第一章 エピソード8〜衣食住の充足①〜

十四日目。

与えられた狩小屋は何者かに荒らされたかのような、それとも経年劣化で自然に還ったのか話にならないほどオンボロであった。私は決意した。娘の記憶を取り戻す前にまず衣食住を充足させねばなるまいーーーー。



ーーーー始祖の森の入り口の側あると言われ、チャリ丸と向かった小屋は何というか…こう…、うん、辞めておこう。せっかく譲ってくれたんだ。


チャリ丸と俺は小屋と呼ばれていたの前に立ち尽くす。

村と同じ合掌造がっしょうづくりであっただろうが屋根が完全に無く、あちこち穴の空いた朽ちた壁と五畳分程の広さの窪み。竪穴式住居があった跡だ。中は動物のふんや体毛、足跡があり完全に荒らされていた。


「…。なるほどな。村長たちがやたら村で泊まるように勧めるわけだ。」


チャリ丸を見てると、彼もこっちを見ていたため視線が交わる。


「クゥーン。」


チャリ丸はなんとも気まずそうな表情をする。


俺は十日ほど鎖に繋がっていたため、既に疲労困憊ひろうこんぱいだ。今から家を作る事はできない。ましてや、莉咲のクリームソーダなんてモノは準備工程が多すぎるためすぐに作る事は難しい。


まさか、ここに来てこの仕打ちとは思わなかったが、断った手前のこのこ村に戻るわけにもいかない。


俺はチャリ丸を見た。


「なぁ、チャリ丸。お前普段どこで寝てるんだ?」


ここは仕方ない。またしてもチャリ丸に世話になろうと思う。彼には申し訳ないが、ここしか頼るトコロがないので、存分に頼らせてもらおう。


「ハァハァ、ハァハァ」


チャリ丸は理解してかしないか、目を輝かせて尻尾をふりふりする。


「もし、な?一人分のスペースがあるなら…その、お前のところに暫く泊めてもらえないかな?」


バウ!!とチャリ丸はすぐさま俺の首根っこを咥え背中に乗せて走り出した。


「ワオーーーーーーーーーーーーーン」と大きな雄叫びをあげて走って行った。

森に入るとチャリ丸はより一層俊敏しゅんびんになり、獣道を駆け抜ける。まるで、お泊まり会をする子共かのようにはしゃいでいる風に見えた。


獣道に入ると周りからほんのり白い光が集まりチャリ丸の左右前方に等間隔に並んで、進む道を示してくれている。現代の知識を持つ俺からすると、まるで深夜に飛び立つ飛行機のための滑走路灯のように見えた。


原始的なこの世界では、なんと幻想的に見える事だろうか。


暫く走っていると巨大な壁が見えてきた。正確には山がそびえ立っていた。あまりの標高に山肌が急斜面で、もはや壁に見えていたのだ。しかしこのまま進む事はできない…行き止まりだ。チャリ丸はそのまま勢いを殺さず壁に向かってジャンプし、トッとする。体の向きを九十度右に傾け、壁をまるで蜘蛛のように走る。先ほどの勢いがまだ死んでいないからこそ出来る、慣性の法則を使ったアクロバティクな技だ。だが同時に俺らの身体には物凄くGが掛かっている。


「ッググググ…。ヂャ"リ"丸"〜!!」


はしゃぎまくっているチャリ丸はおそらく俺のことなど忘れてしまったに違いない。だが、振り落とされたら死んでしまう事は間違い無いので、必死にしがみつく。


次の瞬間!!地面に向かってジャンプし、回転する。チャリ丸は着地を決めると、どこか誇らしげに胸を張るポーズをした。


ストン!!クルクル!!トッ!!


決まったーー!!。チャリ丸選手の四回転捻り!!


あまりの回転に意識を持っていかれそうになるも、頭の中の審査員達は十点、十点、十点と採点している。


チャリ丸はヨレヨレヨボヨボになった俺を背中から降ろす。チャリ丸には地べたに降ろされた俺はへっぴり腰になって暫く脚がガクガクと震えた。まんま生まれたての子鹿のように。


「バウ!!」


チャリ丸は目をキラキラさせて俺を見ている。お座りの姿勢で尻尾をふりふり。どうやらチャリ丸の住居に着いたようだ。


それは住居と呼ぶにはあまりにも野生的だった。なんせ、先ほど走ってきた壁に空いた大きな横穴だ。

穴の中から獣の匂いがするのは、まぁ仕方ない、獣の棲家故すみかゆえだ。チャリ丸はバウ!!と吠え、どうやら俺に入って欲しそうにしている。


中に入るとわらのような植物が塊で置いてあった。おそらくチャリ丸のベッドだろうか、なんとも簡素だ。チャリ丸は俺の横を通り過ぎてベッドで丸まった。俺は何が出てくるかわからない洞穴に恐る恐る足を踏み入れ、安全を確認できたところでチャリ丸に寄っ掛かるように横になった。


すると、チャリ丸はまたしても俺を咥え、丸まった体の間…前足と後ろ足の間ふわふわで暖かいお腹の上で俺を離す。もふもふ天国だ。程なくして、俺は眠りについた。夢も見ないくらい深く、泥になったかの様に眠った。


〜翌朝〜


心地よい空腹と小鳥の鳴き声と共に目が覚めた。昨夜まで一緒に寝ていたチャリ丸が見当たらない。


俺はいつのまにか枕にしていたリュックからタバコとライターを取り出した。いつもの様にタバコのフィルターを下にしてタバコの箱にトントンと軽くノックする。火を点け、喫煙を楽しむ。


スゥーー。ハァーーー。


やはりマッチがない事だけが唯一の欠点で、それ以外は完璧。マッチの初吸いにかなう喫煙なんてない。


今日はコレから衣食住の『住』を作るんだ。今から身体を慣らしておかねば。


洞穴から外に出て少し歩いたところに小川が流れていた。山の雪解け水か、はたまた湧き水か、実際のところはどちらでも良い。ただ冷たくて気持ちのいい水が壁の様に高い山からアーリオ村方面へと流れていた。


俺は小川で顔を洗うと洞穴の前まで戻り、リュックからBluetoothスピーカーを取り出してスマホと同期する。ヴァン・ヘイレンの『ジャンプ』を流す。


〜♪


大音量で流れ出した音楽に合わせて身体を動かし、ストレッチを行う。別に運動に関しては対して詳しくないので、『ジャンプ』のメロディーにラジオ体操第一の動きで合わせて鈍りに鈍った身体をほぐしていく。


程なくするとチャリ丸が上空から降ってきた。

口には魚を加えていた。魚と言っても本マグロほどの大きさの…。いや、本マグロだった。


「おいおいおい、コレどーしたんだよ!?」


本マグロがピチピチとチャリ丸の口の中で暴れる。なんとも活きがいいのかまだ少し濡れている。


「近くに海があるのか!?と言うか、マグロは回遊魚だぞ!?どうやって取りに行ったんだよ!!」


「バウ」


チャリ丸はただニヤニヤするだけでおそらく教える気はないのだろう。

マグロの漁の方法は気になるが、今はとりあえず食事にしよう。


音楽を止め地中海のイタリアンな音楽をつけた。雰囲気作りはとても大事だ。


俺はリュックから十徳ナイフを探すが見当たらない。


(あー、土のギーアにくれてやったんだけか…。刃物がないのは困ったな…。)


村から出る時に刃物を拝借しておくんだったなぁ。後悔先に立たずだ。


「うーん、仕方ない。メイキング・スタートだ。」


俺は顔を洗った小川に行き手頃な石を二つ探すと互いをぶつけ削る。コレの赤と濃緑の石はチャートと呼ばれる、大昔の海の虫の死骸が積もって出来た石だ。地球でも石器として使われていた実績を持つ先人のお墨付きの石だ。


バコッ!!バキッ!!


石のナイフと石の斧を手に入れた。


(まぁ、コレのナイフで職人顔負けの刺身を作れるとは思ってはいないけどな)


俺は手近にあった大きな葉っぱを床に敷き、そこにマグロを置いてもらう。

マグロなんて捌いた事は愚か触ったこともないが、なんとか頑張ってみようと決意する。


ザク、ザク、ザク…パキン。


早速ナイフが刃こぼれを起こし虚しく崩れた。


「くっそー。食事を手に入れたのに、食べられないのか…。」


一部始終を見ていたチャリ丸は、ニヤニヤしながら近づいてきた。


「なんだよ…。」


ジト目でチャリ丸を見る。

するとチャリ丸は前足を出して一本爪を立ててマグロのエラと胸鰭むなびれの中間にジジーッと線を引いた。チャリ丸は俺を見る。


「なんだよ、爪自慢かよ。そんな感じならチャリ丸様に丸投げするぞ。」


バウ!!と首を振る


「どう言う事だ?何が言いたい。…もしかして捌き方を教わりたいのか?…今引いた線は合ってるぞ。そこでスパッとキレれば頭が取れる。それさえ出来れば後はなんとか俺でも出来そうだ。」


どうやら、捌き方を教わりたいみたいだ。俺はチャリ丸に捌く部位を説明する。野生の犬がどこまで理解できているかはさておき、とりあえず教えてみる。


「Grrrrr!!」


チャリ丸は唸ると空中から、ほんのりとした緑の光が集まる。あれは、ギーアの光だ。すると辺りに微風そよかぜが吹く。


雄叫びを上げると、先ほど立てた爪を振りかざしマグロの手前の地面に刺す。

すると同時に、振りかざした爪の軌跡が薄緑に光を放ち風の刃となってズバっ!!とマグロの頭を刎ねた。刃の勢いで飛び上がったお頭は宙で回転しながら落ちて、口を開けて待つチャリ丸の口腔に納まった。


「お、お前!!雷以外にもマギーアを扱えたのか!?」


驚きを隠せず俺は取り乱した。


「ハァハァ、ハァハァ」


チャリ丸は得意げにニヤニヤするだけだった。

そんなドヤ顔のチャリ丸様には仕事をしてもらおうじゃないか。


俺は砕けた石の破片でマグロを捌く為の下書きをした。


「いいか、チャリ丸はさっきのマギーアでこの線に沿って切ってもらえるか?」


「バウ!!」


チャリ丸はなんと利口なのだろうか。俺が描いた下書きに沿ってマグロを捌いった。俺はプロの寿司職人でもなければ、捌いたことのあるのはせいぜい秋刀魚か鯖くらいだ。多少不恰好でも御愛嬌という事で…なんせ、初めての共同作業なんだからな。


俺は河原の大きめな石を円の形に並べて、真ん中にチャリ丸のベッドから少し拝借した干し草を置いたて焚き火たきびを作った。昨日まで雨が降っていたんだ、そこらの枯れ草は多分火を付けるのにかなり苦労するだろう…。


「すまんなチャリ丸。今度もっといいベッドを作ってやるからな今日は勘弁な。」


俺は火が消えないようになるべく乾いた枝や木をべた。火が安定したところで、焚き火の上に頂点が来るように同じ長さの枝でテントの骨組みのように三角形を作った。それをつたで補強し真ん中に垂れ下がるようにマグロの切り身(ブロック)を用意した。


マグロの身を火にかけたのには理由がある…が、まだコレでまだ完成ではない。

仕上げに集めてきた落ち葉を大量に火に焚べる。

すると…。


「キャーン、キャーン。」


大量の煙が発生してマグロの絡みを包む。

チャリ丸は煙の匂いに耐えきれず自分の住居に走って行った。


これは燻製。現代では珍しいマグロの燻製だ。


「重ねてごめんなチャリ丸。だけど、コレやらないと魚はすぐにダメになるからな」


燻製をすると木材のセルロースやリグニンが燃えて、フェノール化合物やアルデヒドが発生して肉を殺菌・防腐してくれる。コレで魚肉が日持ちする。もちろん干物でもいいが今の季節には向いていない。むしろ腐らせる恐れすらある。改めて先人の知恵に感謝。


「こ、こんだけあればしばらくは大丈夫だぞ!地球でのサバイバル生活ではあり得ないマグロの燻製の完成だ!!」


俺はコレからサバイバル生活をして行かなければならない。そのサバイバル生活に必須な最低限のルールは衣食住の充足だ。


最も大切な『食』を手に入れた!!


コレだけのマグロの燻製を手に入れたのはかなりのアドバンテージだ。一週間は持つだろう。そのうちに俺の住居も作らねば。


そう。次のクラフトこそは衣食住の「住」だ!!

俺の城にい、莉咲との城に相応しいものでなければな!!

だがその為にはチャリ丸の協力は必要不可欠。謝罪と感謝の意を込め燻製のブロックを幾つかチャリ丸の棲家へと運ぶ。


           ☻


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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

いかがだったでしょうか?


今回の更新遅くなって申し訳ありません。

私事ながら引っ越し作業で忙しくしていました

m(_ _)m


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ここまでに出てきたマギーアのイメージ画像(構想中)もアップしてますので、よかったらみてって下さい!



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