第36話「文田とヨミと新作と」

 俺は朝起きてきた。いや、今の時間を朝と呼ぶのかは怪しいところがある。何しろまだ太陽は昇っていない。朝と深夜の中間くらいの時間だろう。その時間でアップロードの為にあらすじやタグと言ったメタデータの準備をしている。幸いそれほど多くの準備は必要なかった。


 全てのデータを入力し終え、あとは投稿のボタンを押すだけのところまで進めて準備は完了だ。


 そこでなんとなく、本当になんとなくヨミのチャンネルを開いた。機能は作品につきっきりだったので本編をよく見ていないのだ。また津辺のやつが話題にしそうな気がするので話を合わせるためにでも確認くらいはしておいた方がいい。


 そしてヨミのチャンネルを見ると……懐かしい……あまりに懐かしい作品のタイトルが載っていた。何故配信に気がつかなかったのかと自分を不思議に思うほど俺の中で願望をむき出しにした作品だった。こんなものを公開されていたとは……恐ろしい話だな。


 恐る恐る動画のサムネイルをクリックすると再生が始まった。チャットのリプレイ付だ。


 そこで動画が始まる前に気がついた。スパチャが投げられている。どうやら収益化の制限は解除されたようだ。権利者削除を防ぐためだろうか、まだおとなしく俺の作品レビューで繋いでいくつもりのようだ。


 まるで困った時のフリー素材のようだが、俺自身でさえも懐かしいと思える作品を掘り起こされたのは驚いている。コイツは一周回ってファンどころか信者レベルの詳しさだ。軒並み権利者削除をされたのがよほど堪えたのだろうな、公開してもダメージの無い俺の作品がずらっとサムネで並ぶ様は壮観だった。


『司書くん! 今日はブンタさんの更新されていない作品ツアーをするよ! ついてきてね!』


 おいおい、勘弁してくれよ……更新されていない作品って要はポイントが得られずエタった作品じゃねえか。そんなものをわざわざ掘り起こすなよ、おとなしく眠らせておいてやれよ。


 そこから先の紹介はひどい有様だった。正気だろうかと思うような作品を考察まで加えて解説している。俺のまったく考えていなかった設定にまで考えをおよばせている。その考えは一体どこから来たのだろうな、公式が知らないといっていることを差もそうであるかのような解説をされても困るんだが……


 そんなことを考えていると動画が終了する時間になった。


『それじゃあ司書くん! まったね~!』


 ピロピロリリン


 動画が終了してすぐにアラームが鳴った。午前七時にセットしておいたものだ。俺は予約投稿勢がまとめて新着に載る〇分を回避するために僅かな休憩を入れる。そしてPCの時計が一分を指したところで投稿をクリックした。これでもう後戻りは出来ない。ここから連投でポイントを稼がなくてはならない。少ししては投稿を繰り返しているとあっという間に昼になった。この作品は今のところ俺の作品の中で最速ペースでポイントをゲットしている。このペースでいけばランキングもあり得ることだ。


 俺はキッチンにエナドリを飲みに行った。そこで良子と出会ったのだが……


「お兄ちゃん! おはようございます!」


「はい、おはよう。まだギリギリ朝だというのに元気だな」


「それはそうですよ! 推しの作者が新作の公開をしてくれたんですよ!」


 俺はその言葉に震えそうな手を押さえ込んで尋ねた。


「その推しの作者っていうのは……」


「もちろんブンタさんですよ! 続編が悪いとは言いませんがやはりファンとしては新作も期待しますからね!」


「そ、そうか。よかったな。なあ……ヨミ・アーカイブがいなかったらブンタの作品を好きになってたと思うか?」


「お兄ちゃん、愚問ですよ!」


 そう言って良子は続ける。


「私はあの人より古参のファンです」


 それだけ言ってスマホを何度も何度もスワイプしている。読むだけならヨミとレスバをする必要も無いしスマホで十分か。


 エナドリを一本飲み干し自分の部屋へ帰る。そして続きを微妙に時間をずらしながら投稿を続けていった。短期決戦をするつもりで投稿を続ける。そこで隅の方においていたブラウザをなんとなく更新してみた。ヨミ・アーカイブは俺の新作をレビューしていなかった。


 収益化も復活したなら当然か……


 そんなどこか少しだけの寂しさを覚えながら続きの話を投下していった。この先どうなるかはまったく不明だが、どこかにレビューしてほしいという気持ちがあることに驚いていた。


 ヨミは別作者のレビューをアップしていたのだが様子見だろうか、レビューの調子も柔らかなものになり、作者を切れさせるようなものではなくなっていた。


 投稿を続けながら、つぶやいたーでつぶやいていくと案外ヨミのことに言及する人が多かった。


「もうあのVTuberがレビューはしないんですか?」


 そういった意味の質問リプライが大量に届いていた。驚きを感じながらもそういったことはヨミに言ってくれと言う意味のつぶやきをして、俺は投稿からつぶやきを続けていった。


 そして一日を開けて深夜帯は人数が減るので避け、残りは明日に公開することにして寝た。


 翌日目が覚めると再び残弾の投稿を始めた。相変わらずのポイントの伸び方でありがたい事態が続いていた。こんな贅沢が許されるのだろうか? そこそこのポイントを稼いだところで垢バンされるのではないかと、何ら不正をしていないのに不安になってしまう。


 しかし心配とは裏腹につつがなく投稿は進んでいった。逆に驚きそうなくらいの順調さだった。


 ――一方、夜見子宅


「ふぁあああ……なんでしょう? なんかやけにスマホがうるさいですね」


 私はスマホを覗いて驚愕しました。大量のリプライがつぶやいたーに届いていたのです。その内容は『ブンタが新作をアップしているがレビューしないのか』という内容のものでした。


 私は別にブンタさん専用レビュアーというわけでもないのですが、それにしたって大量に届いています。どうしたものか考えながら、私はその新作を読んでから判断しようと数人から送られているアドレスにアクセスして読んでみました。


 このペースで投稿しているのならおそらく書き上げたものを投稿しているのでしょう。私はなんでもかんでもをブンタさんに頼るのはやめたのですが、完結作品は貴重なので一つくらいストックがあってもいいでしょう。


 幸い、別の作者の作品レビューを甘々でしてアップロードしてみましたが、権利者削除をされることはありませんでした。本人が気づいていないはずはないでしょう。その上で何も言ってこないのです。ならば安心するべきなのでしょうね。


 私はしばし時間をおいてリロードを作品ページで繰り返して最後まで読もうと決めました。


 ――話は文田のところへ戻る


 さて、平和極まりないリプ欄だな。感想欄への罵倒も少ない。ゼロではない、批判をゼロにすることなど絶対に不可能だ。だから批判とも付き合っていく必要がある、例え誰であれ批判されるのはもはやどうしようも無いのだ。諦めにも近い感情でポチポチ誹謗中傷を削除し、正当な非難は受け入れていた。


 みんなよく読んでくれている、本当にそう思う。人格攻撃などは論外であり、放っておくとして、批判している感想もよく読み込んでくれているというものばかりだった。


 そして夕方になり、いよいよ最後の一話を投稿した。心地よい疲労感が訪れてきた。それに負けること無く、一章の最終話を投稿したら、つぶやいたーに『一章完結しました!』と完結告知を出して置いた。


 これで俺のやることは終了だ。出来ることは天に祈るのみだった。


 完結告知を出すと嬉しいリプライがとんできていた『完結おめでとうございます』というものだ。心底読者に感謝しながら一通ずつ読んでいくと、その一つに見慣れた名前からのDMが来ていた。リプライではなくDMだ。リプライでは恥ずかしいのかあるいは……


 俺はその『ヨミ・アーカイブ』から届いたDMを開いた。


『新作を読ませていただきました、もし許されるならレビューさせていただけませんか?』


 その文面をしばらく眺めてから、俺はキーボードに手を置いて返事を書いていった。答えはもちろん決まっていた。『是非お願いします』とだけ書いて俺は送信ボタンを躊躇うことなく押したのだった。


――了――

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VTuberが俺の書いたWEB小説をレビューしてくるんだが、頼むからやめてくれませんか? スカイレイク @Clarkdale

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