第39話 告白するお姉ちゃん

 私は高校でバスを待っていた。小学校や中学校とは違って、保護者なんかはほとんどおらず、そこにいるのは私一人だけだった。夕日が沈んでいく。薄暮の中で私は、ひまりのことを考える。


 私はひまりのことが好きだ。だからこそ、ひまりとの関係が壊れることを恐れていた。でもそのせいで却ってひまりとぎくしゃくしてしまった。


 もう、同じ間違いは犯さない。ひまりが私を許して、私の告白を受け入れてくれるのなら、これから先、私はひまりを絶対に幸せにすると誓う。過去のトラウマも全て乗り越えて、ひまりと幸せになると誓う。


 だからどうか、ひまり。


 目を閉じてひまりのことを考えていると、校門からバスが入ってきた。降りてくる生徒たちの中から、私はひまりを見つけ出して迎えにいく。そしてすぐに叫んだ。


「ひまり。あんなこと言って、ごめんね。また私と付き合ってほしい。また私と……」


 だけどそのとき、さやかという名の女子がひまりの前に立ちはだかった。綺麗な顔が夕日を浴びている。もはや怖くなるほどに美しい顔をしていた。


「すまないが、僕の彼女に手を出さないでくれないか」


 さやかと同じクラスのみんなは、敵意マシマシで私をみつめている。それでもこんなところで折れるわけにはいかない。私はひまりが好きだ。ひまりが誰かの恋人になるなんて、受け入れられない。


 さやかは私のところまで歩いてきて、ぼそぼそとささやいた。


「あなたが告白するのなら、僕のクラスの生徒たち全員が、あなたの敵になりますよ。もしも仮に、ひまりさんが告白を受け入れたのなら、ひまりさんも敵意を向けられることになる。僕とひまりさんは、林間学校の間にクラスの皆、公認の関係になりましたから、数日で僕をすて、あなたを選べば、間違いなく良い目は向けられないでしょうね」


 私は思わず、ひるんでしまう。私がひまりに学校へ通うように言ったのは、集団生活や友達と遊ぶことを楽しんでほしかったからだ。なのにそんなことになれば、ひまりは孤立してしまう。


「あなたに、ひまりさんの人生を背負う覚悟は、あるんですか? ひまりさんの幸せも不幸も、全てに責任をもてるんですか?」


 冷たい声が聞こえてくる。これまで私はずっとひまりから逃げていた。恋人になるというのは、同じ人生を歩むということだ。苦楽も全てを共にするということだ。正直、怖い。私がひまりを幸せにできるのかどうかなんて、不幸を背負えるのかなんて、分からない。


 でもそれでも、覚悟なら、いくらでもある。ひまりを手放してしまうくらいなら、私はなんだってする。なんだってできる。怖くても、もう逃げたくなんてない。


 私は全身に力を入れて、ひまりの元へと歩み寄った。


 ひまりはじっと私をみつめていた。


 私にとって一番大切な人は、ひまりなのだ。


 妹であり、そして恋人でもあるひまり。ひまりさえいてくれれば、他には何もいらない。ひまりが私を好きでいてくれるのなら、私も死ぬまでひまりを好きでいる。


 だからひまり。もしもひまりも同じ気持ちでいてくれるのなら。


「また、私と付き合ってほしい。私に全てを背負わせてほしい」


 ひまりのクラスの皆が、騒めいた。それでもひまりは笑顔で頷いてくれた。


「お姉ちゃん! 大好きだよ!」


 そして、すぐに私を抱きしめてくれる。


 クラスメイト達は信じられないといった視線をひまりに向けていた。ひまりはそれに気づいたけれど、健気に「お姉ちゃんさえいればそれでいいよ」と笑った。でも、本当に苦しそうだった。ひまりの友達だった人を、みんなを、私は、捨てさせてしまったのだ。


 私は肩を落とした。これで本当によかったのだろうか?


 そんなことを思っていると、さやかは私たちをみて、クラスの皆にこんなことを話した。


「実は僕とひまりは付き合ってないんだ。僕が無理やりに恋人にしようとしただけで、ひまり自身は受け入れてくれなかった。なのに僕は無理やり外堀を埋めようとしたんだよ」


 クラスメイト達は騒めていてた。さやかは頭を下げて話す。


「悪いのは僕なんだ。ひまりは悪くない。だから責めるのなら僕だけにしてくれ」


 そんなさやかをひまりは心配そうにみつめていた。


 でもすぐに生徒たちはどんまい、どんまい、と温かい声をさやかに送っていた。


「ありがとう。さやかちゃん」


 ひまりが笑いかけると、さやかは怖いほど綺麗な顔で微笑んだ。


「君を不幸にするのは、僕の望むところではないからね。それより、今は、お姉さんと二人の時間を過ごしたいんじゃないのかい? 恋人になったばかりだろう?」


 ひまりはこくりと頷いた。私はひまりの手を握って、告げる。


「ひまり。一緒に帰ろう」


「……うん。お姉ちゃん」


 私たちは二人で手を繋いで、笑顔で学校を後にした。


 帰り道、ひまりは私と腕を組んだ。そして体を寄せてきて、こんなことを告げる。


「お姉ちゃん。結婚しようね」


「えっ!?」


「……結婚はいや? 私たちは姉妹だけど、血のつながりはないから結婚できるんだよ?」


 確かにそうだけど……。お母さんと宮下さんが結婚したみたいに、女同士でも結婚できる。そういう法律が去年、施行された。でもひまりと結婚か。付き合うことは考えていたけれど、そこまで具体的なことは考えてなかった。


 でも悪い気は全くしない。というかむしろ大歓迎だ。


「大人になったら、結婚しようね」


「うん」


 ひまりは背伸びをして私のほっぺにキスをした。ここ数日間、ひまりと会えていなかった私はその瞬間に歯止めが利かなくなってしまう。私は優しく優しくひまりの唇にキスをした。


「ひまり。ひまり。大好きだよ。もう、離さないからね」


「お姉ちゃん。……その、結婚したら、えっちなこともしようね?」


 ひまりは顔を赤らめながら、ぼそりとつぶやいた。可愛い可愛いひまりが「えっち」なんて言葉をつぶやくなんて、えっちすぎる……。これまではひまり相手にそういうことは意識しないようにしていたけれど、これからはどうなのだろう。


 もう正式に恋人になってしまったわけだし、我慢できるか分からない。


 私は熱っぽい視線をひまりに送る。


 それをどう思ったのか、ひまりは恥ずかしそうに微笑んだ。


「お姉ちゃんがいいのなら、結婚する前でもいいんだけど……」


 これ、もう誘ってるよね? 我慢しなくてもいいってことだよね!?


「ひまり」


「お姉ちゃん?」


「今日、お母さんと宮下さん、帰ってこないんだって」


「えっ?」


 ひまりは目を見開いている。


「二人で旅行だって。たぶん、そういうこと私たちがいるせいでできないから、限界になったんだと思う。私ももう、限界なんだけど、いいよね?」


 ひまりは顔を真っ赤にしたまま、無言でこくりと頷いた。

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