第34話 何も言えないお姉ちゃん

「おねーちゃん。お昼ご飯一緒に食べよ!」


 昼休みになると、ひまりが私の教室にやって来た。クラスメイトたちはひゅーひゅーと私たちの仲をからかっていた。紗月は相変わらず、どこからか取り出した白いハンカチを悔しそうに噛んでいる。


「羨ましいよ。なんで凜ってこんなに溺愛されてるの? やっぱり凜が溺愛したから? だったら私も妹のこと、また溺愛してみようかな……。ちっさい頃みたいに」


「いいんじゃない? きっと莉愛ちゃん、喜ぶと思うよ」


「えー? ……それはどうかなぁ。まぁ、私の話はどうでもいいんだよ。早く行ってきてあげなよ。ひまりさんを待たせるんじゃありません!」


「はいはい。いってきます」


 私はお弁当をもって、ひまりの所に向かった。


「お姉ちゃん。今日も姉妹百合のゲーム作るのに協力してほしいんだけど、だめ?」


 ひまりが私に恋愛感情を抱いていると知ったせいでためらう。でも私はひまりのことが好きだ。だから役に立ちたいとは思う。お姉ちゃんとして、ひまりともっと仲良くなりたい。そういう気持ちはあるのだ。


「いいよ。今日は何をするの?」


「それはねー。内緒」


 ひまりはにこっと微笑んだ。その私にだけ見せてくれる表情に、心臓がどくんと跳ねる。前に屋上で食べさせあいっこをしたときに感じた気持ちも、今感じたこれも、やっぱり恋、なのだろうか?


 私は小さくため息をついた。


 ひまりは私と手を繋いで、屋上へと向かう。扉を抜けると、澄み切った青空が見えた。疎らに人のいる屋上で、私たちはベンチに座る。


 ひまりはお弁当箱を開いて、自分の箸で自分の口に玉子焼きを運んだ。


「あれ、今日はしないんだ?」


 問いかけると、ひまりは顔を真っ赤にしていた。


「あれは、ちょっと、恥ずかしいから」


「そっか」


「それともお姉ちゃんは食べさせあいっこしたかったのかな?」


 赤面したままひまりはにやにやとしている。私は首を横に振った。


「でもだったら今日は何するの?」


「ご飯を食べ終えてからね」


「……うん」


 それから私たちはたわいもない話をしながら、お弁当を食べた。幸せだなって心から思う。大切な人と一緒にご飯を食べて、笑いあえて。そういう何気ない幸せを私はずっと求めていたのだ。


 今、この瞬間を、壊したくないんてない。でももしもひまりの思いを拒んだら、私とひまりの関係はどうなるのだろう? 今のままでいられるのだろうか。


 やがて私たちはお弁当を食べ終える。するとひまりは両手で自分の太ももを叩いた。


「えっ?」


「色々なことに傷付いたお姉ちゃんが、妹の膝枕で癒されるシーンがあるんだ。だから妹目線でどんな風にお姉ちゃんがみえてるのかなって知りたくて」


 膝枕。私はひまりのスカートをみつめる。ふとももの輪郭は私よりもずっと細い。ひまりは小柄なのだ。そこに頭を置くのは、恥ずかしいというよりはなんだか心配だった。


「大丈夫? 私の頭、結構重いと思うよ?」


「大丈夫だよ。はやくはやく。昼休み終わっちゃうでしょ」


「……うん」


 私は恐る恐る横になって、ひまりの太ももに頭をのせた。


 見た目とは裏腹にとても柔らかかった。


 すぐにひまりが私のことを見下ろしてくる。ちょうど太陽を遮るような位置にひまりの顔が来た。ひまりは喜ぶような、あるいは慈しむような。例えるのなら聖母のような表情で、私をみつめている。


 かと思えば、すぐに頭をさわさわと撫でてきた。うるんだ瞳で微笑んでいる。頭を撫でていた手が少しずつ下がってきて、ほっぺまで落ちてきたかと思うと、むにむにとほっぺをつまんできた。そして、ささやくように、こんなことを告げた。


「……お姉ちゃん。すき」


 思わぬ不意打ちに私の心臓はまた跳ねてしまった。なんだか見つめ合うのが恥ずかしくなって、横を向く。もちろんひまりの体とは反対側だ。だけどそんな私を不満に思ったのか、ひまりは両手で強引に自分の方へと私の体を回転させた。 


 目の前にひまりのおなかが来て、とても良い匂いがする。どきどきしていると、ひまりは耳元まで口を近づけてきて、ささやいた。


「すき、すき。すきすき。だいすきだよ。おねえちゃん」


 これはあれだ。ASMRとして売り出しても商売になるあれだ。つまり要するに、やばいってことだ。私は目を見開いて、ひまりのお腹をみつめることしかできなかった。


 よしよしと頭を撫でられながら、すきをささやかれる。そんなことをされれば、顔が熱くなる。胸がどきどきして、どうしようもないくらい切なくなって。だって、私はずっとひまりに救われていた。


 ひまりは妹である以上に、孤独な世界から私を救い上げてくれた恩人なのだ。


 でも、私は恋なんて信じられない。信じるのが怖い。


「お姉ちゃん。私のこと、好きになってくれた?」


「……わかんないよ」


 私は震える声でそう告げた。ひまりとの関係を本当に大切に思っているから、怖いんだ。好きだなんて、言えない。その瞬間に、終わりが始まってしまうような気がするから。


「……そっか。だったらもっとたくさん、好きを伝えないとだね」


 私はひまりのその言葉に、何も言えなかった。

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