第22話「感想を完走した感想ですが」

 翌日にはヨミが俺の作品をレビューしていた。それ自体はなんでもないいつものことだったのだが、なんと好意的にレビューをしていたのだ。俺はそれが特別高評価を得ることなどないだろうなと思っていたので非常に意外だった。


 何より意外だったのはヨミ・アーカイブの配信の冒頭での挨拶だった。


『こんばんは! 司書くんたち! 私は今日から生まれ変わるよ! 良いところ探しをする! 思えば今までの私は少し悪く言いすぎていたね、もう少し評価を甘々ちゃんにすることにしたよ!』


 どうやらヨミとしては今後は毒舌レビューは控えるらしい。その言葉にコメント欄では争乱が始まった。


『ヨミちゃんの毒舌が聞けないの!?』

『生き甲斐が……』

『前のヨミちゃん帰ってきてええんやで』


 コメントは毒舌ヨミ・アーカイブの登場を期待していたリスナーが文句を垂れている。それはしょうがないことだし、ヨミだって覚悟をしていたことだろう。


『朗報! ヨミ・アーカイブついに堕ちる』


『お前マジでふざけんなよ!』


 グッドマンとノーブルのレスバまで始まった。まあそこはご自由にしてください以上の言葉は出なかった。頑張って再生数とコメント数に貢献してくれとしか言えない。そして優しげな、言い換えれば甘い評価が俺の書いたものに下された。確かに悪くない評価なのだが普段のヨミを閲覧している時に比べて歯切れが悪いというかキレがなかった。


 当然と言えば当然なのだが、俺が暇つぶしに書いた作品を無理矢理褒めているわけで、高評価がつくはずもない、リスナーからは『もっと正直になれよ』とか言われる始末だ。


 何よりも……俺がこれを面白いと思っていないのだから無理矢理褒めるところを探さなくてはならない。それは苦行であることは想像がつく。そもそも手慰みに書いたものが高評価されるのはごく一部の天才だけだ。残念ながら俺は凡人の代表のようなものなのでそんな素晴らしい作品が書けるはずもない。いっそヨミにはこき下ろしてもらってもいいくらいだと思っている。


 ヨミは必死になんとか褒めるところを探しているようで『完結後の話が読めるんですよ!』などと当たり前のことを必死に褒めそやしていた。


 その辺はさすがに信者たちにも異変が伝わったらしく『無理してない?』とか『作者に銃を向けられて収録してんの?』などと散々な言われようだ。困ったな、作者のプロフィール欄に注意書きでも書いておこうかな、いや、そんなものをあの厄介系VTuberの信者が読むはずもないので書くことに何の意味も無いだろう。


 俺は休日ということをいいことに部屋に引きこもって執筆を続けていった。しかし困ったことに、ついついヨミが評価するだろうかと気になってしまう。特定の一人を満足させるために書いているのじゃないという事は分かっていても、延々レビューされてきた身としては気になるわけだ。


 それに……もしかしたら俺が本当に評価される作品を書けばヨミが取り上げた時に無理矢理褒める必要も無く、ごく自然に高評価出来るのではないか、そう言う重いが頭から離れない。


 しかしヨミに褒められたことで新作に手をかけようかと思った。書籍化していない俺はヨミ・アーカイブにとってのフリー素材なのだろう。だったら俺が自由に書けばいいじゃないか。


 指が淀みなく動いていく。迷いなく進む手には才能を感じられるほどだった。普段は自分で凡人だと思っているのにこういう調子がよくなった時だけ勢いよく文字数が増えていく。


 俺はエディタの隣にヨミ・アーカイブのチャンネルを開いて、最新動画を再生しながら自動更新をかけてコメントの流れを追っていく。あまり好意的なものはないがヨミの信者は俺の作品を見に来ている。そこでヨミが褒めている以上失望させないようなものを書くのが作者としての義務ではないだろうか?


 難しい心理的なことは分からないが、ヨミが無理をしていることくらいは分かってしまう。だからこそ、そんな無理をさせないように自然に評価出来るものを書けばいいのだろう。


 必死にタイピングをしていると、外を見た時にもう既に日が傾いていることに気がついた。


 夕食を食べにキッチンに行くと、両親ともにいつも通り仕事で誰もおらず、良子はどこへ行ったのだろうなどと考えながら冷凍庫からレンジで出来るチャーハンを取りだし、温めて食べた。


 俺には食事はカロリーを摂取する以上に事を求めるのは贅沢だと思っているのでさっさと食器を洗って棚に置いた。


 部屋に戻りまた執筆を始めたのだが、隣からドンドンと壁を殴る音が聞こえる。最近俺がうるさくしているはずもないのに壁ドンをされるので、多分良子の気が立っているのだろうと思いヘッドホンをつけた。振動が壁から伝わってくるが気にしないことにしてエナドリを飲んで集中力を上げた。


 ヘッドホンから流れるアニソンに合わせてタイピングをしていく。リズムがよいのでスムースに話が進んでいく、やはり現実を見るとなかなか進まないようだ。自分だけの世界に入ると執筆が間違いなく捗るといっていいだろう。


 タンタンタンタタン


 リズムよくキーボードを叩いていくと話が出来上がっていく。新作を公開出来るのはいつになるだろうか、少しだけ不安だがなんとか完成させることくらいは出来るだろう。


 そこそこ勢いよく書けたので、進捗報告をつぶやいたーでして蛇足になった続編を完結させるべく旧作のファイルを開いた。


 もはや忘れない程度に長く書いていたのでカタカタと身体が覚えているように書ける、習慣のようになっているのだ。何しろ完結まで書いた連載なのだから当然だろう。キャラの設定も何も把握しているので問題無く指が動く。自分がプログラムになったかのように規則的なタイピングをしていく。そしてあっという間に一万字を書いた。


 これだけ書いておけば問題無いであろう書き溜めをしてようやく安心出来た。久しぶりに調子を取り戻したような気がした。これがどう評価されるかは分からないが、ひとまずレビューをさせるために続編を一つアップロードしておいた。

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