第14話 困惑するお姉ちゃん

「うーん」


 熱が治まった私は早朝の自室で唸っていた。


 昨日までは普通に使えていたのに、知らない間にかかったスマホのロックを外せなくなっていたのだ。適当なパスワードを打ち込んでも、もちろん開かない。


 困っていると、突然画面に「妹と仲良くなるためのアプリ」という文字がピンク色の背景に白文字で表示された。困惑していると「ミッション」という表示が現れて、その下にこんな文章が並べられていた。


  妹である宮下 ひまりの頭を撫でましょう


※ ミッションをクリアしなければ一日、スマホは使えません!


 一日スマホを使えなくなるのは困る。ゲームができなくなってしまう。ソシャゲは毎日ログインするのが大事なのに……。私は慌ててリビングに向かった。


「おはよう。ひまり」


「おはよう」


 ひまりはリビングでノートパソコンに向かって、作業をしていた。うん。いつもと変わりのない様子だ。やっぱり昨日のくるくる回るひまりも、悪役みたいな笑顔で私をお姉ちゃんにしようとするひまりも、全て夢だったのだろう。


 でもだったらこのアプリは何なのだろう。


「妹と仲良くなるためのアプリ」


 昨日夢の中でみたのと同じ名前をしている。正夢、というやつだろうか?


 よく分からないけど、とりあえず指示に従ってひまりの頭を撫でてみようかな。


「ひまり」


「なに?」


 ひまりは私に顔を向けて、首をかしげていた。可愛い。やっぱりひまりは美少女だ。


 無垢なひまりの顔を見た瞬間に、脈絡もなく頭を撫でるのはどうかと私は思った。頭を撫でるというのはよほど親しい間柄でしかしない行為だ。もしも仮に紗月に「頭撫でさせて」って言われたら私は百パーセント断るだろう。


 いや、紗月と仲が良くないってことではないけど、それだけ頭を撫でるというのはデリケートな行為だということだ。恋愛ものではよく女性の頭を撫でていたりするけれど、あれは相手が自分を好きだと分かっているからできること。大した好意も抱いてくれていない相手にしていいことじゃない。

 

「なんでもない」


 私がつげると、ひまりは不思議そうな顔をしていたけど、すぐにパソコンに目を向けて作業を再開した。私はお母さんが作ってくれた朝食をとってから、身支度をした。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 ひまりは微笑んでくれる。私も微笑み返して、家を出た。


 教室に入ると、紗月が心配そうな顔で話しかけてきた。


「風邪、大丈夫だった?」


「うん。変な夢はみたけど、ひまりに看病……」


「か、看病ですと!? あの宮下 ひまりさんに!?」


 紗月は嫉妬と羨望が入り混じったような顔で、私をみつめてくる。紗月、ひまりの大ファンだもんね。まぁこの反応も致し方なし。私はその反応を軽く受け流しながらスマホを取り出した。


「でも嫌なこともあってさ。なんかスマホを開けなくなったんだよね」


 画面には「妹と仲良くなるためのアプリ」と表示されている。


「……妹と仲良くなるためのアプリ?」


「うん。ウイルスみたいでスマホ使えなくなったんだ。明日から冬休みだから遊びまくってやろうと思ってたのに、最悪だよ。まぁ、PCゲームならいくらでも遊べるんだけどさ」


「それはご愁傷さまで。そういえば、クリスマスパーティーはどうなったの? 成功した?」


「うーん。失敗だったね。私、ひまりと友達でいるって約束しちゃったんだ。そうしないと距離がますます離れそうだったから」


「そっかぁ。気の毒に。あ、でもひまりさんならそのウイルスの消し方とか知ってるんじゃないの? 何となくの印象だけどプログラマーさんってそういうのに詳しそうな感じあるし」


 私はぽんと手のひらを叩いた。


「その手があった! 家に帰ったら聞いてみるね。日付が変わるまでにウイルス消してもらえたらいいんだけど……」


「明日から冬休みだし、連絡取りあえないのも嫌だよね」


「だねー」


「流石にアポなしでひまりさんに謁見にいくのもだめだと思うし……」


「いや、別にいいと思うけど……」


 紗月はいやいやと首を横に振る。


「ファンとしてアポなしはまずいよ」


「そうですか……」


 ひまりも厄介なファンに愛されたものだ。それでもひまりなら笑顔で会話できるのだろうけどね。私にも見せたことないような満面の笑みで。


 はぁ。やっぱりお姉ちゃんになりたいなぁ。そんなことを思いながら、私は終業式のために体育館へと向かった。終業式が終わると、すぐに帰路につく。


 部活に入っているわけでもないからね。ゲーム部があれば迷うことなく入るんだけど、そんな都合のいいものがあるわけもない。


 私はスマホをみながら考える。とりあえず、ひまりに聞いてみないと。このウイルスをどうすれば消すことができるのか。


 日付が変わるまでに消せたらいいなぁ、なんて考えながら家に帰れば。


「凛。今すぐに頭を撫でて。それしかこのウイルスを消す手段はないよ!」


 気付けば私はひまりの部屋で、ひまりに詰め寄られていた。

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