第17話「新作の公開とヨミ・アーカイブ」

 俺はドキドキしながらマウスにかけた手の指に力を入れた。現在時刻は零時一分、予約投稿勢と被らないように一分だけずらして投稿する。有名人なら予約投稿でもどうにでもなるのだろうが、生憎凡人で才能を感じられない文章が読まれるためにはこういった小細工も重要だ。もちろん文章をガンガンかける天災になりたいとは思う。しかし現実はどうやっても天才には届かないのだ、凡人は天才が生まれながらに持っているものを地道に拾い集めていくしかない。生まれを呪ったってしょうがない、学問のすゝめでも『神は人を平等に作ったと言っているが実際は上下関係があるじゃねえか』という意味のことを書いている。つまりは人は平等ではないのだ。


 一話三千字を一時間に四話ペースでアップロードしていく。もちろん予約投稿と被らないように長針が十二をさしてから僅かに経ったところで投稿するのも忘れない。それを午前中、太陽が昇ってしばらくまで続けてから、俺は無茶をしたのがたたって眠気に襲われ抗うことも出来ずベッドに倒れ込んだ。眠気は無かった、ただ真っ暗闇が意識を持っていった。


 ――夕方


 俺の書いた小説はランキングに載っていた。そこそこのランクは取れている様子だが、トップページに表示されるにはまだ遠いが、それなりの成果と言える。しかし問題があった。ここから残弾は尽きたので書きながら投稿となるのだが、つぶやいたーで宣伝をするべきなのだろう。それは論理的に分かるのだが……


「ヨミに目をつけられそうだなあ……」


 アイツ……ヨミ・アーカイブとはそういうやつだ。俺の作品をフリー素材の如く利用している。目をつけられれば、ほぼ間違いなく配信のネタにされるだろう。それはしょうがない、分かりきっていることだしアイツは炎上が大好きなVTuberだ。自分を燃やしてでも注目を浴びたいという質の悪いやつなのでネタになるとみれば飛び込んでくる。とはいえ貰い事故のようなもので諦めてはいるのだが。


 そもそも下位の方とはいえランキングに載ってしまっている時点で捕捉されている可能性はあるのだが、わざわざ自分の作品の感想欄を炎上させる趣味はない。俺だって人間だ、勝算だけしかないならその方が良いに決まっている。


 念のためPCを起動してヨミのチャンネルで動画一覧を見る。既存のものにはまだ無かったが、配信予定に俺の作品ページのキャプチャがヨミ・アーカイブのアバターと共に表示されていた。どうやら何もかも手遅れだったようだ。


 ヨミ・アーカイブという度し難い好き放題をしているVTuberに今さら何を言っても無駄だろう。アイツは俺がそろそろ完結させるだろうと踏んでいたのだ。番外編も買い手はいるのだがもはや泣こうが笑おうがまな板の上の鯉のようなものになってしまった。ロクに動くことも出来ず調理ひようかを待つばかりの作品だ。もちろん手は抜いていない、それでも理不尽に重箱の隅をつついてくるやつだ。


 そうして夜になりつつある午後七時、ヨミの生配信は始まってしまった。おそらくOBSだろう、配信用にアバターをGBで抜いて背景に俺の小説を表示している。読みながら評価をしていくためか、ロクなことに使わないのにわざわざ使い方を覚えたとは、自由なやつだ。


『司書くんたち! 元気かな? 私は期待のブンタ先生の作品が公開されたのでとっても元気です!』


『本日の生贄』

『またか』

『知ってた』

『ランキング載ってたもんな』

『完結させてランキングに載った上に書いたのがアイツならしゃーない』

『ある意味もっともヨミ・アーカイブに愛された作家』

『また君か』


 コメント欄は大体『知ってた』というコメントであふれていた。どうやら完結してから再レビューされるで有ろう事は予想済みだったようだ。


 期待は二割、不安が五割、三割が恐怖の気分で待っている、いや盛ったな……正確には期待一割、恐怖四割くらいになる。


 正直は美徳と言うが、コイツは正論をぶつけてくる。確かに正しいのだが貶すための正論を探して言う。よいところに目を瞑り、正論で殴れる場所を探して責め立ててくる。


『さてさて、完結まで突っ走るからよろしくね! あ、ネタバレ防止のために背景はキャプチャだよ! 気になる人は概要欄から飛んでね!』


 どうやらそのくらいは配慮しているらしい。しかし配慮と言ってもそのくらいで、引用とギリギリ言える範囲でツッコミを入れるのは当然のようだ。


『うーん……ここおかしいね、設定語りで不死身になったはずの生き物が死んでる』

『ここはあんまり考えてないね、後半と無理や地繋げた痕跡が感じられるよ』


 浴びせられる辛らつなレビュー。しかし俺もヨミに何度もレビューされた経験があるだけあってブチ切れてコメントを書くようなこともなかった。その程度の忍耐の心はきちんと供えている。


『完結はしているね……話はみんなちゃんと読んでみてね。まあ私から言うことと言えばちゃんと寝ましょうと言うことかな。最終盤だけどタイポ多いし多分ここ徹夜で書いたんじゃないかな? 前半の誤字脱字の少なさとかけ離れているよ。でもまあ完結させたのはお疲れ様』


 結局ヨミはどうしようもないゴミだとは言わなかった。アイツはダメなものはとことん腐すのが大好きなタイプなので、はっきり低評価しなかっただけでもマシな方だ。とはいえ随分辛らつではあったがな……


『じゃあ司書くんのみんな、気が向いたら自分でも書いてみてね! 私へのリプライかハッシュタグをつけてくれたら読みにいくよ! よろしく!』


 そう言って生配信は終わった。心臓に悪いことこの上ない時間だったが、無事意識を保ったまま訊けただけでもいかに穏当な配信だったかが理解出来る。少なくともレビューを受けたからといって作品を削除しようなどとは思わなかった。


 そして俺は『しよう』のランキングページを見た。二桁前半。それがその時点でアガっていた俺の評価だった。ここまでやってもトップページに載せることは叶わなかった。理想が高すぎるのだろうか、あるいはこの確率が高いのだが『俺の実力が低い』というどうしようもない現実を突きつけられたかのような気分だった。

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