第35話 妹を振るお姉ちゃん

 林間学校の日がやって来た。玄関で、ひまりは寂しそうに大きなリュックを背負っていた。小柄なせいでとても重そうにしている。不安で不安で、正直、私も林間学校についていきたいくらいだ。


 ひまりを私のそばから離すのは、怖い。


「いってきます。お姉ちゃん」


「いってらっしゃい」


 私が寂しさをにじませながら微笑むと、ひまりはぎゅっと私を抱きしめた。


「やっぱり、学校までついてきてくれない? お姉ちゃんと別れるの、やだ」


 林間学校のバスは授業が始まるよりもずっと早く出発する。でもこんな風に目をうるうるさせながら懇願されたら、断れない。大切な妹なのだ。


「いいよ。カバン取ってくるね」


「うん!」


 私とひまりは手を繋ぎながら学校に向かった。学校の駐車場にはバスがたくさん止まっていて、その周りには生徒達が大勢いる。私たちが近づくと、突然現れた例の女子生徒たちに囲まれる。


「すみません。正直に言わせてもらいますね。姉妹で恋愛なんて普通じゃないですよね?」


 ひまりに振られたさやかは顔に作りものみたいな笑顔を張り付けて、そんなことを告げた。ひまりは私のことを不安そうにみつめていた。確かに、姉妹での恋愛なんてみんなの中では普通ではないのかもしれない。でも今のひまりにとってはそれが普通なのだ。


 人の普通を否定するのは勝手だ。でもそれを押し付けようとするのは違う。


「あなたの中ではそうなんでしょうね」


 私はさやか達を無視して、ひまりをバスのそばに連れていこうとする。するとまたさやかが私たちを引き留めてくる。


「あなたにひまりさんを幸せにできるんですか? あなたは別に勉強ができるわけでもない。見た目くらいじゃないですか。優れてるのは。僕も見た目には自信があります。勉強もできる。将来いい企業について、ひまりさんを幸せにする自信はあります。あなたにはその自信があるんですか?」


 まったく、紗月といいさやかといい、ひまりに愛を向ける人ってどうしてみんな重いのだろう? 


 ちらりとみると、ひまりはじっと私をみつめている。真剣な表情だ。もしも仮に私とひまりが本物の恋人になったとしたら、私はさやかみたいにひまりへ永遠の幸せを誓えるだろうか。


 考え込んでいると、ひまりは不安そうな顔になる。


「お姉ちゃん……」


 私は意を決して問いかける。


「逆に聞きますけど、あなたは永遠を信じられるんですか? 死ぬまでひまりと仲良くいられる自信があるんですか? 関係を壊さない自信があるんですか?」


 問いかけると、さやかは微笑んだ。


「そんなのあるわけないじゃないですか。人間に永遠は長すぎますよ。もしも永遠に幸せにできる、なんてのたまう奴がいたらそいつは詐欺師です」


 私は目を見開いて、さやかをみつめる。


「だったらなんでそんなに……」


「人なんて、仲たがいするものじゃないですか。喧嘩とかしたことないんですか? 僕は良く友達や親とも喧嘩しますけど、でも元の仲に戻れなかったことはありません。むしろそのたびに仲良くなってます」


 さやかの取り巻き達は無言でうなずいていた。


「永遠に仲良く。永遠に幸せいる必要はないんですよ。最期に笑って終われればそれでいいんですよ」


 ちらりとひまりをみつめる。ひまりはうんうんと頷いて、私の手をぎゅっと握りしめた。


 私は考える。もしも、私とひまりが喧嘩をしたらどうなるのだろう、と。また仲直りできるのだろうか? 頭の中には終わらない喧嘩を繰り広げていたお父さんとお母さんの姿が浮かぶ。ベッドの中で縮こまっていた記憶が、蘇ってくる。


 関係が壊れた二人は、結局別れてしまった。仲直りすることもなかった。私はその二人の子供だ。不安しかない。だから、私は絶対に壊れない姉妹をもとめていたのだ。


 でもひまりが求めているのは恋人で。


 壊れるかもしれない、恋人で。


 胸が恐怖で慌しくなる。嫌な汗が額から流れ落ちてくる。そんな私の様子をみた女子生徒は余裕を顔に浮かべて、私をみつめる。


「もしもあなたにそれが不可能なら、ひまりさん、僕に譲ってもらえませんか?」


「え?」


「ひまりさんも、叶わない恋をするのは嫌でしょう?」


 ひまりはじっと私をみつめている。否定して欲しそうに、みつめている。でも私は……。


「……ごめん。ひまり。私、ひまりを幸せにできる自信、ないよ」


 そのとき、生徒達がバスに乗り込み始めた。先生たちもひまりたちに呼びかけてくる。


「……お姉ちゃんのばか」


 ひまりはそれだけ告げて、バスの方へ歩いていった。

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