第11巻 あらしの庭の

 間者の知らせにより、小豆坂に武蔵野の兵が集まっていることが事実だと分かった。


 いよいよ明日にでも攻めてくるだろう。そんな噂が西丘に広まり、あちらもこちらも人が走り回る大騒ぎとなった。


「葵様、皆集まりました」と青山は言った。


 葵は、深い青の袿を手に通すと、西丘の御髪下ろし、髪結全員が一堂に介する、多目的ホールへと向かった。


 多目的ホールはザワザワとしていた。静かにせよ、という浦安の野太い声で、しんと静まり返った。


 葵が入室しようとすると、上段の藤本と目が合った。藤本が頭を下げると、皆も一斉に、頭を下げた。


 葵は入室すると、1番上座に置かれている、金の刺繍が施された座布団の上に着座した。


「表を上げよ」


 皆々は一斉に頭を上げた。そして御簾がないことに、ただごとではないことを察し、動揺した。


「皆も、武蔵野から我らを討とうと兵が向かっていることは知っておろう。兵は明日にでも、ここ西丘を攻めてくる。幼き帝は東野に、先帝金山悠生様は、ここ西丘が預かることとあいなった」


 迎え撃つ時間はないので女装をさせて逃そう、という、まあやの提案だった。


「髪結の居室が集う旧館の一角に、全員を収容できる大部屋がある。皆はそこに今夜中にも逃げてもらう」


 葵の言葉に、ざわめきが起きた。


「武蔵野の進軍の目的はわからぬが、大方、帝と先帝様であろう。ここを逃れれば、そなたち皆の命を狙うことはあるまい。西丘を去りたいものは去ることを、ここに許可する」


「何を仰せになられますか」と藤本は言った。「我々は最期まで、帝と、先帝様と、皇太后の宮様とともに」藤本は笑みを浮かべた。


 これは藤本の大芝居だった。皆本音では逃げたいに決まっている。しかし、こうもいえば逃げられなくなる。逆に言えば、ここで逃げたものこそが、真実を知っている黒幕なのだ。


 皆、納得、発奮し、準備のために自室へと帰っていった。西丘を去ろうとするものは誰も現れなかった。


 葵は地下にある二位尼様の居室を訪れた。二位尼様は、いつものように、上座に座っていた。葵は下座に着座した。


「二位尼様。この部屋は危のうございます。兵が来れば、いち早く見つかりましょう。まことに、旧館には逃げられないのですか?」と葵は言った。


「前にも申した通り、ここは、私が長年祈りを捧げてきた場所。思い入れも深いのです。死ぬ時はここがいい、とずっと思ってまいりました」


「そう言われてしまうと、私も返す言葉がありません」


 葵はそういうと、尼様の部屋を出た。


 夜となり、全員の避難を終えた後、女のなりをした金山悠生が西丘へとやってきた。葵は金山を迎え入れると、避難部屋まで案内した。


「懐かしいですね。この階段は、私たちがぶつかった場所」と葵は言った。


「そうですね。あの時あなたはこの階段を渡ってはいけない身分でした」


「あなたが寛容で、命拾いをしました」と葵は言った。


 魔の廊下を通り、旧館へと入った。葵は旧館の一角にある小さな部屋へと金山を案内した。


「窮屈ではございますが、ここが1番安全にございます」


 金山は上座に向かい、着座した。葵は部屋の鍵をかけた。


「お茶でも入れましょう」というと、葵はお茶を入れ、金山に出した。金山はお茶を一口飲んだ。


「葵はここにいてくれるのか?」と金山が言った。


 葵は立ち上がると、金山悠生を睨みつけた。そして、袿を脱ぐとセーラーの制服姿になった。制服姿になりたい、と願うと、制服姿に変身できる。そのことに葵たち5人は気が付いていた。葵の制服姿を見て、金山は何か言いたげに、苦しそうにうめき声をあげた。


「あとでゆっくり、話を聞かせてもらいます」


 葵がそう言うと、金山はその場にバタりと倒れ込んだ。


 葵はお茶に睡眠薬を混ぜていた。金山を縛り上げると、一角に繋ぎ、葵は小部屋の外に出た。


 制服姿のゆうひが、階段を走って降りてきた。


「葵ちゃん!こっちは、大部屋に全員押し込んで鍵をかけておいた!」


「私も金山はぐっすり眠っている!作戦は継続で。私は、あそこに向かう」


「わかった」


 葵はゆうひは、魔の通りをすぎ、新館に入ったところで固い握手をした。ゆうひは、”本部”と位置付ける、髪結たちの総務部屋となっている職員室へと走っていった。


 葵は、走って階段を駆け降りていった。そして、地下に辿り着くと、扉を乱雑に開けた。


 葵が中に入ると、いつもと同じように上座に座る、二位尼様の姿があった。

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