第35話「新作の完成、収益化の行方」

 俺は部屋に僅かな光が入ってきたのに気がついて目を覚ました。時計のアラームはまだ鳴っていない。十分に早い時間だな。


 俺はPCを起動させてからキッチンへ行きエナドリを開け、一気飲みする。等分で脳がシャキッとする。


 缶を洗って干してから自室へ戻った。部屋着だが今日は出かける予定も無いので構わないだろう。


 フリーの校正支援ツールにエディタで開いた大量の文字をまとめてコピペする。解析するのにそこそこの時間がかかった。テキスト処理は時間がかかるということなのだろう。現在使っているゲーミングPCでも時間がかかるならもはやどうしようもない。じっくり待ちながら本文を見直そう。


 そしていくつかの話を見終わってから校正ツールを見る。語尾の過剰な使用などを教えてくれるのでありがたいツールだ。


 しかし今回は話が違う。何しろ単話で入れて解析していたものを一章全部まとめて放り込んだのだ。時間がかからないはずがないだろう。その結果は大量の指摘箇所を分析して出していた。


 プログラムだからこその細かい指摘や、人間であれば見逃すであろう誤字脱字なども指摘してくれる。わざと崩している場所にも指摘が入るのはお節介だが、使わせてもらっているのだからそれに文句を言っては罰が当たる。


 そして修正箇所を一カ所ずつ書き換えていく。十万字超とその長編を一カ所一カ所訂正していくのは非常に手間だ。それも読者に読んで貰うために必要な作業だろう。


 そしてキーボードをタイプしていったのだが、もう話が完結しているのにサイド一から修正していくという作業に疲労を感じていた。新規の話を作るよりよほどキツいのが見直し作業だろう。何しろ知らない話を作っていくワクワク感は全く無い。先の見えた話をツールが吐き出した訂正に合わせて直していくだけの作業だ。


 それを苦労しながら進めていくのはなんとも面倒なものだ。しかし完璧を目指さないにしても、雑にしたというのは読者には伝わってしまうものだ。大抵読む方が書く方より違和感を覚える回数は多いのではないかと思っている。


 それを繰り返す作業で昼が来た。さすがにこの作業を休憩無しで続けるのはキツい。仕方ないので中断してキッチンに向かった。


「あらお兄ちゃん、おはよ」


「おはよう良子。元気そうだな」


「そりゃそうですよ、ブンタさんの旧作を見つけられたんですからね!」


「そ、そうか……」


 自分が書いたとはとてもではないが言えない状況になってしまった。最近の作品だけならともかく旧作まで自分と結びつくのは絶対にマズい。それだけは避けなければならない。


 俺は必死に表情を取り繕って『よかったな』とだけ言って冷蔵庫を開けた。中には大したものは無かったが、幸い冷凍庫のところに冷凍ご飯が入っていたのでそれをレンジに放り込みタイマーをかけた。


「お兄ちゃん……朝ご飯作ってあげましょうか?」


「いや、ありがたい話だが俺は今日それほど暇がなくってな」


 嘘くさいという顔をしている良子。その視線に耐えきれず視線をそらす。


「別にお兄ちゃんにつくってあげたいわけではないですがね……お兄ちゃんの普段の食事を見ていると私よりずっと先に死にそうで不安になるようなものを食べてるじゃないですか……」


 一々確認してんのかよ……細かいやつだな。そういうのは黙っておくものだぞ。


「今朝はちゃんと米を食べるから大丈夫だよ」


「米なら大丈夫って言う謎基準はやめてもらえませんか? 私の栄養学の知識がバカになりそうな感覚で話さないでください」


 とっても馬鹿にされてしまった。


 ピー


 レンジが音を立てたのでご飯を取りだし茶碗に入れ梅干しとお茶漬けふりかけをかけてお湯をかけてできあがりだ。日本の誇るお茶漬けという気軽に食べられる料理だ。


「お兄ちゃん……お茶漬けを作って『料理した』みたいな顔をするのはやめてもらえます? ふりかけをかけてお湯を入れただけじゃないですか」


「いいじゃないか、刺身だって極論魚を切っただけだろうが」


 魚を切っただけで料理になる。和食って便利だなあ……


「お兄ちゃんの屁理屈ですよ。もうちょいまともな食生活をしてくださいよまったくもう」


 そう言って自分の食器を洗って部屋に戻っていった。俺は一人でお茶漬けを食べて一息ついた。修羅場状態だったとは思えないほどのんびりとした食事だ。


 ズズズと一気に食べ終わって食器をシンクで洗う。お手軽な食事が出来て助かった。白米だけだと味気ないところにお茶漬けのふりかけのおかげで美味しい食事をとれた。


 さて、本編の続きをやるかな……


 俺は十万字という大量のテキストに向かって書き換えていった。中には表現を置き換えたり、多用している文末にバリエーションを持たせたりと大量の修正をする。


 やってもやってもキリが無いのが推敲という作業であり、個人的には話が面白ければ不要では無いかと思うのだが、文法を気にする人は絶対に居る。もしその人が感想欄に書き込んでしまえば感想欄を見た人はその意見に僅かなリとも流されてしまう。それだけは避けたい。危険の元は出来るかぎり取り除いておくべきだ。リスクはいくら潰しても残るものだが少なくすることは出来る。それをやらざるを得ないほどヨミ・アーカイブの配信で細かく読む読者が増えた。それから徹底的に指摘されないような文章を書くことに苦労している。


 そしてその晩遅く、ようやく完了したところで深夜の読者の少なさから考えて投稿は明日にすることにしてベッドに沈み込んだ。


 ――夜見子宅


「よっっっっっっっしゃあああああああああああああああ!」


 おっと、思わずテンションが上がってしまいました。しかしそれも無理のないことでしょう。何しろ収益化が復活したのです。運営に感謝をするしかないですね。いえ、やっぱり間違いで剥がした運営は恨むべきでしょうか?


 なんにせよ私は収益化という金の卵を得たわけです。しかしそこで考えが浮かびました。


「誰のレビューをしよう……」


 リスナーの大半が毒舌レビューを求めていることは知っています。しかしそれをやってはまた権利者削除の可能性が生まれます。


 幸いブンタさんの未発掘作品はあるので明日の配信はそれで済ませてしまいましょう。残弾があるうちは使わせて貰いましょう。

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