第16話「新作の制作」

 ヨミ・アーカイブの謹慎期間も終わり、好き放題俺の作品の感想欄で暴れていた連中がMeTubeに帰巣本能から帰っていったところで俺は新作を公開した。案の定感想欄は平和であった。まあヨミのチャンネルの動画に『ブンタが新作書いたのでレビューしてください!』という旨の治安の悪いコメントが大量に書き込まれていたが、それをどうするかはヨミ・アーカイブの問題であって俺の知ったところではない。


「みんな! 心配かけてゴメンね! これからは運営から目をつけられないようにレビューするからね!」


 そう言っているが早速辛らつなレビューを始めた。ただの悪口ではないあたりがヨミ・アーカイブの支持を集めるところだ。理論では確かに正しいのだが、それで納得するかどうかは別問題だ。作者の心労を考えると思わず慰めたくなってしまうほどの言い方だった。


 あえて前回までとの違いを言うのならばフリー素材を使用して権利者削除をされないように気を使い始めたことくらいだろうか。今までは余白の多いページなどはキャプ画像を使って晒していたがそういったものは無くなった。一応ヨミにも著作権という概念は持っていたらしい。


「これは駄作だねえ……WEB小説だったら文章が拙くても許されると想ったら大間違いだよ」


 何を言っているのだろうか? Webなんて誰でも見られる場に編集も何もない、校正と言えば自分で読み返すくらいしかできることが無い場で完璧な文章を目指せと言うなど思い上がりもいいところだろう。そんなことは書籍化作家と一部の天才に許された贅沢だ。


「二行前のことと矛盾しているわね」


 細かいところをあげつらっている。そりゃヨミ・アーカイブアンチスレも掲示板に出来るというものだろう、納得のレビューだ。大体矛盾と言ったって話の大筋には関係無い雑談のような場面だ。コイツは友達がいるのならだが、一々そんな揚げ足を取るような会話をしているのだろうか? 間違いなく嫌われると思うぞ。


「あ! スパチャありがとね! えっと……『ブンタが新作を公開しているのでレビューしてください』だね。じゃあ久しぶりにブンタさんの新作レビュー始めちゃうよ!」


 スパチャのせいで俺がターゲットになってしまった。現在レビューしているものを酷評して『なかなか面白かったよ、みんなも読んでみてね!』と一応の予防線を張って配信画面に俺の作品ページを表示した。


 やめて欲しいのだが言って聞くような相手でもないので仕方なく画面を見ながら過激な発言をしないように祈るばかりだった。


「ブンタさんの新作は『世界の終わりであなたと二人』だね、ポストアポカリプスものかな?」


 俺は人格攻撃をされないように気をつかっているのだが、それでも責めてくるのがヨミ・アーカイブという存在だ。迷惑極まりないのだが、穏当なレビューを期待したいところだ。


「なかなか面白いね、小綺麗にまとまってる……でもさあ、なーんかこれエタりそうな気がするんだよね。完結してないと不安で気になるんだよねえ……ブンタさんがどこまでやる気があるのか知らないけどどこまで頑張るんだろうね? まあ今後に期待と言ったところだね」


 痛いところを突いてくる。確かにポストアポカリプスものとしてエンディングが決まっていない。そこを言い当てられたので嫌な気分になった。安易に期待をしてはならないと言うことなのだろう。油断ならないやつだ。酷評するのは大得意だがしっかり怪しい部分を見つけてそこを突いてくるいやらしさにはあきれるの一言だ。


 さて、本日は金曜日であり、明日は休み、そして現在は午前九時、ぼっち故に予定は入っていない。つまりやるべき事はただ一つ。


「書くか……」


 あのヨミ・アーカイブを納得させるほどの作品を書き上げるしかない。まだ半分くらいまでしか進めていないので後半分をこの土日で書き上げなくてはな、学校に行っていると時間が足りない、つまり休日中に終わらせれば問題がないということだ。


 そして書きかけの作品との格闘が始まった。ああでもない、こうでもない、消しては書いてを繰り返し文字数は直線的に伸びていった。当然ながら減ることもある、余計な部分を消してもそれ以上に書くペースが速ければ文字数は増えていく。特別なことは何もしない。ただ泥臭くキーボードを叩いていくしかないのだ。スマホを使う人もいるらしいが、とにかく書かなければ完成しないというのは当然だ。つぶやいたーで営業することも出来るが、やはり一番PVの数字を左右するのは本文の出来だ。完成させれば多少伸びるだろうが未完だと地を這うようなアクセス数で忘れられていく。


 忘れられたくない、ただその一心で書いていく。ワードプロセッサのウインドウに移っている文字数は順調に増えていく。プロットの段階で十万時を想定していたものの、消費が激しくもう既にプロットの六割を消費したのにまだ四万字を超えたあたりだった。


 なかなか思うようにはいかないものだ。必死に話を膨らませていくが、ヨミ・アーカイブは文字数稼ぎをするとすぐにそれを見抜いて標的にする。アイツはそういう存在だ、今までの俺の作品レビューから文字稼ぎを見抜くことは確実と分かった。出来るかぎり多くの人に見てもらえるように、必死に書き進めていく。イヤホンから流行のアニソンを流しながら周囲が寝静まった中でタイピングを続ける。


 そうして書き続けた結果、金曜の夜だけで六万字を達成していた。時計に目をやると午前三時を指していた。いったん寝るか……


 スマホのアラームを三時間後にセットして横になった。エナドリを開けて無理矢理起きていた反動で一気に眠気が来て意識がシャットダウンされた。


 ピリリリ


 電子音で眠い目を擦りながら何とか身体を起こす。時刻は午前六時過ぎ、なんとか起きることに成功した。このまま昼頃まで寝るかもなと思っていたので六時間近く午後まで時間をとれたことは快挙と言っていい。


 キッチンに行き、炊飯器からご飯をよそってお茶漬けふりかけをかけてお湯をかけ、一気に胃の腑に流し込む。徹夜に近いことをしていたので減少していた血糖値が上がっていくような気がした。ブラックコーヒーは好きだが、糖分を取るという意味では砂糖を入れることも合理的なのかもなと思った。食事は終わったので冷蔵庫からゼリードリンクとエナドリを取りだして部屋にこもることにした。


 そこからまた一心に書いていく。世の中の天才は一日何万字書いても休憩を取れるらしいが、俺はそんな一部の選ばれた天才ではない。地道に文字数を積んでいくのに休む時間などろくにとれない、それが現実だった。スマホの通知を見ると津辺から昨日の深夜アニメの感想が届いていた。俺は息抜きにそのアニメの配信画面を別窓で開いて視聴しながら書き進めていく。休憩と呼んでいいのかは不明だが、心地よい声の響く日常アニメは癒やしとなってくれたことは確かだ。


 時々ポストアポカリプスものにしたのは失敗だったかなと手が止まる度に思いながらそれでも無理矢理文章を生成していく。まるで一種のジェネレーターになった気分で文字を決まった規則で吐き出していった。


 そして土曜日を丸々一日使い、夕日が沈んだところでシャワーだけ浴びた。湯船に浸かる数分さえも惜しかった。そしてすっかり日が沈んで月が昇る頃になって、ようやく十一万時の数字で『了』と書き込み終了した。こんな事はそうそう出来ないが、とにかくやり遂げたのだ。後はこれをアップロードするだけだ。そうして俺は日曜日を使って作品のPVが伸びることを望みながら時計の針が進むのを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る