第33話「決戦の連休」

 放課後を告げるチャイムの音が鳴る。それは普段以上に浮ついて聞こえた。なぜならこれから四連休が始まるからだ。おかげで存分に休めるな!


「並、四連休の予定って入れてるのか?」


 そう津辺が尋ねてきた時には遊びの誘いかと思ったのだがまったく違った。


「ヨミちゃんが連休中に配信するらしいから、同接を稼ぐためにお前も閲覧しておいてくれないか? PCからならウインドウ開いておくだけだろ?」


 コイツは……そこまでヨミに入れ込んでいるのか……結構なファンだと思うよまったく。とはいえ同接は気になるらしいしどうせ見る予定だったので津辺には『ああ、流しておくよ』とだけ言っておいた。隣の席で夜見子がブツブツ言っていたのは気になったが気にしてもしょうがない類いのことなのだろう。俺にだって限界はある、誰も彼ものために動くことなど不可能だ。


 そうして連休をエンジョイするために俺は楽しそうに帰宅した。ヨミだってあそこまで人の黒歴史を掘り返したのだからそれ以上のものは出てこないだろう。アイツは正気とは思えないほど配信頻度が高いが喉を潰さないところにプロ根性を感じさせる。


「お兄ちゃん! お帰り!」


「なんだ良子、もう帰ってたのか」


 珍しいな、友達と一緒に遊ぶのが常だと思っていたのだが、コイツもこういう陰キャムーブをするんだな。


「はい! 実は今日もヨミ・アーカイブが配信をするそうなので見るために帰ってきました!」


「ご苦労さん、それにしてはなんだか嬉しそうだな? ヨミの配信で琴線に触れることでもあったか?」


 俺がそう訊くと嬉しそうな顔をして良子は語り出した。


「実はですね、ブンタさんの作品を過去作までおっていなかったことに気づかされたのですよ! 貴重な発見をヨミさんは私にくれました。なので今日も配信を穏やかな心で見ようかなと思っているんです!」


「そ……そうですか」


 出来れば俺の黒歴史なので掘り起こしてほしくないのだがな。そっとしておいてほしい秘密なんて誰にだってあるだろ?


 とはいえまさか俺が作者ですと言えば黒歴史本人のことがバレてしまうのでそれは避けたい。今のヨミなら毒舌は控えているから問題無いだろうが、危険の種は撒きたくないしな。


「というわけで、もう夕食にしてお兄ちゃんみたいにさっさとシャワーを浴びて待機していようと思うので一緒に晩ご飯食べます? 二人分作るのも変わらないからつくってあげますよ?」


「じゃあ頼むよ、たまには二人で食べるのもいいな」


「そうですね」


 それだけ話してから良子は肉とカット野菜を開け、炒め始めた。何が出来るのかは気にすることなくスマホでこの前の黒歴史配信の評判をエゴサしていた。


 作者の意外な一面が見えて楽しかったという喜んでいいのか見られたくなかった一面を見られたので悲しむべきなのか悩む内容が投稿されていた。


 そんなエゴサをしていると強烈なニンニク臭が漂ってきた。


「はい、お兄ちゃん、野菜ニンニクマシラーメンです」


 目の前には太麺をこってりスープにいれ、軽く炒めた野菜をどっさりと載せた物が出来ていた。


 俺は少しずつ食べながら、同じものを食べている良子に訊いてみた。


「こういうラーメン好きなのか?」


「はい! 私のズロー愛を語らせたらきりがありませんよ!」


 笑顔で答える良子。どうやら案外たくましい妹に育ってくれていたらしい。兄としては妹がニンニク臭いのはどうなのだろうと思ったが、まあ家に居るからこそできる料理だなと思って気にしないことにした。


「意外だな」


「いけませんか?」


「いや、おかげで美味いラーメンが食えるよ」


 良子はにこやかな笑顔で俺に微笑みかけた。


「さて、じゃあ俺は歯を磨いているからシャワーすませてくれ」


「はーい、私が出るまでに磨き終わっておいてくださいよ?」


 急げという事か。しかしシャワーより時間のかかる歯磨きってそうそうないと思うぞ。


 俺がシンクで歯を磨いているとバタバタと風呂場には知っていく音と共に急いでヨミの配信が見たいのだなあと俺はなんとも複雑な感情になった。今日のヨミの配信は俺の過去ログを求めて初期作品を漁っていくらしい。是非にでもやめていただきたい企画である。


 俺が口をゆすいだところで良子から声がかかった。


「お兄ちゃん! 歯磨き代わってください」


「早いな……今終わったところだよ」


「じゃあお兄ちゃん、お風呂空いたのでシャワー浴びていいですよ」


「はいよ、じゃあ俺は早いところ出るとするよ」


 俺はシャワーをざっと浴びて頭と身体を洗って出てきたのだが、その時点でもうすでに良子は歯を磨き終えたのだろう、キッチンのシンクには誰も立っていなかった。


 部屋に戻りPCを起動する。津辺曰く、待機人数も増やしたいので配信ページを開きっぱなしにしておいてくれと言うことだ。とことんVが好きなやつだなと思った。


 ページを開いて連休中に仕上げようと思っていた新作に手をつける。幸い続編はストックが少しあるので連休中くらいは持つ。それまでに新作を一つアップロードするのが目標だ。


 俺は息がニンニク臭いのに気がついてミントタブレットを一つ机から取り出しかみ砕いた。息は腹から出ているので口の中をなんとかしても解決しないのだが気分の問題だ。ついでに言えばメントールの効果で目が覚めるので集中出来る。


「ここ、伏線がないと唐突だな……」


 俺は一カ所で詰まっていた。伏線がないとご都合主義になってしまうほどのポカをやらかした。ここを根本から修正すると半分くらいから矛盾の塊になってしまう。どこかに使えそうな設定が残っていないだろうか?


 自分で書いたものを読み返すのは大変ではあるが、なんとか辻褄を合わせる必要もある。仕方ない、読み返すか……


 じっくり読み直して気がついた。うん、伏線だらけで使えるものは数え切れないほどあるな。


 これで一応、伏線の問題は解決したのだが、回収しきれない伏線が大量に出てしまった。どうしたものだろうか……


 そうしてしばし考えた末、俺は一つの結論に至った。


「完結を一区切りにして続きで回収しよう」


 安直な解決法だった。それでいいのかと言われそうだが、WEB小説にページ制限は無い。テキストデータなどストレージの中からすれば僅かなものだ。昔のテレビゲーム一作品だってテキストで同じサイズのファイルを作るのは骨が折れるほどだ。だから投稿サイトさんと完結すると思っている読者さんには申し訳ないが引き延ばしに付き合って貰おう。


 そう決めると少し心が楽になった。そしてそろそろヨミ・アーカイブの配信開始時刻となりつつあった。

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