第24話「放課後、そして公開」

 午後の授業はあっという間に過ぎ去り、うららかな日差しの中を帰宅していた。津辺のやつはさすがに一限からずっとスマホを隠し続けるのは無理で、教師に没収されていたので今はそれを取りにいっている。俺はむしろよく最後近くまで隠せたなと妙に感心したものだった。


 気絶同然の状態だった夜見子も午前中にまえを向いて目を開けたまま寝息をたてていたので器用なものだと思っていたら、昼休みに爆睡をして午後の授業は真面目に受けていた。


 俺はと言えば今晩どんな動画が公開されるのだろうと気が気でなかった。しかし授業を受けずにテストで高得点を取るほど器用な人間でもないので、嫌々授業を受けておいた。津辺のやつはろくに聞いていない様子なのにそこそこの順位を取るのが不思議なのだが、俺には到底分からない勉強法を持っているのだろう。


 夜見子は授業を真面目に聞いている方なので今日は珍しいことだったが、聞いていなかった分は復習するだろうし真面目なので心配ない。


 となると一番問題なのは俺ではないかという疑惑が出てくる。実際津辺も夜見子も成績優秀者である。俺と付き合いがあるのが不思議なくらいだ。


 そうして帰宅途中に良子に出会った。同じ家に帰るのだから出会うこと自体はおかしくないのだが、時間までピッタリ合うことは珍しかった。


「お兄ちゃん! ちょっと私の手を握ってくれますか?」


「いいけどどうかしたのか?」


 良子の差し出した手を握るとだらしない笑顔になる妹を見て俺は尋ねた。


「いえ、今日は決戦の日になるかもしれないのでお兄ちゃんに勇気をわけてもらおうかなと」


「俺が与えられるものに勇気はないよ、勇気なんてのは選ばれた正義の味方だけが持っていればいいんだよ」


 決戦なんて穏やかではないが、結局人間出来ることしか出来ないのだ。出来る範囲で頑張るのは結構だが超人的なことまで出来なかったからといって落ち込む必要は無い。そう思っている。


「誰かと喧嘩でもしたのか?」


「いえ、今晩のレスバに備えてですよ」


 思った以上に無益な争いだった。そんなことに精を出すなら受験勉強でもした方がよほど役に立つのではないかと思うのだが、最近壁ドンが多くて気が立っているようなので必要以上に苛立たせるような真似はやめておいた。


 俺から手を離して深呼吸する良子。よほど今夜のレスバに乗り気らしいな。兄としては妹が傷つくのを見たくはないので無傷で勝利するのを祈るばかりだ。


「じゃあお兄ちゃん、一緒に帰りましょう!」


「そうだな」


 俺たちは二人で並んで家路を歩いた。良子を刺激しないようにレスバなんてどうしてやることになったのか訊いてみた。


「なあ、レスバって誰と戦うんだ?」


「ノーブルっていうコテハンが私に喧嘩を売ってきたんですよね」


 ん? なんだか聞き覚えのある名前だな……


「まあ私が安い煽りに乗るほど意志が弱いわけではないんですがね、ヨミとかいう配信者が私のお気に入りの作者を攻撃するそうなので実質二対一なんですよ、そこでお兄ちゃんが側に居れば心強いなと思いまして。あれ? お兄ちゃん? 顔が青い……というか人間では出せないような色をしていますよ? ゲーミングお兄ちゃんみたいですね……」


 どうやら俺はよほどみっともない顔色をしていたらしい。しかし妹が俺とは知らないといえ俺のために戦うと宣言したので俺は非常に複雑な気分になった。今日は更新しない方が良いのではないだろうか? そんなことさえ思ってしまう。というかゲーミングな顔色ってどんな色だよ……人間の皮膚はRGBで発光したりしないぞ……


「ま、まあレスバをするのは自由だが夜更かしと寝不足には気をつけろよ? あんまり無茶をするなよ? 最低限発信者情報の開示をされないラインで戦えよ?」


「もちろんですよ! 私はネット上でも品行方正で通ってるんですよ? 敵対する人は表立って消したりしませんよ。私はいつだって慎重に戦うのです」


 えぇ……戦うこと自体が良くないと思うのだがな。物好きにも程があるだろう。しかし妹が俺の書いた文を読んでいると思うと気恥ずかしいな。しかも信者同然であってそのためにレスバまですると来ている、とんだバーサーカーだな。


「お前に戦わないという選択肢は無いのか……戦闘は何も産まないぞ」


「買ったら私が満足しますよ」


「自己満足のためにそこまで必死にならなくてもいいだろうに……」


 どこまで戦いが好きなんだ、戦ったって自己満足しかないだろうに。しかもその理由が俺の作品ときている、作者はそんなこと望んでないぞ、言えないけどな。


「戦いは何も生まない……虚しいものだぞ」


「私が気に食わないんですよ、勝利すれば私が快感を覚えます、それ以上の何が必要でしょうね?」


 どうやら良子は確固たる信念を持って津辺とレスバをするらしい。覚悟を決めた人は子供だって十分強い、その決意を翻させるのは簡単ではない。


 もうなるようになーれ!


 俺はヤケクソになってレビューがされるままに任せることにした。考えるのは面倒くさい。どうせなるようにしかならないんだ、好きにすればいいじゃないか、俺は一切責任を取らないがな!


 そうして妹を放置して帰宅してさっさと部屋に入ってPCを起動させる。ブラウザを起動してヨミ・アーカイブの配信ページでプレミア公開の動画を開いてカウントダウンを待つことにした。


 夕食は珍しく家族で取ったのだが、俺も良子も気もそぞろであり、まともな会話は望むべくもなかった。あるいは良子は何故俺まで気を揉んでいるのか気にしていたのかもしれないが、とにかくこの日の夕食は味を感じられなかった。


 そしてシャワーを浴びてからPCのまえに座る。スマホはマッハでバッテリーが尽きるからレスバは無理だ。おそらく良子もPCでレスバをしているのだろう。津辺のやつが相手だがアイツは何を使ってレスバに参加しているのかさっぱり分からないな。手数を持っているというか、PCだけではない装備を持っているような気がする。


 俺としては出来れば良子にレスバで勝利してほしいと思う。身内贔屓と言われそうだが、アンチの信者どちらを優先するかといえば決まっているだろう。


 さて、始まったな……


 プレミア公開のカウントダウンが始まる。いよいよヨミ・アーカイブの新生配信が始まるわけだ。厄介系から無害系になるようだがどうなることやら……しかも対象は俺の作品でそのレビューをするというなんといっていいか分からないお話が始まった。


『司書くんのみんなー! 心配をかけたね! 私は今日から生まれ変わるよ! これからも応援してねー!』


 そんな言葉からヨミの配信は始まった。さて、俺はまだ新作を書き上げていないので今回も既存の作品の外伝のレビューになる。一応レビューされるのではないかと予測して全力を傾けて作ったつもりだ。頼むから好意的なレビューをしてほしい。本人が酷評をやめると行っているのだからさすがにボロクソに貶すようなことはないと思っているのだがどうだろうな。


『じゃあ今日もブンタさんの新作レビュー始めるよー!』


 そこから俺の作品のレビューが始まった。言い淀んだり、口ごもったりする度にコメントでヤジが飛んできた。ブロックすればいいものを、ヨミはそれにめげずにレビューを続けていく。


 正直ただヨミを罵りたいだけだろうというコメントも飛んできていた。それに耐えながら、コメント欄で『暴言は謹んでね』と説得を続けるヨミは非常に気の毒に思えた。収録済みのものを放送しているのだから修正など出来ないというのに心ないコメントは平気で飛んでくる。


 アンチをしていると公言したグッドマンこと良子は自分が書き込むまでもなく攻撃の手がおよんでいるせいか、わざわざアンチコメントを書き込むことはなかった、そう、津辺のアカウントであるノーブルが現れるまでは……


『ここでヨミちゃんを叩いているのは頭が悪い連中だな』


 いきなりジャブのように罵倒を飛ばすノーブル。津辺もかなり腹に据えかねているらしい。


 そこにグッドマンが現れたのだが、良子の思想からしてヨミを叩きに走るかと思ったのだがその反応は意外なものだった。


『そうですよ、せっかくヨミさんが公正なレビューをしているのに邪魔をしないでください』


 そういえば良子は俺の作品の信者だったな。ヨミがそれを褒めているということは、今に限ってはヨミ・アーカイブは良子と同意見と言うことになる。だから良子と津辺はタッグを組んでアンチ叩きに走ることになった。


 俺はチャットとして流れるコメントを見ながら続編を更に進めていた、新作はそうそう進んでいなかったものの、続編は割と簡単に作れた。そのままチャット欄を眺めていると、津辺と良子のコンビが圧倒的レスバ力で次々とアンチを論破していった。もはやヨミ・アーカイブのチャンネルではなく津辺と良子が一緒になってアンチを論破していく議論場になっていた。ノーブルがド直球の矛盾を突き、グッドマンが嫌みったらしく罵倒をしていく、その場は二人の独壇場だった。


 そして気づけば一話書き上がっており、ヨミのプレミア公開も終わるところだった。無事終わりの挨拶を聞いて終了する。心地よい疲労と共に椅子にもたれる。頭の中で本日書いた物語が文字としてグルグル回っていた。そしてその日はエアコンが入っているとは言えよほど疲れたのか俺としては珍しく、椅子のロッキング機能に任せて意識を落としていた。

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