お姉ちゃんが妹と恋人になるまで

第33話 悩むお姉ちゃん

 私は一人ぼっちだった。


 お父さんとお母さんは喧嘩をするのに必死みたいで、いつだって一人、ベッドの中で、震えていた。学校でも人付き合いが苦手で、友達もいなかった。


 誰も私の苦しみや孤独を分かってくれなかった。私は世界に一人ぼっちになってしまったような感覚で、毎日を生きていた。


 そんなある日、学校からの帰り道で、お姉ちゃんを追いかける妹の姿を見た。


「おねえたん。おねえたん!」


 舌足らずなその子は心からお姉ちゃんのことを慕っているみたいで、よちよちとお姉ちゃんを追いかけていく。お姉ちゃんも笑顔を妹に向けていた。それが紗月と紗月の妹だったと知るのは、しばらく経ってのことなのだけれど。


 とにかく私は、いいな、と思った。私の苦しみを理解してくれる存在。私を絶対に孤独にしない存在。どんなことがあっても、絶対に壊れない絆。永遠のつながり。


 わがままかもしれない。それでもそんな妹が、欲しいと思った。


〇 〇 〇 〇


「お姉ちゃん! 学校行くよ!」


「うん」


 私が微笑むと、ひまりも微笑んだ。


 ひまりは今日も、私を「お姉ちゃん」と呼んでくれる。


 でもひまりは、私のことが好きみたいだ。それも、恋愛対象として。


 そう思うと、ひまりの顔をみつめられなかった。そこにあるのは気恥ずかしさではなくて、ようやく手に入れることができた大切なものを、失ってしまうかもしれない。そんな恐怖だった。


 だから私は目線を外したまま、玄関へと向かう。


 ちらりとみると、ひまりはとても不満そうにほっぺを膨らませていた。


「今日のお姉ちゃん、なんか変だよ?」


「……そうかな?」


 靴を履いてから、うつむきながら微笑むと、ひまりはぎゅっと私に抱き着いてきた。そして、あざとい上目づかいで私をみつめてくる。


「大好きだよ」


 可愛い。本当に、そう思う。だからこそ、どうして私なのだろうと思う。ひまりなら昨日の女子とか、もっと魅力的な人を選ぶことだってできるはずなのに。


 なんでよりにもよって、私を。


「……うん。私も大好きだよ。お姉ちゃんとして」


 私はひまりとは付き合えないのに。だって怖い。もしもいつかひまりと私がお父さんとお母さんみたいになって、喧嘩して、別れて、そして離れ離れになってしまったのなら。


 私たちはそれでも、姉妹でいられるのだろうか?


 ひまりはまたほっぺを膨らませている。だけどすぐに健気に微笑んで。


「絶対に私のこと、好きにしてみせるからね」


 私の手を握って、玄関の扉を開いた。


 そこには青空が広がっていた。もうすぐ林間学校で、ひまりとは離れ離れになる。それにほっとしている自分に驚く。これまでは離れるのが怖かったのに、今ではそばにいる方が怖い。


 外に出ると、ひまりは私と腕を組んだ。


 私の隣でひまりはとても幸せそうにしている。私は恋を知らない。知りたくないって思ってた。でも今は、大切な妹であるひまりが恋を知ってしまった。


 だから、問いかける。


「どうしてひまりは、私のことが好きなの?」


「お姉ちゃんは私のこと助けてくれてた。こうして現実で会うまでも夢の中で、私のお姉ちゃんとして、私を甘えさせてくれた。出会ってからも、私のこと、大切にしてくれた」


 理由がそれなら、正直、恋人になる意味は薄い気がする。


「……それは、姉妹じゃダメなの?」


 だけどひまりは頑なな態度で首を横に振った。


「だめ」


 青々とした葉を茂らせた桜の並木道を歩きながら、私はひまりに問いかける。


「どうして?」


「だって私、お姉ちゃんとずっと一緒にいたいもん。もしも姉妹のままだったら、お姉ちゃんが誰かと恋人になって、結婚して、私のそば離れちゃうかもしれないでしょ?」


 ひまりは遠い未来のことを想像したのか、悲しそうに目をうるうるさせていた。


「離れないよ。私は誰とも付き合わないし、結婚もしない。だからひまりは私なんかと付き合う必要ないんだよ?」


 するとひまりは肩を落とした。今にも泣きだしてしまいそうな顔をしている。


「……お姉ちゃんは私のこと、嫌い? やっぱり妹は恋愛対象にはならない?」


「そういうことじゃないよ。恋人って、関係がすぐに壊れる印象あるでしょ? でも姉妹は壊れないから、姉妹って関係が私は好きなんだ」


「つまり、私がたくさんお姉ちゃんを愛したらいいってことだね! 私の気持ちが永遠だってことを信じさせられるくらいに」


 ひまりは背伸びをして私のほっぺにキスした。学校の正面までやってきているから、生徒が多い。当然、ひまりは美少女だから人目を引くわけで。その瞬間、きゃー、と女子たちからの歓声があがる。男子たちはにやにやして私たちをみつめていた。


 でもみんながみんな、歓迎ムードというわけではなかった。


 昇降口の入り口で、昨日の女子――さやかとその取り巻きらしき生徒達が私たちをみつめているのがみえた。だけど目が合うと、すぐに校舎の中に入っていった。なにか不穏な雰囲気を感じ取って、私はひまりにつげる。


「ひまり。もしも嫌な目にあったら、すぐに私に言うんだよ?」


「うん! お姉ちゃんのそういうところ。大好きだよ!」


 ひまりはまた私のほっぺにキスをした。またしても黄色い声があがる。


 ひまりに愛を伝える口実を与えてしまって、やってしまった、とは思う。でも私はお姉ちゃんなのだ。ひまりに向けられる悪意を野放しにはできない。ひまりのことは、心から大切に思っているから。

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