第7巻 あこの歯そむゆ

*セルフレイティング対象です。また本文章はあくまで物語上の演出であり、医学的根拠はありません。

 

 朦朧とする意識の中、葵は気がつくと、ゆるく縛られていることに気がついた。そして、目隠しをされていた。

 叫ぶこともできないくらいに、脳が溶けた感覚がある。暗闇の中、誰かが葵に優しく触れた。


「葵、葵」


 その声が誰かわかった。悠生だ。葵は不思議にも何も怖くなかった。

 悠生は優しく葵に触れた。温かなその刺激は、悠生と確かにつながった感覚がある。自分のすべてを受け入れてもらえる確かな感覚。今なら葵の心の奥底の本音を、この人になら受け入れてもらえる。私は愛されていて、安心な場所にいるのだ。


「もっと」

 

 葵は自然と声が出た。悠生は葵の顔をやさしくなでると、激しく葵を抱いた。


「ああ、悠生!わが君!」


 何時間でも何日間でもあるかのように長い長い時のように、葵には感じた。

 

 ふと気がつくと、葵は寺の一室で、きちんと寝着を着て寝ていた。葵が飛び起きると、そこには帝がいた。夢でも見ていたかと思ったが、体はしっかりと昨夜の感覚を覚えていた。


「大事ないか?」悠生は昨夜のことを知ってか知らずか話しかけ、手を握った。葵はその手を握り返した。


 あたりはまだ薄暗く、夜明け前のようだった。静かなその寺には、土を含んだ風がそっと入ってくると、目元に浮かぶ葵の涙をぬぐった。


「お上とお会いできない間、色々なことを考えました。家族のこと、女官のこと、そして何よりも思ったのは……」

「思ったのは?」

「お上の御子を、心よりお抱きもうしあげたいということです」

 悠生は優しく微笑むと、葵をそっと抱きよせた。


 帰り際、右大臣東雲を葵は問い詰めた。

「葵様がお受入れなさらないと、一番心配をしていたのは帝ですよ。ですから、そういうのは荒療治が一番だって、私は帝に言っただけですよ、私は」と東雲は言った。

「でもあの店の女将は確かに東雲くんと言いました。あなたが仕掛け人でしょう」

「ついでに、良い店を知っていますよとは言いましたが。でも結果良かったでしょう?」

「それは……それはでも偶然であって、もし私でなかったら」と葵は怒った。

「葵様でよかった」と東雲は笑った。「私は見る目だけはあるんですよ。私にはね。誰にも効く治療ではありません」


 葵の懐妊が公となったのは如月の頃。帝がもし子をなしたときは、その子が帝を継ぐ決まりであることを葵はその時教えられた。そのため、その年の文月にある試験は取りやめとなった。


 そして、明くる年の冬の頃、男の子が生まれ、即日親王宣下がなされた。

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