第31話「ヨミ・アーカイブ、の復活?」

 学校に着くなり当然のようにイヤホンをつけた津辺が俺に訊いてきた。


「なあ並、来襲に何の日があるか知っているか?」


「何かあったか? 祝日は無いし……学校のイベントも無いだろ」


「並は甘いなあ、ヨミ・アーカイブのチャンネルの収益化が再審査される頃なんだよ」


 知らねーよ、そんなクッソどうでもいい情報を俺が知っているわけないだろうが。ところが津辺は至極真剣な顔をして言う。


「ここで通らなかったらまたしばらく動画公開の頻度が落ちるからな。今なんてほとんどの動画を非公開にしてるだろ?」


「ああ、過激なレビューは大体隠しているみたいだな」


 おとなしくて結構なことだと思うのだが、津辺からすればそういう問題では無いらしい。俺は自分のことで精一杯なので一々ヨミの動向をうかがったりしてないんだよ。


「権利者削除が認められたら大量にあったレビュー動画のほとんどが非公開どころか削除まであり得るんだぞ? もう少し真剣になれよ」


「いや、俺はヨミのファンじゃないしな」


 むしろライバルというか天敵というか、あまりなかの良い関係ではないだろう。


 ガタタッ


 びっくりした。音の方を見ると俺の席の隣で夜見子が机を蹴ってばつの悪い顔をしていた。寝ている時にビクッとなるあの名前の忘れられた現象にでもあったのだろうか?


「でさあ、ヨミちゃんの収益化復活の請願を並にもつぶやいたーの公式アカウントに送ってほしいわけだよ」


「俺がそんなことしなくてもアイツは手駒を大量に抱えているだろ」


 アイツの信者は多い、呼びかければ大量の物量で運営の考えに影響を与えることも出来るかもしれないだろう。ちなみに俺は小説の広報アカウントしか持っていないのでヨミ・アーカイブの用語なんて出来るはずも無い。


「第三者っぽい人が言うから説得力があるんじゃないか」


「多分運営もAI任せの管理だし嘆願なんて無視されるのがいいところだと思うぞ」


 まあヨミの場合は攻撃的なコンテンツなのでそこを突かれた可能性もあるがな。


「運営は無能だよなあ、もっと人間にやらせるべきなんだよ。広告の審査を機械任せにするなんて人の力を信じてない証拠だろ」


「一日に全従業員が二十四時間見てもとても追いつけない動画の量がアップロードされるんだからそりゃ機械に自動化させるだろ。むしろ人力で出来るほどコンテンツが少なかったらヤバいぞ」


「特効薬はないか」


「所謂ところの銀の弾丸なんてものは存在しないんだよ、地道に泥臭い作業が今のネットを成り立たせてるんだからしょうがないだろ」


 そこで予鈴が鳴ったので俺は津辺の席を離れて自分の席に戻った。まあ誰にでもいろいろな事情があるものだ。俺はそれに関われるほど偉い人間ではないのだよ。


 ツンツン


 隣の席から腕をつつかれたのでそちらを見ると夜見子が青白い顔をしていた。


「ねえ、津辺のやつと何を話してたの?」


 なんだ? そんなことが気になるのだろうか?


「VTuberの収益化審査があるなって話だよ。まあ俺には関係の無い話だったな」


「そう……」


 心配そうに津辺の方を見る夜見子。恋だとでも言うのだろうか? いや、さすがにそれは無いな。恋をすると頬を染めると言うが、コイツは頬を青白く染めていた、そんな血色の悪い色にするやつはいないだろう。


 さて、ヨミ・アーカイブの収益化はどうなることやら。といっても収益が復活しても今までと同路線で行くことはないだろう。俺の作品を扱うようにそれとなく褒めていくスタイルになるのではないだろうかと踏んでいる。それが誰にでも求められているヨミとしてのスタイルかどうかはまた別の話ではあるだろうがな。


 そんなことを考えていると教師が入ってきたので考えを打ち切っていつもの授業を受ける体制に戻った。


 退屈な授業を受けながら、なんとなくヨミ・アーカイブが収益化審査に通ったら俺の作品をどう評価するのだろうかと、ふと考えた。考えるまでもなく無茶苦茶な罵倒をされそうな気がするが、この謹慎期間で発言が丸くなりつつあるし案外緩い評価かもな。


 そんな希望的憶測をしているうちに昼休みになった。俺は節約のためにゼリードリンクを鞄から取り出して開け、それを加えてギュッと握った。中身のゼリーで食欲を満たして水分も摂取出来ると一石二鳥な食事だ。まあミネラルウォーターは別で持っているのだが。


「並、貧乏くさい食事だな」


「うっさいよ、こっちも金が無いんだからしょうがないだろう」


 そう、全ては貧乏が悪いのだ。ポストが赤いのも貧乏が悪い、俺は何一つまったくもって悪くない。


「ほら、菓子パンでよければやるよ」


 津辺がそう言ってあんパンを一つ差し出してきた。俺は受け取る前に一つ訊いておく。


「別にヨミの為に何かしろってわけじゃないんだな?」


 コイツが無償の施しをするだろうか? その疑問はどうしても生まれてしまう。意地が悪いと思われるだろうが、無償の施しの裏には何かあることが多いものだ。


「人聞きが悪いな、ヨミ・アーカイブの公式チャンネルに登録するだけの簡単な作業だよ」


 やはり裏があった。しかしそれは意義の無いことだ。


「俺は一応登録しているんだが、知らなかったか?」


「あ、そうなの? てっきりエアプ民かと思っててな。ヨミちゃんの配信はよく燃えているからエアプで語るやつが多いんだわ。んじゃほら、ヨミちゃんに感謝して食べろよ」


 それだけ言って自分の席に帰っていった。ヨミ・アーカイブエアプ民というなんとも奇妙な存在がいることを知った。そして自分ではなくヨミに感謝しろという津辺はどこまで言っても露悪的なだけで悪人には慣れないのだなと思った。


 なんにせよ実質タダで手に入ったあんパンを美味しくいただく。隣の席から視線が飛んでくるのだが夜見子もあんパンが欲しかったのだろうか? 残念だがこれは俺のものだ、譲る気は無い。


「ねえ文田、あんたってヨミ・アーカイブのチャンネル見てるの?」


 そんななんでもない問いかけに対して『ああ、見てる』とだけ答えたのだが、夜見子は『ふぅん』とだけ言って何故か顔を赤くしていた。そもそもコイツもVTuberに詳しいのだろうか? 意外な一面だな。


 そうして昼休みも終わり、血糖値が上がったおかげで集中して授業を受けられた。有り難いことだ。


 そこでふと、ヨミ・アーカイブのチャンネル登録を解除して再び津辺に迫ったらもう一食浮くのではないかという永久システムを思いついたが、友情に楔が入るのは必須なので考えるだけにしておいた。


 放課後、帰りになんだか夜見子に見られていたような気がするのだが、アイツにとって俺など関係のない相手だろうし気のせいだろう。そうして俺は家路についた。

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