第二章 お姉ちゃんがお姉ちゃんになるまで

第13話 看病されるお姉ちゃん

 体がだるい。朝、熱を測ったら38℃あった。


 でもひまりは風邪をひかなかったみたいだ。本当に良かった。


 私はベッドの中、ぼうっとした意識でひまりの背中をみつめる。


 お母さんと宮下さんは心配そうにしながら、仕事に向かった。だから今、家には私とひまりの二人きりだ。それにしても、どうしてひまりは朝からずっと私の部屋で作業をしているのだろう。


「ひまり。風邪うつるよ?」


 せっかく風邪をひかせずに済んだのに、これじゃ意味がない。


「……凜が風邪をひいたのは、私のせいだから」


 そんなことを告げながら、ひまりは作業を中断し立ち上がった。かと思えば、ベッドで眠る私のそばまでやって来る。その小さな手のひらで、冷えピタを外しておでこに手を当てた。


 ひまりの程よく冷たい手が、心地よかった。


「熱いね。冷えピタ取って来るね」


 そうして、ひまりは私に優しい笑顔を向けてくれる。私の理想の妹を体現するするひまりに、甲斐甲斐しくお世話をしてもらうのは嬉しい。でもこんな風に優しくしてもらったら、またお姉ちゃんになりたい欲が湧き上がってきてしまう。


 あぁ。本当に私は。


 諦めたからこそ、こんな風に優しくしてもらえているというのに。


 私はぼんやりとした意識の中、机の上のノートパソコンに目を向ける。ひまりはお父さんに貰ったノートパソコンではなくて、私のプレゼントしたノートパソコンを使ってくれている。


 嬉しいよ? 嬉しいけど、なんか、物凄く気を使われてるような気がして寂しい。これだと友達ですらないような気がしてくる。お世話してくれるのも、プレゼントしたパソコンを使うのも、私が風邪をひいたことへの罪悪感ゆえなのではないか。


 扉を開けて、ひまりが戻ってくる。ひまりは冷えピタを私のおでこにくっつけた。


「ひまり。気にしなくていいよ? 上着を脱いだのは私の判断だし」


 ひまりはほっぺを膨らませて、不満そうにした。


「別に罪悪感とかそういう問題じゃないよ。ただ私が凜を看病したいからしてるだけ。凛はなにも気にしなくていいよ」


 ひまりは心配そうに私を見下ろしている。


「……そっか。ありがとう。ひまり」


 椅子に座ったひまりは私の方を振り返って、微笑んだ。


「お礼はいいから。私の方こそ、ありがとうね。迎えに来てくれて」


 私が微笑み返すと、ひまりはまたパソコンに向き合った。かたかたとキーボードを打つ音が、心地よい子守歌のように感じられる。目を閉じると、私はすぐに眠りについた。


 目覚めると窓の外はオレンジ色になっていた。熱でぼんやりした意識のままベッドから起き上がると、ひまりのノートパソコンだけが机の上に置かれていた。


 一応、私は「宮下 ひまり」の作るゲームのファンだ。熱に浮かされているような状態でも気になる程度には。紗月には負けるけど、それでも興味はわく。一体、今、ひまりが何を作っているのか。


 私はそっと起き上がって、ひまりのパソコンを覗き込む。するとそこには理解できないプログラミングの羅列があった。だけど一か所だけ私でも理解できる言葉が、日本語で書かれていた。


「妹と仲良くなるためのアプリ」


 それを視界にとらえた途端、足音が近づいてくる。後ろめたいことをした気分になっていた私は、慌てて布団に潜り込み寝たふりをした。するとすぐにひまりが部屋に入ってきて、ぼそりと告げる。


「あとはこのアプリをお姉ちゃんのスマホにいれるだけだね」


 えっ? お姉ちゃん!?!? 今、ひまり、私のこと、お姉ちゃんって言ったよね!?


 心拍数が一気に跳ね上がる感覚があった。風邪なのも相まってか、胸がどくどくしてうるさい。なんで? ひまりは私と姉妹になることを嫌がっていたはずでは? そんな疑問の答えも分からないまま寝たふりをしていると、ひまりは机の上の私のスマホを何やらいじりはじめた。


「ふへへ。これでお姉ちゃんは、私のお姉ちゃんに……、なったらいいなぁ」


 などと悪役じみたセリフを告げながら、悪い笑顔(可愛い)で私のスマホをいじり倒している。スマホは断末魔をあげるように振動していたけれど、やがてはこと切れたように静まり返った。


「お姉ちゃんが悪いんだからね。お姉ちゃんがお姉ちゃんになりたくないなんていうから、こんな強硬手段を取るしかなくなったんだからね」


 ひまりは嬉しそうに部屋の中でくるくる回っていた。


 私はがくがくと震えながら、薄目を開けてひまりをみつめている。まるで現実じゃないみたいな光景……。


 私ははっとした。


 そうか。これは夢なんだ。熱が出たときにみる奇妙な夢。そうに違いない。だって、ひまりが私をお姉ちゃんにしたいなんて思っているわけがない。そう確信した私は目を閉じて、また眠りに落ちた。

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