第2話 探索者の妹とギルドへ

「はあ……これからどうしよう?」


俺はベッドの中でため息をついた。

つい衝動的に、会社を辞めてしまった。

すげえブラックな会社だったから、ここらで辞めてよかったかもしれない。


次の仕事をどうしよう。

新卒で入った会社を、たった2年で辞めた俺を雇ってくれるところはない。


絶望しながら布団にくるまっていると、


——ピンポーン!


インターホンが鳴った。


俺は玄関へ向かった。


「お兄ちゃん!奏だよ!空けてよぉ!」


俺の妹の蔵田奏≪くらたかなで≫が、玄関前に立っていた。


「お。奏か。どうした?」

「今日、あたしの配信手伝ってくれるって言ったじゃん」

「あっ……ごめん。忘れてた」

「もお!お兄ちゃんのバカ!」


奏は今年の春に大学を卒業した。

大手企業に内定していたが、内定を蹴ってダンジョン探索者になった。

探索者にはFランクからSランクまで格付けがあって、ランクが高い探索者は、高価な鉱石が眠るダンジョンの深層まで潜ることができる。

奏はすでにCランクの探索者だ。探索者を初めて半年なのに、かなり成長が早い。


「お兄ちゃん……どうしたの?この世の終わりみたいな顔してるけど」

「実はな、会社をクビになった」

「あーやっぱりね。お兄ちゃんならいつかクビになると思ってたよ」


奏はいつも容赦ない。

本音をズバズバぶつけてくる。

それだけ、兄妹の仲が良かった。


「またゴミ捨ててないじゃん。早く入れて。掃除するから!」


奏はズカズカと部屋に入ってくる。


「うわ!きたな!」

「はは……残業続きでついつい」


2週間もゴミを捨ててない汚部屋だ。

自分でも掃除ないといけないと思いつつ、連日の深夜残業で休日も身体が動かなかった。


「お兄ちゃん。大変だったんだね」


妹に同情されている。


「すまん。まだ奨学金も全然返してないのに。すぐに次の仕事探す。奏に迷惑はかけないから」

「…お兄ちゃんとあたしは兄妹なんだよ。たまにはあたしにも頼ってほしいな」


奏はたまにキツイけど、やっぱりいい妹だ。


「ごめんな。不甲斐ない兄で」

「大丈夫。不甲斐ないのは昔からだから。とりあえず掃除しておいしいものでも食べに行こ?」

「ありがとな」


人生に絶望していた俺だが、奏のおかげで救われた。


俺と奏は、3時間かけて汚部屋を掃除した。

途中、Gとエンカウントして、奏が絶叫しまくった。

ダンジョンでスライムやらゴブリンやらと戦っているのに、Gは怖いらしい。


「やっと終わった。ご飯おごってよね」

「ここは失業した兄に、妹がおごってくれるんじゃないのか」

「ダメダメ。お兄ちゃんを甘やかしたら癖になるから」

「おいおい……」


どっちが兄なのかわからない。

奏は今は男勝りだが、子どもの頃は泣き虫だった。

妹が強くなったのは嬉しいが、それに比べて俺は……


◇◇◇


「ここがギルドか……」


オフィス街の真ん中にある巨大なビル。

ギルドというから古い建物を想像していた。


豪華なエントランスに大きな画面があって、探索者のランキングが出ている。

今の1位は……アルウィン・ウェブスターという人だ。

顔は隠されていてわからない。

危険なダンジョン探索のトップだ。きっと屈強な男に違いない。


「ダンジョンに潜る前に、ご飯食べよ。最上階に食堂があるから」


最上階へ行くと、探索者たちの食堂があった。


「うわあ……すげえ」


食堂には探索者がたくさんいた。


「みんな強そうだ……」


筋骨隆々の戦士、すごい魔法が使えそうな魔術師、とにかく強そうな奴らが、ガツガツ昼飯を食っている。


「奏じゃないか!こっちで一緒に食おうぜ!」

「奏さんの攻略動画、役に立ちました!」

「もうすぐBランクだな。すげえよ!奏!」


我が妹は探索者の中で人気者らしい。

みんな奏に声をかけてくる。

隣にいる俺を訝しげな目で見てくる。

隣にいる冴えない男は誰なんだろう?って感じで。

俺は明らかに探索者に見えないからな……


「ドラゴンステーキ定食、2つ!」

「おいおい。昼間からステーキはちょっと……」

「この後、ダンジョンに潜るんだよ。ちゃんと食べないと!」


ドラゴンステーキが運ばれてくる。

ドラゴンというファンタジー世界にしかいないはずの生き物が、ダンジョンにはうようよいるらしい。


「どお?おいしいでしょ?」

「うまい!」


どんな味かと思ったが、すげえうまい。

味は鶏肉に似ているな……


「ご飯も食べたし、そろそろダンジョン行こうか!」

「そうだな……」

「お兄ちゃん、怖いの?」

「怖くねえよ」


正直言うと、すげえ怖い。

ダンジョンでは人が死ぬこともある。

今までPCにへばりついて仕事をしていた俺が、モンスターと戦えるわけない。


「大丈夫。お兄ちゃんにもスキルをもらえるから」

「いいスキルがもらえるといいが……」

「あたしのお兄ちゃんだもん。いいのがもらえるよ」


◇◇◇


俺と奏は、エレベーターで1階に降りた。

受付で、俺は探索者になる申請をした。

年齢とか性別とか職歴とか、自分の情報を申請書に記入する。

本当に普通の履歴書と変わらない。


「お兄ちゃん早く書いてよ!動画取る時間なくなるでしょ!」

「こういうのはちゃんと書かないと」

「は・や・く!」


奏は相変わらずせっかちだ。

早くダンジョンに潜りたくて仕方ないようだ。


「申請書に問題はないですね。次に同意書にサインをしてください」


受付の女の子から、書類を渡される。

これは……死亡同意書だ。

ダンジョンは危険なトラップやモンスターでいっぱいだ。

毎日、死人が出ている。

死んでも文句は言いません、という同意書だ。


「大丈夫だよ。お兄ちゃん。あたしがしっかりお兄ちゃんを守るし、撮影は安全な低層でやるから」


妹に守ると言われるのは少し引っかかる。

普通は逆で、兄が妹を守るべきなのに。


「同意書を受領しました。では、こちらへどうぞ」


受付の女の子に連れられて、奥の部屋に通される。

部屋の真ん中に、大きな紫の水晶が置いてある。


「これはいったい……?」

「魔力の凝縮された紫水晶です。人間に魔力を与えて、スキルを開花させます」


スキルとは、探索者に与えられる能力のことだ。

最初にダンジョンに入る前に、探索者はスキルを付与される。

スキルは1人ひとり違うらしく、最初にどんなスキルをもらうかで、今後の探索者人生が決まるらしい。


「紫水晶に手を当ててください」


俺は手を置いた。


「うわあああ!」


紫水晶は激しい光を放つ。


「蔵田様のスキルが開花しました。スキル名は……」

「スキル名は?」

「ファイアーボール(極小)です!」

「ご、極小?」


ファイアーボールは理解できる。

文字通り、火の玉を放つのだと思う。

でも、(極小)ってどういうことだ?


「えーと……とりあえず、一度使ってみましょうか?」


受付の女の子は苦笑いしている。


「そーだね……お兄ちゃん。やってみて」


奏はあからさまにガッカリしていた。


2人の表情から察した。

俺はハズレスキルを引いてしまった。


「……使ってみなくてもわかるよ。どうせ豆粒みたいは火の玉しか出せないんだろ?」

「はい……おそらく……」


あまりに弱すぎるスキルなのか、受付の女の子も言いにくそうだ。


「だ、大丈夫だよ!これから強くなるから。武器を装備すれば戦えるよ!」


奏は俺を不安にさせまいと、必死にフォローしてくれる。

やっぱり俺に、探索者は無理か。

ま、俺はあくまで奏のダンジョン配信を手伝うだけだ。

ははは。き、気にしないでおこう……


——この時、俺はまだ知らなかった。

今日、俺の名前が全世界に知れ渡ることになるなんて。






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