第32話「ヨミの生配信でひどい目にあう」
何やら色々事情がありそうな連中が多いものの、無事帰宅してPCを起動した。ブラウザを起動してヨミのチャンネルを開いてみた。まあやはりというかなんというか、当然の如く俺の作品レビューの配信枠が取られていた。
アイツはこの時期に過激な路線には出ないと思うが、もう少しレビューを許されているものを探せばいいのにと思う。
枠で待機中の人から『まーたこの作者かよ』と言われているが、言われてもしょうがないと思う。俺は別にいいのだけれどさ、もう少し他の素材を探した方がいいと思うぞ。
「さて、食事にするか」
生配信を見るために万全の状態で見られるようにさっさと夕食のカロリーブロックを食べてシャワーを浴びPCの前に座る。始まるのは午後七時、余裕はあるが、いつだって急な割り込みは入るものだ。余裕を持って行動したいと思っている。
ちなみに食事がアレで済むことには異論は認めない。人間死なない程度に食べていれば良いのである。人間というのは生きていればどうにかなる。逆に言えば死ななければいいのだ、食事などに思い悩んでアレを作ろうコレを作ろうなどと気を揉む方が良くない。
大体人間らしい生活をするようなやつが小説なんぞ書いてたまるか。現実から逃げるための小説を読むというのに……WEB小説なんてその急先鋒だろう。ストレスフリー、読みやすい、現実の厳しさを伝えたいからと社会不適合者が異世界に行っても社会不適合者だったなんて話を読まれるだろうか? 俺は伸びないと思う。世間がストレスフリーを望んでいるのだから快適な小説を書けばいい。
とはいえ……ヨミ・アーカイブのようなレビュワーからの評価はすこぶる悪い。ポイントが入るからそんな有象無象に気をかける必要はないのだがな。
MeTubeとつぶやいたーを二つのウインドウに並べ、隣でエディタを起動する。執筆するならそんなものは気が散るだけなのだがエゴサをやめることは難しい。つぶやいたーの有料会員になってまで結構な利用をしている。
「ヨミ・アーカイブの配信あんま伸びてないな」
話し方がおとなしめになって、過激レビューから穏健派になってからというものヨミはチャンネル登録者を減らし、現在は信者と観察者が残ってあまり一般の人は見ていないのではないかともっぱらの噂だ。
「お兄ちゃん、晩ご飯食べないんですか?」
おっと、我が妹からご飯を食べていないと思われてしまったか。
「もう食べたから気にしなくていいぞ」
「まーた人間らしくない食生活やってるんですか? 程々にしておいてくださいね」
そう言ってキッチンの方に向かっていく足音を聞いた。良子のやつは食事にこだわりがあるようなので自炊も出来る有能だ。兄としては誇らしい妹だな。
俺はそういったものは一切無いので気楽なものだ。大体人間らしい食生活なんて送っても病気になる時はなるんだよ、美味しいとかそう言う感情はジャンクフードでも十分得られるというのにこだわる理由はあまり無い。
夕食も済んだのであとはヨミの配信を見るだけだ。我ながら物好きだと思う。配信を見るために必死に準備するなんてもはやファンではなかろうか? 最近穏健路線になったので俺の中に渦巻いていたヨミ・アーカイブへのヘイトは目減りしつつあった。
いいことなのだろう、きっといいことなのだと思う。とはいえ、ヨミにアンチがそれなりについたことに責任の一端があると思うと素直に喜べなかった。俺が悪いわけではないが、俺の作品のせいで誰かが叩かれるのは気分のいいものではない。
ドクン・ドクン・ピッ・ピッ
配信の準備画面が始まった。良子がキッチンから帰ってきた様子も無いのでおそらくキッチンでレスバをするつもりだろう。俺が程々にしておけよなどと言えた立場ではないのは明らかなのでそれをどうこう言う資格は無いのだ。
タイマーが十秒を切った。ようやく配信が始まるようだ。タイトルから俺の作品レビューであることは分かる。出来れば優しめの評価をお願いしたいところだな。
画面がアイリスインして配信が始まる。正直完璧などという評価が出るとは思っていないがそれなりの評価はほしいところだ。
『司書くんたち! 元気かな? ヨミだよー!』
『天使』
『来た! これで勝つる』
『最近天使路線が過ぎるよ、昔のヨミちゃんを返して……』
『その結果が動画非公開だろうが。迷惑かけんな↑』
『今の優しい路線すこ』
『ヨミちゃんの半分は優しさで出来ています』
『↑残り半分は何で出来てるんですかね?』
『そらもう毒舌よ』
言いたい放題のリスナーがそれなりに集まってくる。きちんと同接を稼いでいるあたり、ヨミ・アーカイブというVTuberのポテンシャルを感じさせる。
『じゃあ今日はブンタさんの昔の作品を読んでみようと思います!』
「ふざけんなゴルアアアアアアアアアアアアアア! 何人の黒歴史掘り起こしとんじゃいワレ!」
思わず汚い言葉が出てしまった。俺は過去作を消していないが出来れば触れないでほしい作品などもある。感情にまかせて書いた文などがそれだ。
思わず指をキーボードにかけようとしてストップする。ヨミだって作者が視聴しているとなれば何か考えることがあるかもしれない。煽られたら立ち直れない自信があるのでレスバはしない。そもそもアウェーでレスバをするなど負けにいくようなものだしな。
『さて、どの作品にしようかなあ……あ、R15みっけ、あーでもこれR15は保険って書いてあるなあ……保留で』
『読んでください!』
『保険でR15は甘え』
『マジで保険にR15入れてる人多いな』
『健全な内容でも広告主はブチ切れるからな。広告がレギュレーション違反したような画像流してくるがな』
『あの広告マジで誰が買うん? 不快にしかならんやろ』
『↑覚えられたら勝ちなんやで』
とりあえず俺が始めの頃に書いたちょっぴり刺激的な小説を公開される恐れはないようだ。人の歴史を掘り返すのはあまり良いこととは言えないと思うぞ。
『これ面白そう! タグに一世代前のテンプレが揃ってる!』
『テンプレって面白いか?』
『あえて今旧世代のテンプレを発掘するV』
『ブンタの作品フリー素材説』
『↑本人めっちゃ後悔してそう』
はい、しています。ものすごく後悔しています。とんでもないものを持って来やがって……アレはテンプレなら書けるかもと人気要素の闇鍋にしてえ立ったやつではないか、普通配信って読むもの決めて始めないの? ぶっつけ本番って正気?
『はい、では『転生しても追放され俺だが神スキルを貰って無双してハーレムを築いて女奴隷を囲ってスローライフするおっさんになります』を読んでいきますね!』
ヨミは無慈悲にもそう宣言した。あんな黒歴史をホイホイ読まれると思わないじゃん? 残しておいたのが間違いだったのか? でも運営が『特別な事情がなければ削除はやめてね』と言っているしなあ。
『おっさん描写が薄いですね、漫画で読んだ社畜のテンプレを使っているのでしょうか?』
「ふいいいいいいいいい!!」
俺は鋭い指摘にもんどり打って倒れそうになる。正論パンチはやめてください死んでしまいます。
『なんというか……ブンタさんにもこういう頃があったんですねえ……コメントは控えておきましょうか』
『ヨミちゃんレビューを諦める』
『褒められるところ少ないからしゃーない』
『作者が未だにこれを公開設定にしている度胸は認める』
『ヨミちゃんもなかなかメンタル強いが作者の方もフリー素材になるだけのことはあるな』
ボロクソに言われて俺はそっと配信を閉じ布団を頭まで被って寝た。アレがクラスメイトに知られたら生きていけないと思う。
――夜見子宅
「あーもう! なんで! 私が収益化剥奪されたのよ!」
思い出しただけでもムカつく収益化剥奪の宣言、今思いだしてもディスプレイをぶん殴りたくなる。リスナーも集まってきてこれからだという時に権利者削除だ、こんな事が許されていいのでしょうか。もちろん引用の範囲を超えたかなという気はするのですが初手が権利者削除ってなんですかまったく!
私はガワを被って配信していたのが切れた瞬間に怒りを発散させるべく枕を壁に投げつけました。全ては虚しいものです。
しかしまあ失っただけではありません。今日は私のアンチのグッドマンと名乗る方が『こんな作品もあったんですね、読んでみます!』と言ってくれました。作者の方がどう思うかは知りませんが、一応高評価をしてくださった方も居るには居るのですよね。
実は、収益化の申請自体はもう既に可能になっています。ただしここで失敗した場合再申請まで期間を空ける規約になっています。つまりここでミスったら修正がしばらく聞かないと言うことなのです。
最近は不要に攻撃的なレビューもしていませんし、問題無いとは思うのですが……大丈夫なのでしょうか?
私はその日も結局再申請を送ることなく寝ることにしました。その日の夜は収益化が復活した夢を見ました。おかげで翌日は絶望的な気分で目を覚ましました。
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