第12巻 夢にぞみつる(終わり)
葵が皆に号令をかけ、一箇所に避難させた日の前日のこと。
野本ゆうこの掛け合いにより、武蔵野軍側の隊長、副隊長、葵、ゆうひ、まあや、長谷部、芽衣の面会の場が設けられた。
場所は芽衣の住む、岡崎の館の共学校だった。
「いやぁ、まさか、高校生だとは思いませんでしたよ。まぁ僕たちも大学生ですから人のこと言えませんけど」と隊長は言った。
「いつこの世界の真実に気づかれたのですか?」と葵は言った。
「いつだったかなぁ…。ずいぶん昔だった気もしますね。どちらにせよ、首都が名古屋っておかしいだろってことから今回の戦をしかけたわけですけれど、野本さんのおかげで名古屋のお国事情が知れたと言うか。僕の妻のぼたんも、西丘出身なんですけど、西丘に関してはてんで知らなくて」と隊長は頭をかいた。
「でもこうして、黒幕と思っていた人物側からの接触があり、計画が白紙に戻ってしまった」と副隊長は言った。
「それがそうでもないんです」と葵。「実は黒幕は目星がついています。その方は西丘にいます」
作戦はこうだった。まず、すぐにでも兵がやってくると脅し西丘の人たちを一ヶ所に集める。それから金山悠生を幽閉する。滞りなく進めば、金山に黒幕と世界の戻し方を吐かせる。
金山誘導役に葵、本部統率はゆうひ、周囲の警戒に芽衣、折糸の尋問にまあや、そして、武蔵野軍側に長谷部を配置し、問題が起きれば都度携帯で連絡を取り合う。
「もし問題が発生した場合は、一旦睡眠薬で金山を眠らせ、問題の対処を先にしましょう」と隊長は言った。
「睡眠薬なんてありますか?」
「作りました」副隊長はそういうと、薬の粉を取り出した。
「さすが、東京トップの大学の皆様」と葵はつぶやいた。
そして案の定、計画は思い通りに進まなかった。二位尼様が、部屋を移動しないと言ったのである。
—————————
「やはりあなたでしたか」
部屋に入ってきた葵を見るなり、つぶやいたのは二位尼様だった。
「折糸は?」と二位尼様。
「拘束しています」と葵は言った。
「それで、あなたは何をしにきたの」
二位尼様は焦る様子もなく、その場から全く動かなかった。
「とぼけないで。わかっているはず。私が知りたいのは、なぜあなたがこの世界を作ったのか、そして、どうすれば元に戻せるのか」
「この世界?」
「あなたが作ったのでしょう。あなたは元の世界を知っている。あなた、一度だけ、私に武蔵野のことを東京と言ったのよ。あなたがなりきれなかったから、あなたはあなた自身で墓穴を掘った」
「そんなこと、あったかしらねぇ」
「どのみち、あなたは殺される。明日になれば、武蔵野の兵がここへやってくる。武蔵野が動くだなんて想定外だったみたいね。あなたのあの慌てようを見ると。大勢の人が死ぬ前に、全て話して!」
「あなたを中宮にしたのは間違いだったみたいね」と二位尼様はつぶやいた。
「葵ちゃん、自惚れないでちょうだい。高校の時も成績のパッとしなかったあなたが、突然一位になるわけないでしょ?あれは、私が成績を改竄したのよ」
「……。なんのために」
「野本が真実に気がついた。だから、中宮から引き摺り落とすためよ。野本家との因縁?そんなの私が作った設定。私は、勉強ができる者が、きちんとその恩恵を享受する世界を作りたかったの!私はいつも学年のトップだった。それなのに、みんな大人しい私を馬鹿にして、カースト順位を下げようとしてくる。特に、あの光り輝く藤本ゆうひは虫唾が走った。我慢ならなかったのよ!」
「のばらちゃん、あなたはもっと古文の勉強をするべきだった。わずかな知識の間違いが、私たちを真実に近づけた」
「私をバカにしないで!確かにあたなは歴史が得意。だから、わざと、あの両端を結んだ小豆袋を見せたの。市のエピソードを、真実に気がついたあなたなら知っていると思ったから」
「そうじゃない。あなたは平安の世が、どれだけ退屈で、その反動が恋に向かう。そのことを想定していなかった。お仲間の金山悠生でさえ、あなたはコントロールできなかった。それに、人が勉強以外に情熱を注げるものがあることを、あなたは知らなかった。例えば、郷土愛、とかね」
「どっちにせよ、あなたの負けよ。世界は完全にこの世界のままとなる。あと少しで」
あと少し?
「ねぇ、なんであなたは、そこから一歩も動かないの?」
そう言ったのは部屋に入ってきた芽衣だった。のばらのハッとした顔を見逃さなかった芽衣は、上座にさっと近づくと、のばらを押し倒して首元に短刀を押し当てた。
「やめろ」とのばらはうめいた。
「私もやっと気がついたわ。だって西丘に覇権取らせるって、うちらに対抗心まるだしでウケる」芽衣は力一杯のばらの腕を押さえつけた。
葵も近づくと、のばらの座布団を取り上げた。その下には、隠し扉があった。扉を開くと、そこは真っ暗闇だった。
「この先はどうなってるの!」と芽衣は凄んだ。のばらは答えようとしなかった。
葵は、近くにあった分厚い本を手に取った。
「なるほど、確かに、あなた図書委員だったものね!」と葵は叫んだ。
本を開くと、この世界の終わらせ方が載っているページを開いた。
葵は、止めようとする、のばらをよそに、その暗闇の中へと飛び込んだ。
その闇は、物理的時間の流れない無限空間。
おそらくのばら、あるいは金山も、この空間で勉強をしていたのだ。だから、常に、成績は学年トップを維持していたのだ。
闇は葵の衝撃を吸収するように包み込んだ。地に足がつくと、葵は光の見える方向へと足を目一杯動かして走った。
たどりついた先には、球体の光があった。その横に鎮座する刀を抜くと、のばらの持っていた本に書いてあった通り、葵はその球体へと刀を差し込んだ。
ふと気がつくと、葵は高校で古文の授業を受けていた。
ー夢?
葵は首元に手を触れると傷があるのがわかった。
授業後、急いで葵は廊下へと出た。向こうから、学年のカーストトップグループがやってくる。葵が話したこともない人たちだ。その真ん中にいるのは藤本ゆうひ。
ゆうひは、葵に気がつくと、にこりと笑って手を振った。(終わり)
なりきり平安貴族! 夏目海 @alicenatsuho
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