第12話 勘違いするお姉ちゃん

 私とひまりは二人で一緒に帰路についた。雪の降る町は寒いはずだけど、ひまりとなら寒くは感じなかった。ひまりは寂しかったのか、私の手を握ってくる。無言でうつむいたままぎゅっと握って来るのだ。可愛いなって思った。


 本当に妹にしてしまいたい。でもその願いは叶わない。私がひまりのお姉ちゃんになろうとしたせいで、ひまりは家を飛び出したし、抱かなくてもいい罪悪感まで抱いてしまったのだ。


 だから私は今日からは友達としてひまりと接するつもりだ。


「その、私……」


 ひまりは気まずそうな声を出していた。


「言わなくていいよ。分かってるから」


 私がそう告げると、ひまりはほっとした表情をしていた。


「言われなくても、お姉ちゃんになるのは諦めるから」


「……えっ?」


「私は、ひまりのこと全然知ろうとしなかった。良かれと思ってしたことは全部裏目に出て、ひまりを傷付けてしまったから。きっと私にはお姉ちゃんになる資格なんて、ないんだろうね」


 ひまりの私の手を握る力が強くなる。たぶん、ひまりは怒っているのだろう。だってひまりはお父さんのこと、本気で大切に思っているはずだから。それを完全な善意で上書きしようとした私は、嫌われて当然だ。


 悪意ならともかく善意ならまともに責めることもできない。


 横をみると、ひまりはうつむいたままだった。だけど突然顔をあげたかと思うと、私を上目遣いでみつめてくる。


「凜は、私のお姉ちゃんになりたくない……?」


 黒目がちな瞳がうるうるしていて、ひまりの可愛らしさをなおさら強調していた。どういう意図でひまりはこんな質問をしたのだろう。いや、考えるまでもないか。

 

 私が本当にお姉ちゃんになることを諦めたのか確認しているのだろう。もしもここで「お姉ちゃんになりたい」なんて言ってしまえば、きっとひまりは私を完全に見捨ててしまうはずだ。


 だから私は笑顔で答える。


「なりたくないよ」


 するとひまりはまたうつむいた。安心したのだろう。手を握る力が弱くなってきている。でも、かと思えば突然、ひまりは嗚咽を漏らし始めた。


「ど、どうしたの? ひまり」


 ひまりはうつむいたまま「なんでもない」と告げる。さっぱりわからないけど、私がお姉ちゃんの座を狙っていないとはっきり理解して、その安心から涙を流したのだろうか……?


 多分、そうだと思う。まさかひまりが私にお姉ちゃんになってほしい、なんて思ってるわけないもんね。うん、と私は一人頷いた。


 しばらく歩いて、家にたどり着く。玄関の扉を開こうとした。でも鍵がかかっていて、開けない。お母さんも宮下さんもひまりを探して外へ出ているらしく、チャイムを鳴らしても反応がない。


 風が吹くたび、ひまりは体を震わせていた。


 私は自分の羽織っている上着を脱いでかぶせてあげた。ひまりは困惑するように私を見上げていたけど、すぐに心配そうにつぶやいた。


「寒くないの?」


「大丈夫だよ。私はひまりより体大きいから」


「なにそれ」


 ひまりはくすりと笑った。でもすぐに悲しそうな顔になってしまう。その表情のまま、ひまりはつぶやいた。


「ありがとう。凛。……私なんかのために」


「いいよ。ひまりが風邪ひいたら、私が困る」


「……お姉ちゃんじゃないのに?」


 どうやらひまりは私をまだ信じていないようだ。不安そうな顔をしている。お姉ちゃんになんてなるつもりないよ、って教えてあげないと。


「大切な友達だからね。私はお姉ちゃんになるつもりなんてないよ? 絶対にないからね?」


 そう告げると、ひまりはしょんぼりとしていた。


「……私、よく分かんない。友達いなかったから」


「そうなんだ? 意外。ひまりくらい可愛いくて色々なことができたら、きっと男女問わずモテモテだと思うんだけど……」


「私は色々なことが出来すぎたんだよ。勉強でも、なんでも。だから友達っていうのがよく分かんないんだ。みんな私に頼ってくるけど、私が頼りたいときは誰も私を頼らせてくれなかった。お父さんが亡くなったときとかね」


 ひまりは悲しそうに眉尻をさげていた。庇護欲をくすぐられる表情に、私はとっさにひまりの手を握り返してしまう。


「私で良ければいくらでも頼ってね」


 ひまりは不思議そうに私をみつめていた。でもすぐに優しい笑顔を浮かべたかと思うと「うん」と頷いてくれた。


 そのとき、お母さんと宮下さんが帰ってきた。宮下さんはひまりの姿をみると、すぐに抱きしめていた。お母さんも私を「一人で飛び出しちゃダメでしょ」と抱きしめてくれた。


 私は「ごめんね」と微笑んで、ひまりを横目で見た。宮下さんに抱きしめられたひまりも私を横目で見ていて、視線がかち合う。すぐにひまりは私から目をそらして、照れくさそうに微笑んでいた。


 友達っていうのも案外、悪くはないかもしれない。そう思いながら、家の中に入った。

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