第34話「新作の一章完、そしてヨミの旧作レビュー」

 俺は新作の佳境に入っていた。佳境と言っても一章目のもので、まだ続くように書いているのだがな。


 そうして集中して執筆しているところで割り込みが入った。高音域の多いヨミ・アーカイブの声だ、そうか、もうそんな時間か。


 見ると言っていた手前、ブラウザのタブをヨミの配信に合わせる。


『司書くんたち、元気かな? 私は収益化を剥がされたけど元気です』


『運営くんさあ……収益化を雑に奪って恥ずかしくないの』

『↑収益化を奪ったのはAIだから……』

『機械任せだからこういう被害が起きるんだよ、運営仕事しろ』


 リスナーたちの運営への文句から配信は始まった。俺の作品レビューでなければあるいは楽しめたのかもなと脳天気なことを考えてしまう。


『さあて! ブンタさんの過去作レビュー! 始めちゃいますよ!』


『黒歴史学者』

『スコップで火山を掘る女』

『暗い……あまりにも暗い深淵を覗き込むのか』


 クソが! 好き放題言いやがって! 俺だって傷つくんだよ! フリー素材化して傷ついていないとでも思ったのかよ! 俺だって考える力くらいあるんだよ、サンドバッグにしてお前らは楽しいだろうさ、レビューされる方の身にもなれってんだよ!


 そんな届かぬ愚痴を言っていてもしょうがない。『最近のテンプレはダメだ』と毎日のように言われている界隈に身を置いているのだから今さらテンプレだなどと言われたところでダメージはない。純粋に『文章力が低い』とかの方が傷つくほどだ。


 俺はできるだけMeTubeのウインドウをディスプレイの隅の方において、新作は画面上の大半を占めるようにした。これで必要以上に気にする必要は無いが、まったく見ないと不安になる配信が気にならなくなる。


 津辺からのスパチャが飛んでいるのが嫌でも目に入りながらも精一杯気にしないようにして新作を書き進めていく。なんとか第一章だけは完結させておきたいんだ。連休は読者も多い。ここで投稿出来れば大きなチャンスになる。


 新作の公開、浴びせられる声援。そんなものを夢に見ながら書き進める。なんの根拠も無い自信だが、そうでも思わないとやっていられないというのが正直なところだ。俺が評価の低い作者であることくらいは知っている。だからこそ少しでも名声を得たいという欲望があるのだ。俺が何を書いても書籍化出来るようなやつだったらこんなに思い悩んだりしなかっただろう。


『この作品は……まぁ……えぇ……』


『毒舌の擬人化でも断言出来ない作品』

『味が悪すぎて毒舌が麻痺した説』


 相変わらずクソみたいに言われている俺へのコメントと、ヨミ・アーカイブによる俺の作品に対する微妙な評価を聞かされ見せられひどい目にあっている。だからこそ俺はコイツらを黙らせられるようなものを書きたいんだ。好き放題している匿名の人間に負けてたまるか。俺は有象無象ではない、『なみふみ』という個人なんだ。それを思い知らせてやる。


 ドン


 良子の部屋から壁ドンが伝わってくる。俺が作者だとは知らないのだろうが、ブンタのために怒りを表してくれていると思うと壁ドンですらも有り難い声援に感じる。


 そしてヨミの声を聞いている暇がないくらいに早くタイピングをしていく。指がキーを叩く度に雑音が僅かに減っていくような気分だ。


『この作品は……』


 聞かない。余計なことは聞かない。ただただ書き続ける。ろくでもないことを言われて罵詈雑言が書き込まれているとしても一々気にしていられない。俺に出来ることはタダタイピングをすることだけだ。


 完璧に集中状態になって周囲の音がなしている意味を失っていく。ただ単にキーを叩く音だけが聞こえ、本文の文字が増えていく様子だけが見える。そんな状態が何分続いただろうか、ふと集中を切らすとヨミの言葉が聞き覚えのあるものになっていた。ブラウザを見てみると配信は終了しており、今までの配信ログを再生していたようだ。そっとブラウザを閉じて、今度こそ集中して本文の執筆に入る。キーボードを叩く指が快感を運んできてくれているようだ。


 淀みのない、リズムの一定なタイピングのカタカタという音の末に文章の生成量も増えていく。まるで時間がゆっくりと流れているような感覚を覚え、バックスペースを押すことも減っていく。そしてひたすらタイピングした末、ようやく一章が完結した。


「完成か……いや、これからだな……」


 そうまとめて一つの作品を書いてから見直すという『推敲』という作業が残っている。見直しなどしばらくやっていなかったため大量の推敲が必要になる。それは悪夢のようなものだったが、作品を書いている途中の推敲と違い、書き上がってからの推敲はもう完結しているという自信と安心感から穏やかな気持ちで行える。


 最後の仕上げである推敲を進めることになった俺は、明日の自分に任せることにして明日の朝早くにアラームをセットしてベッドに飛び込んだ。


 ――夜見子宅


「つ……ついにやっちゃった……」


 私はついに収益化の再申請を行いました。ここ最近は言葉を抑えていましたし――そのせいで登録者が少し減りましたが――権利者削除もされていません。だかきっと通るはずなのですが、気まぐれなAIに任せた運営が人の手できちんと審査をしてくれるのでしょうか?


 審査……とても不安な言葉です。審査ということは必然落ちるものも居ると言うことです。全員を通してくれる審査などありません。諦めて運営様の手の上でもてあそばれるしか手段はないのです。ブンタさんには感謝してもしきれませんね。あの人がいなければレビュー動画の全非公開さえもあり得ました。それがなかっただけでも幸いでしょう。


 あろうことかブンタさんがレビューを黙認してくれるのをいいことに大量にレビューしてしまいましたが恨みを買ったでしょうか? いえ、これはきっと必要なことだったのです。ブンタさんも黙認してくださるような方なのですから文句をつけたりしないでしょう。


 私は希望的憶測をしながら配信ソフトの停止ボタンを押して配信を終了し泥のようにイスに座ったまま眠ってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る