第38話 思われるお姉ちゃん

「初日の行事は飯盒炊爨とキャンプファイヤーみたいだね。ひまり、僕と一緒に楽しもうね」


 山の中にポツンとあるキャンプ用の建物の近くで、私は無言でバスから降りた。


 するとさやかちゃんが私の手を握ってくる。私はその手を振り払ってむすっとした。さやかちゃんは私のそんな態度を周りに「ひまりは恥ずかしがり屋さんみたいだね」と告げていた。「そんなのじゃない!」と告げても、巧みな話術で私たちが付き合っているのだということを既成事実化していく。


 私はコミュニケーションが得意じゃない。だから、そういう点に関して全く勝ち目がなかった。私は歯ぎしりしながら、埋められていく外堀をみつめていた。


「……なんでここまでするの」


「ひまりのことが好きだからだよ。それ以外に理由が必要かい? ひまりだってお姉さんに対して、全身全霊で気持ちを伝えていたじゃないか」


 私は何も言い返せなくなる。確かに私はお姉ちゃんにキスしたり、食べさせあいっこしたりしていた。お姉ちゃんの気持ちを考えることもせず、ひたすら好きを伝えていた。


「だから僕も、君と付き合うためにあらゆる手段を尽くしているだけだよ」


 もしかすると、お姉ちゃんも今の私が感じているような気持ちを、そのまま感じていたのかもしれない。だから、振られてしまったのだろうか。


 うつむいていると、さつきちゃんは指先で顎をくいっとあげてきた。私はそれを振り払う。


「ちょっと! いい加減にしてよ!」


「嫌だね。僕は君が受け入れてくれるまで、受け入れてくれたあとも、この態度は変えないよ」


「絶対に受け入れないから!」


 私は泣きそうになりながら、お姉ちゃんのことを思い出した。でもお姉ちゃんは私がみんなに嫌われることを、受け入れてくれるだろうか? それでもなお、私に好きを伝えてくれるのだろうか?

 

 そもそも、お姉ちゃんは私のことが好きなのかな……?


 不安に思ったとき、スマホが震えた。私はスマホを取り出して、メッセージを確認する。


「ひまりが帰ってきたら、私、告白する。私、もうひまりから逃げないから」


 そのメッセージをみた瞬間、私は知らず知らずのうちに笑顔になっていたらしく、そのことをさやかちゃんから指摘された。


「本当に君はお姉さんのことが好きなんだね。でもお姉さんはどうかな? 本当に君の人生を背負う覚悟があるのかな?」


 私は遠い山をみつめながら告げる。


「私は信じてます。お姉ちゃんならきっと、私と幸せになってくれるって」


「……そうかい。まぁ、僕も君には幸せになってもらいたいけどね。でも、一番いいのは僕が君を幸せにすること。君は初めてみつけた、僕と対等な人だからね。君を手に入れたいと思う僕の気持ちも、少しは分かってくれると嬉しいよ」


 私は人から頼られることはよくあったけれど、頼ることは一度もなかった。それはきっとみんなが私は何でもできるすごい人だとか、そんな風に思っていたからなのだと思う。私にだってできないことはあるのに。辛いことだってあるのに。


 もしかすると、さやかちゃんもそういう経験をこれまでしてきたのかもしれない。


「さやかちゃん。私はさやかちゃんの恋人にはなりたくない。でも友達なら大歓迎だよ」


 微笑むと、さやかちゃんは悲しそうな顔をした。でもすぐに微笑んだ。


「そうならないことを祈るよ」


〇 〇 〇 〇 


 それから私たちは飯盒炊爨でカレーを作ったり、キャンプファイアーをしたりした。その間中、さやかちゃんはずっと私のそばにいた。さやかちゃんは楽しんでいる様子で普段よりもずっとたくさんニコニコしていた。


 早くお姉ちゃんに会いたいとは思う。でも、今はこの瞬間を楽しもうと思う。


 私はこれまで学校から遠ざかっていた。集団での生活も縁遠いものだった。だから少なからず林間学校も学校も楽しいものだと感じているのだ。


 楽しいことはあっという間に終わるというのは真実で、気付けば私は帰りのバスの中で揺られていた。隣には綺麗な顔でさやかちゃんが眠っている。私は流れていくオレンジ色の景色をみつめながら、お姉ちゃんのことを考えた。

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