第21話「動画が消えた日」

 くだらない茶番を見た翌日、ヨミのチャンネルの動画一覧を見たところ、ほとんどの動画が消えてなくなっていた。いや、正確に言えば俺のもの意外と言ったところだろうか、俺が権利者削除をしたことはないので大丈夫だと踏んだのか、俺の作品のレビュー動画だけが残っていた。


「さすがにアイツでも堪えたか」


 俺の第一感想はそれだった。動画削除についてコミュニティ機能で告知しているかと思いそちらを覗くと『グッドマン』と『ノーブル』が醜い争いを繰り広げていた。争いは何も生まないという言葉はこんな時のためにあるのではないだろうか。


 ヨミ自身からの告知は何もなく、最新の記事にコメント欄でレスバが始まっている、見るに堪えないものだということは分かった。


 ブラウザを閉じてPCをシャットダウンして登校準備を始める。早い時間に出る良子はもう既に登校を始めているが、俺はのんびりエナドリを飲んでから登校準備を始める。優等生の妹と違ってギリギリで間に合えばいいと思っている。まあアイツが特別真面目なだけということもあるのだろうが、俺は善人を自称していないのでのんびり登校する派だ。


 どのみち津辺のやつはレスバを朝っぱらからログに残していたのでアイツより遅れることは無いだろう。


 そう思っていたのだが津辺のやつは俺が教室に着いた時にもう居た。超高速で移動したのかと思っていたが、机の上にモバイルバッテリーを積んでスマホを充電している時点で全てを察した。コイツにとってヨミ・アーカイブが占めていた割合が随分と大きいらしい。


 ロクな奴に入れ込まないのだなと思ったが、スパチャを平気投げるバーサーカーにかける言葉は持っていなかった。


「おはよ、はやいね」


「おはよう、夜見子はいつも早いな」


「私にはそれくらいしかすることないからね……ああいう人もいるみたいだけど」


 そう言って津辺の方を指さした。アイツはいくら何でも特例だと思うぞ。真似をしたらダメなタイプだと思う。真面目なものだなと思いながら席に着いた。


 その後退屈授業が一通り終わったところで相変わらずの津辺に声をかけた。


「またアンチとレスバしてんのか?」


 津辺はなんということもなく答えた。


「当然だよ! ヨミちゃんの敵は俺の敵だしな! レスバで常勝を誇っている俺からすればチョロいもんだよ」


「お前この前レスバで負けたら飛行機とばして擁護レスしてるって言ってなかったか?」


「ばっかお前それは匿名での話だよ! コテハンつけているところなら負けたことないって話だよ」


「それは自慢になるのか……?」


 しかも実名ではなくコテハンですませるあたりが非常にみみっちい。ヨミ・アーカイブガチ恋勢としてレスバをしているのを見ていたが、なかなかの戦いぶりだったぞ。褒められたことではないと思うんだがな。


 後ろの方では夜見子がスマホを見ながら呪詛のようなものをつぶやいていた、見てみるとこの二人だけで十分教室がカオスなことになっている。俺は思考するのをやめて意識を放り投げた。理性など狂気の渦の中では無意味なものだ。


 そうして昼休みはクラスメイト二人以外はまともなまま授業が進んでいった。津辺はともかく夜見子もぐったりとしているのは珍しい、最近疲れているのだろうか?


 深入りする気もないので放置して午後を過ごしたのだが、放課後に津辺が歩きながら顔を七変化させいかにもレスバをしているのだろうなとわかりやすい顔で帰っていった。歩きスマホはどうかと思うぞ?


「文田、あんた津辺のこと知ってるわよね?」


 唐突に声をかけられて振り返った。俺を名前で呼ぶのは一人くらいだ。


「なんだよ、アイツのことは無闇に喋らないぞ、夜見子」


 色恋沙汰ならまた話は別なのだが、どうせろくでもないことを考えているのだろうとは分かる。好きにしてくれればいいが津辺に興味があるなら本人に話してくれ。津辺と夜見子に色恋沙汰が無いことは確認しなくても分かるほど当然のことだ。


「アイツ、ヨミ・アーカイブの配信見てんの?」


 夜見子からその名前が出てきたことは意外に思う。MeTubeを見ていることはまったく不思議ではないが、俺や津辺が見ているようなチャンネルに興味は無いだろうと思っていた。


「見てるぞ。ガチ恋勢代表みたいなやつだ」


 このくらいは話しても構わないだろう。公の場所でイヤホンをつけたりミュートにしたりはしているが、平気でヨミのチャンネルを見ているので隠すようなことでもないだろう。アイツが大っぴらに俺と話しているというのもあるしな。


「そう……なんだ」


 何か言いたげな顔をしてから靴箱から靴を出し、夜見子はさっさと帰途についてしまった。


 そうして俺はその後で帰宅したのだが、果たして夜見子が何を考えているかなど分からないし、津辺だって表面的なことしか聞いていない。結局、何も分からなかったわけだ。


 しかしまあ帰宅してみるとMeTubeのチャンネルに俺の新作をヨミ・アーカイブがレビューしていたので商魂はたくましいものだと感心した。


 俺の作品をレビューするのはもはや構わないのだがコメント欄が地獄の様相を呈していた。運営にイエローカードを突きつけられたことを揶揄するものから、権利者削除をした権利者を叩くものなど、ほとんどの人はレビュー自体を気にすることはなく、ヨミ・アーカイブというVTuber自身に向けられたコメントをしていた。


 俺はなんだかひどく虚しい気分になった。今までは酷評レビューでも作品についてコメントされていた。それが今ではどうだろうか、配信者への人格攻撃と配信者を擁護するものの戦争であり、俺自身の作品について気にしているものなどいなかった。


「俺の作品には興味がない……か」


 なんとなく察してはいたことだった。配信をしているヨミ・アーカイブ信者はどんな作品であれヨミが叩けばそれにノって叩く、そこに作品の評価は介在していなかった。今回は俺個人への攻撃すらもなりを潜めており、ただひたすらに信者とアンチの攻防の場となっていた。


 コメントをざっと追っていくと、信者の数の方が多く、今回の削除は不当との声が優勢を占めていた。


 さて……コメントをするべきか否か……


 俺はMeTubeのアカウント名をブンタで登録しているので、本人かどうかの確認はしようがないにせよ、話題がこちらに向くかもしれない。ヨミのトラブルを引き受けてやるべきか否かは悩むところだ。普段からボロクソに言っているのだから放置しておいてやればいいのだが、俺の作品がリンクまで貼られているのに見向きもされないというのは悲しいところがある。


 助け船を出すべきか悩んでいると、ノーブルとグッドマンといういつもの顔ぶれがコメントを始めた。


 この二人は俺の作品についての言及をしてきた。ノーブルは主に貶す方面で、グッドマンは褒める方向で俺の作品について語り始めた。どうやら議論の軌道はいつもの流れに戻っていくようだ。俺が出る幕が無くて何よりである。俺が関わったらどう考えてもこの動画が炎上するし、何より俺の作品の感想欄が炎上するのは嫌に決まっている。さすがに覚悟は出来ていたとしても進んでやりたいようなことではない。と言うわけで残念ながら今回の更新は大したPVになる事は無いだろう。


 さて、新作を書きますかね……


 そうして俺は新作を書き始めた、しかし……


「進まねぇ……」


 何故かやる気が失せて既存の作品の続編という蛇足を書いていた。何故こうなってしまったのだろう? 始めは新作を進めていこうという気概があったはずなのだがな、世の中というのは不思議なものだ、この現象はテスト前に部屋の掃除を始めることに似ているのではないだろうか? きっと人間は苦痛なことより気楽なことをしたくなる生き物なのだ。俺はきっとそちら側の人間なのだろう。水ガ下の方に流れるように俺も易きに流れるのだ。


 そしてポイッと既存の作品の続編を一つ投稿してから新作に向き合った。


 ――十分後


「何故俺は続きを描いているんだ……」


 何故か旧作の続きを書いていた。どうなってるんだ? 身体が新作を書くことを拒んでいるように新作の執筆が進まない。これは困ったぞ。


 そんなことを考えて作品ページを見ると感想通知が来ており、グッドマンという名前の人が高評価を書いてくれていた。丁寧に読んだのだろう、俺が適当に書いたものであることが申し訳なるくらいだ。


 予想通りというかなんというか、ノーブルという名前も感想を書いていたが二人ともMeTubeと同じ名前を使っているとしたらそちらと同じ感想を書き込んでいた。


 動画が荒れている現場なので、どうやら俺の作品への延焼は起こっていないようだった。平和ではあるがいつもの賑やかさはどこかへ行ってしまったかのようだ。俺は通り一遍のありきたりな感想返信をしてすませておいた。


 俺はついつい書いてしまった旧作の番外編をネットの海に放流した。それがいいことかどうなのかは分からない。どんな評価をするのかは読んだ人の判断だが、出来れば好意的な評価をしてほしいなと思う。

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