第25話「続編の先へ」

 俺は朝に一つ投稿をして休日の朝が始まった。昨日のレスバを見守ったせいで体力が限界を迎え、イスに座ったまま意識が落ちていた。乱暴な寝方をしたせいで身体の節々が痛い。椅子は座るものであって寝るものではない、強くそう思った。


 昨日書いた短編をぼうっとした意識の中でアップロードして目を覚ます。


 痛む体を起こしてキッチンに向かう。今日は珍しく父さんと母さんがいた。


「おはよ」


「休みだからって遅いぞ、文田も兄なんだから良子を見習いなさい」


「そうよ、良子は朝早くから起きてきたんだからね」


 時計を見ると午前十時だった。休日に起きる時間として遅すぎるとは思わないが、昨日延々レスバを続けていたのに平然と起きている良子の方が異端なのではないかと思う。


 もっとも、俺はレスバを見届けたあとしばらく新作に手をつけて、既存のものの続編まで書いていたので寝たのは良子の方が早かったのだろう。新作の方も少しずつではあるが進みつつあった。順調なのはいいことだな!


 朝食にマーマイトを塗ったパンと紅茶というブリティッシュな朝食を食べて部屋に戻った、やはり英国人の味覚は理解出来ないなと思う。そして塩っぱい味を口に残しながら続きを書く作業に戻る。


 カタカタとこぎみよくキーボードから音が鳴る。スピーカーからは最近流行のソシャゲの曲を流れている。心地よい土曜日の始まりだ。ふと思い立ってヨミのチャンネルをブラウザで開いて適当な動画をクリックする。広告無しで動画の本編が始まった。やはり収益化の制限か無効化は続いているようだ。


 とりあえず収益化に制限がかかっている間はヨミも過激路線に戻ることはないだろう。おかげで安心して好きなように書けるというものだ。ヨミのことだから収益化が戻ったら酷評レビュー路線に戻りかねない。裏を返せば収益化が上手くいっていなければ穏健路線を変えることはないだろうという予想が出来る。


 MeTube運営のおかげで評価を気にせず自由に書けるというのは少し皮肉な話なのかもしれない、もとはと言えばそいつらのせいで迷走をしていたわけだからな。


 書きながら詰まるとサルミアッキを口に含んで気分転換をする。俺だから食べられているが北欧人の味覚が心配になるような味が異国気分を味あわせてくれる、外国に行ったことはないけどな!


 ここ……どうやっても矛盾するんだよなあ……書き換えるのは手間だしなあ……


 俺は矛盾に気づいてしまい、少し考えた末にデウス・エクス・マキナご都合主義を使うことにした。ヒロインの愛の力で奇跡が起きて全て解決するという強引な手法には批判もあるだろうが、MeTubeで公然と批判するやつもいないだろう。大体の配信者は収益化に問題が出るのを嫌って、レビューをアップロードするのをヨミがおとなしくしている間は控えている。特に匿名でレビュー出来る合成音声勢は収益化の制限を受けやすいので界隈がピリピリしており、とても過激なレビューを上げられる雰囲気ではない。有り難い事じゃないか。


 アンチの意見も聞けと声高に叫ぶやつもいるが聞いたところで大多数の読者は気にしていない、そこに気を揉む方がストレスがか買って良くないと思っている。たまに気づかなかった矛盾を指摘してくる鋭い人もいるがそう言った人はファンだと思っている。アンチにしたってそこまで細かいところに気づくまで読み込んでくれたなら立派な読者だ。


 タイピングをしていたら気がついた頃には一時間経っていた。休憩にキッチンに行って軽く食べようかと思うと良子と鉢合わせした。


「よう、レスバでは勝てたか?」


 知ってはいるのだが一応訊いておく。


「余裕ですね、気に食わない話ではありますが、私がライバルと認めた人と共闘しました、もちろん大勝利ですよ」


「そうか、よかったな。そのままそのライバルとも仲良くなれるといいな」


「それは無いですね」


 きっぱり否定されてしまった。良子と津辺が和解する日はまだまだ遠そうだ。


「無いのか?」


「無いですよ、あの人ブンタさんの作品をヨミ・アーカイブが酷評しているからって理由で低評価しているんですよ? 自分の意見ならまだしも配信者が言ってたからなんて愚にもつかないですね」


 手厳しい妹だ。まあ大体正論ではあるのだが、コイツにネットを与えているとそのうち炎上するのではないかと心配になってくる。頼むから炎上特定コースだけは避けてくれよ……


「お兄ちゃんもお昼ご飯ですか?」


「そんなところ、適当にレンジに突っ込んで食べられるものは無いかと思ってな」


 調理している時間が惜しいくらいだ。豚肉と野菜をレンジにぶち込んでしばらく放置して『冷しゃぶだ』と言った時には良子から冷たい視線を向けられたものだが、もうそういうやつと言うことで認識されてしまっているのでしょうがない。


「じゃあこれでいいんじゃないですか? レンジでご飯と一緒に温めてかけるだけですよ? 某医療漫画でも褒めてましたし」


 良子が引き出しから取り出したのはレトルトカレーのパックだった。ご飯も炊飯器に詰めたくなったものが残っているので確かに丁度いい。


「アレを医療漫画のくくりに入れていいのかは疑問だがありがとう」


 どっちかというとオカルト漫画じゃないですかね? 意見は人それぞれなので構わないが。


 俺はカレー皿に盛ったご飯とレトルトパウチを一緒にレンジに入れる。袋ごと入れてレンジで温まるカレーというのは結構な発明だと思っている。


「良子は昼飯があるのか?」


「私はその辺にあるものでちゃちゃっとつくって食べますよ、お兄ちゃん、早死にしたくなければもう少しまともな料理を作れるようになっておいた方が良いですよ?」


「善処するよ……」


 このままだとお説教タイムになりそうだったので、ちょうどブザーが鳴ったレンジからご飯とカレーを取りだし、カレーのパウチの封を開けてカレーライスにして自室に戻った。良子は自分の出来ることなら俺もできるだろうと思っている節がある、しかしながら無理なもんは無理だ。


 カレーを食べながら新作の展開を考える。残念ながら俺は天才ではないのであらかじめ考えておかないと詰まってしまう。考えなくても書き進めながら話を考えられる人は天才だと思うが、まあそういう一部の選ばれし人は置いておいて、俺みたいな凡人はこうしてカレーを食べながらでも先の展開を考えればいいのだろう。スキマ時間と言うのは誰にでもあるからな、その使い道が天才と違うと言うだけの話だ。


 そういやアニメの新作も公開していたな……チェックしておこう。


 俺はスマイル動画を開いてアニメタイトルを検索欄に入力する。エンターキーを押すと話題のアニメの無料公開している最新話がトップに来た。


 それを開いて眺めながら羨ましいなと思う。確かこれもラノベが原作だったはずだ、今度広告費が入ったら買っておくことにしよう。


 幸いそろそろ投稿サイトのPV報酬が入る頃だ。アニメが終わる前に原作を買うのはなんとか間に合いそうである。美麗なOPから人気声優が大挙して声をあてている美少女たちが出ている、作者さんが羨ましいなあ……


 そんな無い物ねだりをしてもしょうがないので、どうしようもなく訪れたEDを見終わって、キーボードを叩き始める。結局のところこうするしかないのだ、凡人にはただひたすらキーを叩くことしか出来ない、それを割り切らないとWEB小説なんてやっていられない。こうしてアニメを見ている間にも俺以外の凡人たちがキーを叩いていたのだ。同じ凡人の俺がサボるわけには行かないだろう、少しでも休めば置いて行かれてしまう。


「先が見えないなあ……」


 ランクでは現状維持くらい出来ているが、更新をサボったら即ランキングから消滅するであろう泡沫作者だ。


 上がらない既存作品を放り出して新作をアップロードするのが才能のある人なのだろう。俺は必ず当たる新作を作る自信など無いので二作品を同時進行している。どこかの天才作家は紙の本を一年十二ヶ月毎月出したらしいがそんな天才では決してないので結局俺は何一つ捨てられず過去にとらわれている。将来がないのが薄々分かっていてもそれを捨てきれないでいるのだ。


 ダメだ……辛気くさいことを考えているとタイプが遅くなる、考えるのを作品の流れだけに集中させよう。


 俺はホワイトノイズをループ再生するようにフリーソフトを起動してノイズの中で執筆を続けた。以前部屋を通りかかった母親にそれなりの音量でホワイトノイズを再生していたらブラウン管のアナログテレビでも見ているのかと言われたのを思いだした。昔のテレビはそういったものだったらしい。いけないな集中するためのホワイトノイズについつい余計な考えが浮かんでしまう。


 ここでヒロインが能力を発揮して……ヒキはこうして……


 なんとか一話を書けた。血反吐を吐くようなマラソンを続けるしかない。それも頑張ったところで報われるとは限らない不毛な競争だ。なんとなく以前読んだ歩みを止めると殺されるというホラー小説を思い出した。


 さて、少し寝るか……


 やはり椅子に座ったまま寝るのには限界があった。意識こそ完全に途切れていたものの、疲れの方はほとんど取れていなかった。俺はベッドに飛び込んで今度こそ身体を休めることにした。

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