お姉ちゃんと妹が恋人になったあと

第40話 びくびくしないお姉ちゃん

 ひまりと恋人になった日の翌日の放課後、私はひまりを迎えに一年生の教室へとやってきていた。


 ひまりは楽しそうにクラスメイト達と話している。そこにさやかがいたのは少し不安だったけど、私はもうひまりと正式な恋人になったのだ。結婚の約束までしたのだ。それに……、そういうこともしたし。


 だから、もう、びくびくしなくてもいい。堂々としていればいいのだ。


「ひまり。帰るよ」


 呼びかけるとひまりは「お姉ちゃんが来たから帰るね」とニコニコしながら私の所へ歩いてきた。かと思うとすぐに私を抱きしめてくる。よしよしと頭を撫でながら抱きしめていると、熱のこもった視線に気づいた。


 さやかがじっと私たちをみつめながら、こちらへと歩いてきていた。その表情は笑顔だけどそれがかえって不気味だった。


「僕も一緒に帰っていいかな」


 ひまりは私を抱きしめるのをやめて、さやかに「いいよ」と告げた。ひまりがいうには、さやかは恩人らしい。私たちが恋人になるのを助けてくれたのだとか。結果的にではあるけれど、私もそのことに関しては感謝している。ひまりを庇ってもくれたし。


 でも私の危険察知センサーはびんびんに感じ取っている。


 きっとさやかはまだ、ひまりを諦めていない。


 だって視線が挑発的だ。「油断してると僕がひまりさんを略奪しちゃいますよ?」とでも言いたげな目をしている。でもひまりはそのことに気付いていないらしく、私の手を握って、楽しそうにしている。


「さやかちゃんも、私のゲームのファンなんだよ!」


「そうだよ。お姉さん。特に昨日公開された『ずっと妹の夢をみていた』は最高だったね」


 そう告げるさやかは、どうみても目が、笑っていない。だけどひまりはえへへ、と嬉しそうにしている。


「ずっと妹の夢をみていた」は姉妹百合の作品だ。恐らく、私とひまりのこれまでをモチーフにしたのだろう要素が所々にちりばめられている。評価は上々で、公開から一日しかたっていないのに、もう「次のアワードは決まったな」などとネットではささやかれているくらいだ。


「次の作品は、同級生との恋愛にしない? 例えば、クラスメイトで、天才で、容姿端麗で、そんな人との百合作品を作れば、もっと素晴らしいものになると思うよ」


 それ、間違いなく自分のことでしょ! 私はそわそわしながらひまりをみつめる。でもひまりは切なそうな笑顔で、つげる。


「私、ゲームを作るのはもう終わりにしようと思ってるんだ」


「「えっ?」」


 私とさやかは同時に驚きの声を発した。


「お姉ちゃんは分かってると思うけど、私がプログラミングに執着してたのは、お父さんのためだから。でもね、私、後ろを向いてるだけじゃだめだって思ったんだ。お姉ちゃんと出会って、一緒の時間を過ごして、これからは前を向きたいって思ったんだ。……だから、私、これからは本当の夢を、小説家を目指そうと思う」


「そっか。私、応援するよ!」


 私が微笑むと、ひまりはニコニコしてくれる。


「なるほど。僕もひまりのしたいようにすればいいと思うよ」


「ありがとう。さやかちゃん」


「でも小説家になるのは大変だし、なにより、好きなことを仕事にするというのは、好きなことをこの世から一つ消すのに等しい。例えば、好きな人を愛せば愛すほどお金がもらえるとして、君はお金のためでなく、愛のために人を愛することはできるだろうか? それと同じことだよ」


 さやかは真剣な表情でひまりに告げる。ひまりは悩ましい表情を浮かべていた。私は「大丈夫だよ」とひまりに笑いかける。


「ひまりは気楽にやってればいいんだよ。お姉ちゃんである私が頑張って全部養うから、好きなことだけやってればいいんだよ」


 だけどさやかは首を横に振っていた。


「甘やかすのと大切にするのは違うことだよ。対等でないカップルは長続きしない。もしも隙をみせたら、そのときは、僕も容赦しないからね」


 さやかと私の間で視線が交差する。ビリビリと音を立てているような睨みあいにひまりはどう思ったのか、苦笑しながらこんなことを告げる。


「お姉ちゃん。私は大丈夫だよ。もしも小説を書くことが苦痛になったとしても、私には何よりも誰よりも大切な人がいるから。……お姉ちゃんって、かけがえのない人がいるから、だからきっと頑張れる」


「……ひまり」


 私はさやかに見せつけるようにひまりを抱きしめた。ひまりが嬉しそうに微笑むと、さやかはやれやれといった風に首を振っていた。それから私たち三人は一緒に学校を出て、帰路についた。


 夕暮れの街を歩いていると、さやかが問いかけてくる。


「お姉さん。君はどんな夢をもっているんだい?」


「夢?」


「君が本当にひまりに相応しいか、天才である僕が見定めてあげるよ」


「お姉ちゃんは相応しいよ! というか、私がお姉ちゃんに相応しいかどうか、そっちの方が心配だよ……」


 ひまりは私を上目遣いでみつめながら、不安そうに目を細めている。私は笑顔でひまりの頭を撫でた。


「ひまりは最高の妹だよ。私も最高のお姉ちゃんになれるように頑張らないとだね」


「それが君の夢かい?」


「夢っていうか、目標だね。私はひまりとずっと姉妹で居たいし、恋人で居たいし、将来は結婚だってしたいから。ひまりに相応しい人になる。それが目標」


「お姉ちゃん……」


 ひまりは恍惚とした瞳で私をみつめていた。でもそばにさやかがいるのを思い出したからか、顔を赤らめながら、すっといつもの表情に戻って、さやかに問いかける。


「さやかちゃんはどんな夢?」


「僕かい? 僕の夢は……。まぁ、十年後にでも教えるよ」


「えー。なにそれ? 卑怯だよ。さやかちゃん」


「僕らしくもない夢だからね。恥ずかしいんだ」


「えー? 教えてよ!」


 ひまりはぐいぐいとさやかに詰め寄っていた。するとさやかは仕方ない、といった風に肩を落として、ぼそりと告げる。


「……お嫁さん」


「「えっ?」」


 ひまりは驚いたかと思うと、すぐにニヤニヤした笑顔を浮かべた。私もくすりと笑い声を漏らしてしまう。さやかは顔を真っ赤にして、私たちから視線をそらして街並みをみつめた。


「だから言いたくなかったんだよ。僕らしくないから」


 確かにさやかは王子様といった感じだ。でも女の子らしくてかわいいと思う。


「可愛いね」


「うん。可愛いよ」


「……本当に君たちは」


 私とひまりが口々に告げると、さやかは顔を真っ赤にしたまま、走って行ってしまった。


「さやかちゃんも幸せになれるといいね」


「……本当にね」


 私たちは顔を見合わせた。そして、ノスタルジックなオレンジ色の街にあてられたのか、なんとなく、遠い未来のことを語り合った。みんなどうなっているんだろう、とか、私たちは結婚してるんだろうね、とか。


 今はまだ遠い未来の話だけど、いつか来る未来だ。私もひまりも紗月も莉愛ちゃんもさやかも、みんな幸せになっていたらいいのに。


 私たちは微笑み合いながら、オレンジ色の街を帰った。

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