは本物の素人だからすぐに分かるけど、それ以外にも複数いそうだ。


「ノーフェルン家末端の薬中人間かな……どうせユバ・フォーエルンを尾行して、弱みを探れとか命令されてるんだろうな……昔の俺もよくやったな」

 大通りから路地へ入る。

 二年も前とはいえ、数十日もの間滞在していた街だ。ある程度の地理は身体が覚えていた。幾つか枝分かれする路地を曲がり、前に誰もいないことを確認して転移。


「……屋上へ転移完了っと」

 少しだけ顔を出して、下の路地を眺める。俺が突然消えたことにアタフタしている姿が見えた。


「あ、あれー! ユバさんが消えたぞ、どこに行った!」 

「バレてたんでしょ。はあ、うちのパーティに勧誘しようと思ったんだけどなー! あの7月の反乱ジュライ・リバーを支えたユバさんが入ってくれたらなー! もっとお金稼げる仕事が取れると思ったんだけどなー!」

 だけど俺の狙いは彼らじゃない。

 俺の狙いは魔王討伐パーティに続いて路地に入り込んできた怪しい男だ。さも自然に路地を歩いているよう擬態しているけれどバレバレだよ。


「やっぱりノーフェルン子飼いの薬中人間だったか。尾行、下手すぎ」

 ノーフェルン家とは、悪事を行う者にとっては御用達の悪人派遣集団のようなものだ。

 時には勝手に紛争を盛り上げたり、人を薬物中毒にして洗脳したりと、悪事が大好きな世界の嫌われ者。


「思い出したくない過去……昔はバカだったから、言われるがまま悪事の片棒を担いで……」

 ノーフェルン本家の連中がずっと大きな顔をしている理由は、奴らの本拠地が余りにも人里離れた場所にあり、特別な転移の魔法持ちじゃないと行けないからと聞いている。


「でも思ったより動き出しが早いな……もう俺を尾行してくるなんて……」

 そういえば、魔王討伐ギルドのお偉いさんにも言われたか。


『ユバ様が魔王討伐ギルドを脱退すれば、ノーフェルン家から守ることは出来ません。いいのですか? ユバ様。あなたは魔王討伐ギルドに所属していたから、彼らノーフェルンの人間は手出しをしなかったのです。このラニスター国の王都にも、どこにだってノーフェルンの人間は隠れ潜んでおります。魔王討伐ギルドを脱退すれば、ユバ様にすぐ接触するでしょう。ユバ様も元に戻りたくはないでしょう?』

 面倒だから反論しなかったけど、今の俺は昔と大きく違う。

  

 今の俺は7月の反乱ジュライ・リバーを通じた数年の社会経験もあるし、S級の転移も覚えたところだ。正直なところ、幾らノーフェルン家が悪事を得意だからって、成長した俺をどうこう出来ると思えない。あの頃の純真な俺とは違うんだ。

 まあ……用心だけはしておくけど。


「しかしあれだな。結局、魔王討伐ギルドもノーフェルン家とズブズブの関係だったってことか……裏では持ちつ持たれるの関係とかなんだろうなあ……魔王討伐ギルドを脱退して浮かれてたけど、今度はアイツらに襲われる可能性が出てきたわけか。面倒だなあ……あ」


 ノーフェルン家の関係者だろう男が路地を抜け、魔王討伐ギルド所属の彼らの目から離れた瞬間、俺は転移した。


「……ほ?」

 俺を尾行してきた男の真後ろに転移し、首筋を叩く。

 そして浄化の魔法で、気絶した身体を清めてあげるのだ。末端に掛けられた洗脳の魔法なんて大したことないから、俺が持っている等級の低い浄化魔法で十分。


「アババババ。アバババ」

 気絶した男が口から吹いている赤い泡。ノーフェルン家がよく使う薬物で洗脳された連中は気絶すると、このように口から赤い泡を拭く。

 ラニスターの王都にもなると、ノーフェルンの薬中人間や洗脳人間が数百人は潜んでいるだろう。

 

「借金や弱みがあったり、返せない貸しを作ったり、そういう連中がノーフェルン家に利用され、魔法や薬物で洗脳されるわけだ」

 ノーフェルンの薬漬け人間は世界にとって悪と認識されているが、彼らも望んでそうなった訳じゃない。


 おっと。危ない、魔王討伐ギルドの彼らがこっちに来そうだ。

 また、屋上に転移。


「うわ! 人が倒れてるぞ! 大丈夫ですか……?」

「ちょっと! この男、口から赤い泡吹いてる! ノーフェルン家の薬中人間じゃない! 衛兵さんたちに通報しましょ!」

 その後、衛兵がやってきて、気絶したノーフェルン家の人間を連れて行った。


「ラニスターも治安が悪くなってきたなあ! あんな風にノーフェルンの洗脳人間が街中に溶け込んで生活しているなんて! だけど、お前ら知ってたか!? ノーフェルンの連中に洗脳された人間を助けたら、国から報奨金がもらえるんだってよ! 通報するだけでもかなりの額だぞ!」

 あれ……ノーフェルンの洗脳人間は金になるって常識だと思ってたけど、ラニスターの若手は知らないのか……?


 彼らの様子を見ていて、ふと思いついてしまった。


「もしかして、この街からノーフェルンの洗脳人間、一掃出来るかも……」

 ノーフェルンの洗脳人間は、確かに金になる存在だ。世界中の国がノーフェルン家によって洗脳された人間の洗脳を解けば、報奨金を出すと明言しているからだ。


 このラニスターで、俺の安全を得るためにも――。

 金が欲しい若手の魔王討伐ギルド連中と、ノーフェルンの洗脳人間を戦わせる。

 そんな未来を、ふと、思いついてしまった。


「……うん、実験が必要だけど行けるかしれない」

 一番の問題は洗脳人間の見分け方だが、昔はノーフェルン本家の中でも結構高い地位にいた俺の知識を与えれば、ギルドの若手でも十分に見分けることが可能だろう。


「さて。物騒な考えは置いといて、そろそろ帰るか」


 屋上から転移する。

 時間はたっぷりあるんだ。焦っても仕方がない。



「ふう」

 見慣れた三階の俺の部屋。ベッドでは女の子がすやすやと眠っている。

 安らかな寝顔で熟睡中。


「俺のことを変に神聖視してないといいけどなあ……」

 この子は俺が一時期、ノーフェルンの洗脳人間だったことを知らないからなあ。奴隷から解放したのは俺だけど変に神聖視されても困るのだ。

 俺はそんなに出来た人間じゃない。


 その夜はベッドの隣で、床に毛布をひいて寝た。

 宿の管理するロバートは他の部屋を使ったらいいと勧めてくれたんだけど、その他の部屋は7月の反乱ジュライ・リバーの他のメンバーの部屋だ。


『使ったらいいだろ、ユバ! お前だって年頃の仲間、じゃなくて、元仲間の部屋がどんなものか気になるだろ!? 暫く帰ってこないだろうしバレやしないって! あ、勿論俺は入ってねぞ! 掃除はチルにやらせてるからな!』

 つまり聖騎士メデル、盾持ちミキ、とんがり帽子のレレ、いき遅れのルン姉。

 彼女たちの個室だ。

 俺は丁重にお断りをさせてもらった。

 アイツらのベッドを勝手に使ったとバレたら、俺はきっと殺されるだろう。


 それよりも俺は7月の反乱ジュライ・リバーを脱退し、魔王討伐ギルドすら脱退した身だ。宿の部屋を勝手に使わせてもらうわけにはいかない。

 ロバートにそう言ったのだが。


『なんだ、相変わらず腰が低いとこは変わらねえなあ! ユバ! 何度も行っただろう! お前ら7月の反乱ジュライ・リバーのおかげで俺やチルの命は助かったんだ! つまらねえ遠慮なんかしないでくれ!』


 ロバートは宿の経営で儲かってるから一室分の金なんていらねえと笑うばかり。

 メデルから貰った手切金、少しぐらいは残しておいた方が良かったかもな……。

 なんて考えていると、すぐに眠気が襲ってきた。その夜は夢を見なかった。

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追放公子の傍観〜転移の力で、どの勢力とも敵対せず〜 渋谷ふな @damin

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