第20話「ヨミ・アーカイブ、収益を剥がされる」
その日は虫の知らせでもあったのだろうか、何故か妙に朝早くに目が覚めた。余裕を持ってコーヒーを淹れて朝食を取ってからスマホを見た。津辺から『ヨミちゃんが大変なんだよ!』とロインが送られていた。
というかそもそもそのメッセージが届いた通知音で目が覚めたんだがな。アイツは人の迷惑を考えない時間に送りつけてくるので寝る前に通知音をオフにするのだが昨日に限って忘れていた。
そろそろ夜が白み始めた頃、PCの電源を入れヨミ・アーカイブのチャンネルを見る。特段変わったことは無いようだが……なにかあったのだろうか?
特にメッセージなども表示されていないので気になるところもないのだが、動画で告知でもあったのか?
そう思って動画一覧を確認したが新規の動画は見つからない。最新の告知動画を開くと普通に配信ペースを落とすという告知が何も変わらず流れた。何かおかしいか?
少し考えた末に何も無さそうなので他のチャンネルで面白そうな動画をクリックした。そこで広告が始まる。
ん?
ヨミのチャンネルに戻って過去ログを開いてみた。どのタブでも動画本編の再生が始まった。そこにいたってようやく気がついた。
「やり過ぎたな……いよいよ広告を剥がされたか……」
つまりはそういうことだ。消された動画は見当たらないので権利者削除というわけではないのだろうがMeTube運営に広告を載せるのは不適切と判断されたわけだ。気の毒ではあるが、それと同時に当然だとも思う。あんな攻撃的な動画を公開していたら収益化を制限されるのも無理はない。
いずれこうなる可能性があることははっきりしていたことだ。ただ思ったより早かったなというのが俺の感想だ。正直な話、少し可哀想だとも思わなくもない。ただコイツの配信でメンタルをおられた作者のことを考えるとしょうがないかなとも思う。
さて、ヨミは配信をどうするのだろうな。穏当な路線に切り替えるのか、いっそのこと今までの動画を消して炎上を煽る方針にするのか、何にせよ俺には関係無いことだ。
そう考えていると登校時間になったので家を出た。空は明るかったが遠くの方に雨雲が見えた。不穏な雰囲気を感じながら登校することになった。
早めに家を出たので当然人はそれなりにいた。ギリギリで出かけているいつもの俺とは違うのだ。そして当然俺をたたき起こした当人である津辺が死んだ魚のような目をして、ゾンビのような歩き方で投稿をしていた。アイツがヨミ・アーカイブというわけでもないのにまるで自分の事かのようにダメージを受けている。
「大丈夫か?」
津辺にそう声をかけると『大丈夫じゃねえよ』と返事が返ってきた。
「収益化を剥がされることなんて配信者ならよくあることだろ、すぐ戻ってくるって」
根拠のない慰めをしておいたが落ち込んだまま『ヨミちゃん……クソ運営め……』と苦言を呈していたので俺の声はあまり届いていないようだった。
教室に着くと今日は俺の席で夜見子が気絶していた。いや、何をしているんだ……お前本当に何があったんだ。
「なあ、そこ俺の席……」
「ごめん」
それだけいって自分の席に戻った。結局自分の席でもぶっ倒れていたので何か家庭の事情でもあったのだろうかと思ったのだが、それは責任を持てないことなので放置しておくことにした。所詮はただのクラスメイトだ、深入りして傷つくようなことはしたくない。何より夜見子は助けを求めていない、期待もされていないのならお節介を焼く趣味は無い。
それから津辺はスマホを操作していた。頻繁に更新していたのはおそらくつぶやいたーだろう。どうせヨミの公式アカウントでもチェックしているのだろうし、好きにすればいい。残念ながら俺はヨミに情けをかけるほど情の深い人間ではない。人の文章を好き放題こき下ろしていたのに味方が大量に出来るはずも無いだろう。
そもそもヨミのアカウントは沈黙を保っているのは今朝ちらりと確認している。収益化がそんなに突然復活することは無いはずだ。引退するか、広告無しでも意地になって更新していくか、どちらを選ぶかは自由だが積み重ねてきたものを崩されたのは仕方のないこととはいえ、途中まで無法地帯を許しておいて突然コンプライアンスに目覚めた運営に消されるのは気の毒だ。ほんの一ミリくらいは同情の余地があるだろう。
「う゛ぇー……やる気起きなーい」
隣でうめいている不良学生は放っておいて俺は一限の準備を始めた。
そして授業が一段落して昼休みとなったのだが、相変わらず夜見子も津辺も元気なくスマホをスワイプし続けていた。かける言葉も無いのだが、辛気くさい上に俺の数少ない知り合いが二人ともダウンしているので暇であるとしか言いようが無い。
俺はミュートにしてヨミのチャンネルから動画を一つ選び再生してみる。やはりというか広告が流れないのをチェックして閉じ、ゲームをして昼休みを過ごした。やはり収益化は剥がされたようだな、まあMeTubeの運営は気まぐれにやっているのではないかと思うくらい簡単に収益化を剥がすのですぐに復活するか当分お預けを食らうかだろう。
隣で寝ている夜見子に何があったかは知らないが、少なくとも親に金を頼れる以上こうして収益化を剥がされたヨミ・アーカイブよりはマシな状況なのだろう。
午後の授業を平和に過ごしたのだが、後ろの方にある俺の席からは前の方に座っている津辺がスマホを弄っているのが見えたので放課後になって何をやっていたのか訊いてみた。さすがにヨミのチャンネルを見ていたにしては時間が長すぎる。
「なあ津辺、昼から何やってたんだ? 授業中にずっとスマホ操作してたろ?」
「バレてたか……」
「俺以外はほとんど見てなかったみたいだがな、俺の席の角度からはちょうど見えたんだ」
真後ろだと前の人の背中に隠れて見えず、もう少し横にずれれば机の陰に隠れて見えない、そんな体勢で机の中でスマホを操作していた。
「翻訳エンジンって知ってるか? 機械学習で正確な翻訳をしてくれるやつ」
「ああ、ちょっと前に話題になったな」
その事なら話は知っている。文脈を読んで意訳をしてくれると話題になったものだ。
「あれでヨミ・アーカイブのチャンネルの収益化復活の要望を書いてた。つぶやいたーでMeTube運営に送っておいた」
「別にお前がそれで構わないならいいんだが……英語の授業中にやってたよな、高校教育の敗北を示したかったのか?」
そのくらい自力で書けよとは思う。英語の勉強をロクにせず翻訳エンジンに頼るのはどうかと思うんだがな。そこで義務教育で勉強した英語を生かせよと思う。
「じゃあな、俺は帰ってから文面を変えて複垢でMeTube公式に陳情するという使命がある」
「まあ……好きにすれば良いんじゃないか。つぶやいたーも複垢を消したがっているから気をつけろよ」
それだけ忠告して俺たちは別れそれぞれ帰宅した。我が友人は随分と頑張るようだが学校の勉強を頑張るつもりは無い様子だ。
俺は家に着くとPCを開いてMeTubeのつぶやいたーにあるサポートアカウントを見て見た。
「うっわ……津辺のやつ、マジでやってんのかよ」
思わずそう言いたくなるほどアカウントに粘着していた。ブロックされてもおかしくないぞ。まあ向こうさんも大量に来るリプライに対応出来ないだろうし軽くあしらっているだろう。
しかし世界的なアカウントだというのに広告配信停止の報告の多いとといったらないな。
俺は津辺のアカウントの一つが公式アカウントにしつこくリプライを送りつけているのを眺めながら、個人Vによくそこまで入れ込めるものだと感心さえした。
なんとなく津辺のアカウントを辿ってみると『グッドマン』のアカウントとレスバをしていた。不毛な争いだが、俺に関係のないところで精々がんばってくれ。俺はできるか義理関わり合いになりたくない。この泥臭い戦いに参加したところで得るものはない。
悟りを開いたようになった気分の俺は新作のプロットのテキストを開いた。
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