第一章 エピソード7〜前進〜

「まぁ、座って話しましょう。」


…と老人が言った。


莉咲が俺の事を覚えてないのは、どういう事だろうか。この世界にきてからあまりにも不可解なことが続いている。だが、莉咲の無事は確認できた。老人にも老人のタイミングがあるだろうから、詰める事はしない。


合掌造りの家の中では地上より二メートル下に居たためか、段々と肌寒くなってきた。

大きな老人は薪を組み、手をかざすと…。


『フェル』


あまりにも当たり前に行うものだったので俺は少し驚いてしまった。

地面からほんのり赤い光が集ったかと思えば、呪文と共に薪が突如着火した。


「私…訊ねる。今…何が起こる?」


老人は不思議そうにした後、何かを悟ったのか焚き火の周りに茣蓙を四つ用意した。


家に窓はなく、入り口から野次馬達が顔を覗かせている。野次馬をかき分けて、一人の若い女性が家に入ってきた。俺に食事と水をくれた女性だ。


火を挟んで反対側に左から莉咲、老人、女性が座る。しばらくの沈黙の後、老人が重たい空気を破るかの様に話し始めた。


「私はこの村の長、チョビと言います。そして娘のロマーナです。貴方は…ユウヤさんと仰ってましたね。」


「…えーと、肯定。」


「…ユウヤさんは、この土地の神様にお会いになったことはありますか?」


「それ…大きい…白い犬?」


チャリ丸の事だろうか、あいつは神ではなく犬だ。

神なんて非科学的なことは信じないが、空想不思議世界なら神くらい、いそうな気がしなくもない…。


「いいえ、あの方は神様の…うーん、守り手のような、それこそ神様の使いの様な存在です。このアーリオ村では御遣様を神様の様に祀っています。そして御遣様はこの村と、ある取り決めを交わしているのです。」


何となくわかっている。それは自分たちの安全と引き換えにチャリ丸に食糧(生贄)を渡す事だろう。


「生贄…だな?」


「左様です。私たちがこの土地で生きていくには、とても非力です。この村の民は僅か40人しかおらず、見ての通り皆老人です。さらにマギーアを扱える者も13人程度です。なので、より強大な存在である御遣様に守っていただく事を選びました。供物の内容も御遣様と相談して、十日に一度森の動物を狩って供えたり、村に害を及ぼす罪人などを供物として用意しておりました。」


なるほど、共生関係というやつか。確かに発想としては悪くはない。むしろ、それが一番真っ当だと思う。それより気になってしまったのはマギーアの存在だ。あれは皆が使えるものではないのか??


「理解した…。えーと、私、マギーア…詳しく…知りたい」


「ではまず、この土地の事について少し話しましょう。この土地はギーアが豊富に溢れております。そしてそのギーアの集合体に意識が芽生えた存在を精霊と呼びます。」


「…精霊?…光る…塊の事か?」


「ええ、おそらく見たことがあるかと思います。…精霊は滅多に現れませんが、現れた際、近くにいる人間と契約をする事があります。代償はその人が大切にしている何かです。そして、契約をした人間は精霊の力を使うことが出来ます。それがマギーア。つまり、大気中ギーアを使いマギーアという現象を起こす。そうしてこの様に…『フェル』。大いなる自然より、力を借りることが出来ます。」


村長は説明しながら人差し指を立て、先程の呪文を唱えると指の先から、ライターで点けたような小さな灯火が現れ風にゆらめく。

すぐさま指を振り、火を消す。


「私…大地…操るマギーア…可能。マギーア…終わると、深く…眠る…なぜ?」


俺が使っていた『テル』も属性は違えどマギーアである事がわかった。しかし、使うと必ず気絶してしまう。その上、最近は呪文を唱えても何も起きなかったのだ。


「おぉ、土属性ですか!これはまた珍しい。」


村長は驚き、目を見開くとまた普段の顔に戻る。


「…マギーアを使うには使う本人の命を用いるのです。正確には「命」ではなく「生命の力」ですが…。ですので生命の力が少なかったり、枯渇してしまえば当然意識を保つのが難しくなってしまう。「生きたい」と願う思いや強い願望が自然のことわりを歪める現象を引き起こすのです。」


俺は理解に少し苦戦していたところ、ロマーナと名乗る女性…村長の娘が唇を震わせた。


「ユウヤさん、捕えられたから何度か呪文を唱えても何も起こらなかったのを覚えておられますか?」


「私…覚える…肯定。」


「…拘束しておいてなんですが、貴方は生きる気力が無くなってませんでしたか?呪文を唱えてもマギーアが発現しなかった理由はそこにあります。」


なるほど…。一種の生命エネルギーか。分かりやすくMPとでも呼ぶとしよう。単純な話、MPが不足していたにも関わらず、無理にマギーアを起こそうとしたが為に、気絶してしまったのか。生への渇望や強い願望が回復の方法であった。確かに俺は死ぬ事を受け入れ、ただ日々を過ごしていた。あの精神状態ではMPは貯まらないというわけか。


「私…理解する。生きる想い…力に変わる…。」


「はい、その通りです。」


聞きたい事が山ほどある。

この世界についての前提知識があまりにも不足している。俺はそれから暫く村長と話をした。と、言っても一方的に俺の疑問をぶつけた。もちろん、莉咲の話もした。そして、この村の壊滅的な状況の理由も教えてもらった。


話が終わった頃には辺りはすっかり暗く、夜空に輝く星達の位置がだいぶ変わっていた。「莉咲はお爺ちゃんと一緒がいい」と言って聞かなかったので、仕方なく村長の家に残して行った。外にいた野次馬達は皆それぞれの家に帰って行ったのか、チャリ丸だけが外で待っていた。


※JP

「待たせたな、チャリ丸。」


「…バウ。」


声を掛けると丸めていた大きな体を広げた。大欠伸をしながら伸びをして、起き上がる。


「そのままそこで寝ててもいいんだぞ?」


「バウ!!クゥーン…。」


歩きながら通り過ぎていくと、俺の提案が気に入らなかったのか背中を鼻でつつかれた。


村長によると村人が怖がるのでチャリ丸を村の外に出して欲しいとのこと。散々俺に辛い思いをさせてしまった事を再び謝罪された後、村の最上段にある食物倉庫を居住スペースとして勧められた。謝罪は受け入れたが、やはりどうしても暫くはこの村への出入りは控えたい。しっかりトラウマだ。


村長の誘いを丁重に断ると、村長は申し訳なさそうな顔をした。どうしても引き下がってくれなさそうな様子であったため、森での狩の時に使う小屋はないかと打診してみた所、「あるにはありますが…、そんな所よりも村の中の方が安全かと…。」と粘るので、チャリ丸が一緒にいてくれると言ったら引き下がった。


「チャリ丸、お前は普段森の中で寝てるんだろ?」


「バウ!!」


チャリ丸の吠えた声が無機質な村に響き渡る。


「しーっ!!村人が起きちまう。」


「クゥーン…。」


チャリ丸は申し訳なさそうに耳を折る


「なぁ、もし嫌じゃなければ、暫く俺と一緒に住まないか?美味い飯はあげられないけど、味付けくらいなら何とかなる」


「バウ!!」


「だから、しーーーーっ!!だってば!!…ってうおお!!」


チャリ丸を注意しようとすると、チャリ丸は俺の服の首根っこを咥え背中に乗せた。ふわっふわだ。今夜寝る前にもふろうと決意する。


俺を乗せたチャリ丸は走り出した。まるで風の様に。村の下段と中段の柵を飛び越え、さらに加速する。櫓が近くまで見えたかと思ったその時、チャリ丸は櫓よりも高く飛び上がり正面の門を軽々超えていった。


「ちょっ、お前!!この先は堀になってるぞ!!水の中に落ちるぞおおおおおおおお!!」


チャリ丸は空中で体を捻り横に一回転し加速する。


「振り落とされるううううううう」


俺はチャリ丸の体毛に全身を使ってなんとかしがみついた。


ーーーートッ!!


まるで体の大きさや重さを感じさせない様な見事な着地をする。そしてノーモーションで走り出し、さらに加速。風になびく白い毛が月光に照らされ、ほのかに白い輝きを纏う。マギーアをする時とはまた別の、幻想的な輝きだ。


「今度は本当に死を覚悟した。偶然とはいえ、助けに来てくれて本当にありがとう。」


今回、村人に捕えられてしまった事は、気にしない様にしていたが心のどこかにどんよりとした感情が渦巻いていた。

聞こえてるかどうかは分からない。だが、紛れもなく本心だ。今夜は久しぶりにぐっすりと眠れる気がする。


風の中で村長とロマーナに言われたことが頭の中で何度も再生される。


ーーーー。


※ZLM


「この娘は貴方の娘と仰っていましたね。本人は貴方を覚えていないと言っておりますが、私たちにもわかる様に証明は出来ますか?」


「…理解する。私…持っていた…捕まる時…漆黒の背嚢…」


二人は少し考え込むと、ロマーナが村長に耳打ちをした。そして、二人は俺に向き直りロマーナが口を開く。


「それでしたら、トマーテさんが預かっていますよ。少し待ってて下さい。持ってきますね。」


そう言い残して、そそくさと家を後にする。


「私…わからない…トマテー…誰?」


「トマーテです、あやつですよ。毎晩貴方と一緒にダルルをしていた者ですよ」


あぁ!!あの時の爺ちゃんか!


「あの者…私に…言葉…教える。私に…親切にした。感謝している。」


「そうですか、それでゼルム語を…。あの者はアーリオ村でもなかなかの変わり者でして…。」


「…同意。誤解とはいえ…私…罪人。…通常…人…近づかない。」


はははと笑い合い、張り詰めていた場が少し和んだ。

そんな話をしていると「お待たせしました。」と俺のリュックを持ってロマーナが家に入ってきた。


「お返しします。トマーテさんが少し漁ってたみたいですが、全部回収してきました。」


俺はリュックを受け取り中を確認する。思ったより物が揃っていたので確認は後にした。リュックからスマホを取り出した。


「これ…私の故郷の…」


「『スまほ』ではないですか!!」


!?

なぜ知っているのだ。しかも日本語の略名!?コレは科学文明の結晶。一介の未開人が知るはずもない物であるはずなのに。どういう事だ。


「私…訊ねる…なぜ知っている。コレは…私…故郷…の道具…名前はスマホ」


「それは、スまほ…ザルグ國に伝わる神器です。真実を映す鏡であり、神様の言葉を伝えてくれる道具だと教わってます。神様の言葉は難解で、巫女様にしか分からぬのです。もしや、ユウヤさんは巫女の一族だったのですか?」


村長は言いながらだんだん青ざめていく。


「…否定する。私…普通の人。故郷では全て…人間…スマホ持っている。」


村長の顔色が戻っていった。


「そうでしたか、てっきり高貴なお方を生贄にしてしまったのかと思いました。」


俺はスマホをつけ、写真を見せるそこには俺と莉咲とそしてもう一人、ーーが映っていた。何とも幸せそうに笑う家族の写真。それを村長に見せる。


「コレは真実の鏡、ここに映る物全て真実。…わかりました、ユウヤさん、貴方をこの娘の父親と認めましょう。」


この娘について全てを教えて差し上げますーー。


※JP


そして語ってくれた。

4ヶ月ほど前の事。なんでも雪が溶けた頃、狩に出かけた村長たちが森の外れに子供が倒れているのを見つけたというのだ。そして、その子供は見たことのない衣服を纏い、頭から血を流していたという。


おそらく外傷性脳損傷による記憶喪失ではないかと踏んでいる。無理に記憶を吐き出そうとすれば、脳にダメージを与えてしまう。どうすればいいのだろうか…。


(写真を見せてもダメだったんだ…。)


走り続けるチャリ丸の背で俺は風と一体となり、チャリ丸と一体となった。そして、環境と一体となったところで、スッと周りの音が消えて目を閉じる。


黒い背景から一転、真っ白な背景にポツンと俺の書斎にあるような仕事机とノートPCが置いてあった。そのPCは俺の知識を象徴化した物だ。椅子に座りPCを開く。俺はさらに集中力を高め脳内のインデックスを検索する。


…そう言えば以前、被害者を殺害した後逃走の途中で事故にあい、記憶を失った犯人から真相を引き出そうとする医者の小説を書いた。その時、題材にした医学博士に取材をして記憶喪失に効果のある対応を教わった。


確か…。


「薬物療法…は、この土地では難しい。となると理学療法や作業療法…、これだ。方法は…音楽療法、回想法…。いや、もっと詳細に!」


頭の中に幾つもパターンを組み合わせ樹形図の様にイメージしていく。


「ショック療法…は、莉咲の小さな身体では耐えられない。」


考えろ!考えろ!考え抜け!大切な人を守るんだろ!!


…っ!?


頭の中で展開した無数の樹形図のなかで、一本の道が輝き出した。


「これだ!!」


俺は目を開き作成の手順や記憶が戻る可能性を計算していた。俺の声にチャリ丸は「バウ?」と応えたが、無視した。いや、正確には気づかなかった。確率の計算をしつつ、並列に思考を巡らせ脳内インデックスの検索に夢中になっていたからである。


「これなら視覚、嗅覚、触覚、味覚、そして聴覚からアプローチができる!!成功率は六十八%程度。」


これなら出来る。俺は確信した。莉咲の記憶を思い出させるために、かつて莉咲が大事にしていた物や好物を使い刺激を与える。回想法とショック療法のちょうど中間。食事療法だ。

食事は五感を刺激しなおかつ、エピソード記憶に深く作用する。過去に食べた食事を再び食べる事で記憶が蘇るキッカケになる。


「作ってやろうじゃないか!!この魔法と原始の空想世界で、莉咲が大好き好きだったーー





ーー『クリムソーダ』をよ!!」


           ☻


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

いかがだったでしょうか?

第六話〜今回に出てきた※←に疑問を持った方がいると思いますが、アレは言葉の切り替えのつもりです。ちなみに…


※JP→日本語で話しています。

※ZLM→ゼルム語で話しています。


わかりずらかったらすみませんm(_ _)m



Twitterでサルグ・ゼルムキャラクターのビジュアルデザインをアップしてます!よかったらみてって下さい!

第一弾はニヤニヤするチャリ丸です!!予想以上にニヤニヤしてますので愛でてやって下さい!


星を下さった皆様

応援ありがとうございます!!


コメントをくださった方

とっても嬉しかったです!!


いいね、フォローしてくださった皆様

ありがとうございます☺︎


皆様の応援が活力になります。

よかったら次回も、読んでみてください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る