第24話 勘違いされるお姉ちゃん

「えっ?」


 私は驚きのあまり声を漏らした。


「どうしたの?」

 

 紗月がスマホを覗き込んでくる。そこにあった文章を目撃した途端、紗月は苦笑いで「えぇ……」とささやいた。


「たぶん、莉愛がひまりさんにメッセージ送ったんだろうね。前、ショッピングモールで交換してたし」


 私は慌ててひまりに返信する。


「そんなわけないよ。付き合ってない」


 するとすぐに返事が来た。


「紗月さんの家にいること、秘密にしたのはそういう意味じゃないの? 大丈夫だよ。私はそういうこと、偏見とか全然持ってないから。百合とか大好きだし」


 でもそのメッセージの後に送られてきたのは、涙を流すネコのスタンプだった。


「あー。これは嫉妬してるね……」


「えっ?」


「凜だってそうでしょ? ひまりさんが、大切な妹が、もしも誰かと付き合ってるって知ったら、嫉妬しない?」


「……する、かも」


 恋愛的に好きってわけじゃない。でもひまりが誰かに取られちゃったら、それは嫌だ。


「もしかすると、莉愛も嫉妬してくれてるのかもね。だからひまりさんに伝えたのかも。ふふっ。可愛いね」


 確かに可愛いけど、可哀そうだ。バレンタインのチョコは当日になってから渡したかったけれど、早めにネタばらししたほうがいいかもしれない。


 そう思ってメッセージを送ろうとすると、紗月に制止された。


「どうせなら、チョコレートと一緒に本当のこと伝えてあげなよ。そっちの方が喜んでもらえると思うよ?」


 確かに、そうかもしれない。創作でも悪い状態からいい状態へ盛り上がったほうがいいっていうし。でもやっぱり可哀そうだなぁって思ってしまう。


「きっとそっちの方が、もっと好きになってもらえると思うんだけどなぁ」


「……そこまで言うのなら」


 私は仕方なく頷いて、冷蔵庫にチョコレートを入れた。しばらくして固まったのを確認してから、半分分けてもらって、家に帰る。早く誤解を解きたいという気持ちで、私は必死でオレンジ色の街を走った。


 家に帰ると、ひまりはリビングにはいない。私はひまりの部屋まで向かって、ノックをする。でもひまりは返事をしてくれない。不安に思った私は「入るね」と告げてから、扉を開いた。


 ひまりは暗い部屋で、ベッドで横になっていた。


「ひまり? どうしたの?」


 声をかけると、ひまりは反対側を向いたままつげた。


「ちょっと勉強に疲れちゃって」


 その声には涙がにじんでいるような気がした。


「……ひまり?」


 不安に思った私は、ひまりの顔を覗き込む。


 ひまりは、泣いていた。


「ひまり、どうしたの?」


「……なんでもないよ。お姉ちゃんこそ、どうしたの?」


「ひまりに、チョコレート渡したくて。まだバレンタインには早いけど……」


「えっ?」


 ひまりは驚いた表情で私をみつめた。


「紗月の家で、チョコレート作ってたんだ。そのときに莉愛ちゃんが帰ってきて、誤解されちゃったみたいでね。私、紗月となんて付き合ってないよ? いい友達だとは思ってるけど」


 そのとき、ベッドの中でスマホが振動した。ひまりは慌てて画面をみつめた。そこになにが書かれていたのか、それを見た瞬間、ひまりはほっとした表情になる。


「……そっか。私のために……」


「ごめんね。怖かったよね? 私、ひまりから離れないよ。ひまりが離れていく日まで、絶対に離れないからね?」


 ひまりは涙を流しながらベッドから降りて、そのまま笑顔で私を抱きしめてきた。


「お姉ちゃん。大好きだよ」


「私も大好きだよ」


 私たちは暗がりで抱きしめ合った。ひまりがこんなにも私を思ってくれている。そのことがとても嬉しくて、ついついまたひまりの頭にキスを落としてしまう。ひまりは私がキスを落とすたび、ぎゅっと私を強く抱きしめてくれた。


 きっとひまりはずっと不安だったのだろう。私が離れていってしまうかもしれないことが。なのに私は自分で考えることもせず、紗月の意見に従って、ひまりを不安なままにさせてしまった。

 

 私はひまりを抱きしめながら思う。


 もう、二度と、ひまりを悲しませるようなことはしない、と。


 それから私たちはリビングで一緒にチョコレートを食べた。全部ひまりに食べて欲しかったんだけど、ひまりは「お姉ちゃんと一緒がいい」と聞かなかった。


 チョコレートを食べていると、紗月からメッセージが届く。


「変なこと言ってごめん。すぐに誤解、解くべきだった。本当にごめんね?」


 どうやら紗月も莉愛ちゃんと言葉を交わして、同じ結論に達したみたいだった。


「いいよ。私こそごめん。止めるべきだった」


 私が返事をしていると、ひまりは不満そうにほっぺを膨らませていた。


「もうお姉ちゃん。今は私との時間でしょ?」


「ごめんごめん」


 私が謝ると、ひまりはハートのチョコレートを私の口まで運んでくる。


 私は戸惑いながらもそれを食べた。するとひまりは嬉しそうにしている。


「私、勉強頑張るね。一位で合格したら、お姉ちゃん、褒めてくれる?」


「うん。たくさん褒めるよ。頑張ってね。ひまり」

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