第31話 僅かに縮まる距離

 三本目の紐を切り終えた直後、めぐるは牙を大剣に持ち替え、レイは動き出した大蛇を瞬時に刀で細切れにする。だが、四方八方から伸びてきた複数の紐に、刀ごと全身を拘束されてしまう。


「レイ!」

 手にした大剣で、テンシのに斬りかかろうと駆け出していた旋は、その事に気がつき、きびすを返す。けれどもレイに、「来るな!」と言われ、足を止める。


「我の事は気にせずともよい。旋は己のすべき事をせ」

「でも……」

 旋は、執着のテンシのコントロールが上手くできない程、レイの体力が消耗しているのだとした。しかし実際は、執着のテンシと繋がっている紐の数が、三本も減った事が原因だ。


 紐を一本切るごとに、テンシの全身をコントロールする事が難しくなっていく。ゆえにレイは、『旋には一切、危害を加えない』と言う意思のみにする事で、テンシの敵意を旋から逸らしている。そのため、レイだけがテンシに餌として見られ、拘束されてしまった。


「我とテンシを繋ぐ紐の数が減り、コントロールが困難ではあるが……これ以上、好きにさせるつもりなどない故、心配は不要だ……。だがもし、我の事が心配だと思うのならば……可能な限り迅速に、執着のテンシにトドメをさしてくれると助かる。できるか?」

 痛みをともなう拘束に耐えながらレイは顔だけを動かし、真剣な眼差しで旋を安心させる言葉のみを告げる。


 旋はそんなレイの目を見て、彼の言葉を素直に受け入れると、力強く頷いた。

「うん! すぐに終わらせるから待っててくれよな!」

 そう言うと旋は、レイに背を向け、テンシのを大剣で斬りつける。派手に動き回るのは効率的でないと考えた旋は、の一面に狙いを定め、何度もテンシに大剣を振るう。

 テンシは当然、羽を消費して斬られた部分を再生するが、旋は自動で飛び回るナイフも作り出し、追い打ちをかける。


 一方、レイは拘束から逃れようと、必死に藻掻いている。だが、再生した大蛇に、刀を持つ方の肩から上腕にかけて噛みつかれてしまう。体に巻きつく紐は服を裂き、血が滲む程、肉に食い込んでくる。それでも旋を心配させまいと、レイは唇を噛んで声を殺す。そして、なんとかもう片方の腕を動かし、大蛇の顔面を掴むが、それ以上は何もできない。


 旋がテンシを追い詰める程、それに抵抗するように大蛇が暴れる。それでもレイのの強さから、旋が攻撃される事はない。けれどもその分、レイに対するが増し、彼の体は容赦なく傷つけられてしまう。


 旋がテンシにトドメを刺すと同時に、大蛇がレイの腕を食い千切る。


 を全て散らせた執着のテンシの全身が、徐々に崩壊していく。その後すぐに、旋はレイの方を振り向き……血塗れの相棒の姿が目に映ると、息をのんだ。


「っ……レイ!」

 旋は足元が崩れ去る前に、大剣を手放すとレイの元に駆け寄り、倒れる彼の体を受け止める。真っ青な顔で、自分よりも大きなレイを必死に抱きかかえ、コンクリート地面へゆっくりと降下していく――。


「めぐる……」

 レイは虚ろな目で、無意識に旋の名を呼ぶ。


 ――旋が地面に足を着いた時にはもう、レイは息絶えていた。




 一分も経たない内に腕が生え、傷口も塞がった後に、蘇ったレイはゆっくりと目を開く。横たわるレイの視線の先には旋の顔があり、そこで自分の頭は相棒の膝の上に乗っているのだと気がついた。


 レイと目が合った旋は、今にも泣き出しそうな顔で「ごめん」と呟く。

「……何故、旋が謝る?」

「だって……レイが攻撃されてる事に気がついてたら……ジブンがもっと早くにテンシを倒せていたら……レイは……」

「我は蘇る。故に何も問題はないと伝えただろう?」

「生き返るとしても……ジブンはレイを死なせたくなかった……」

 これまで幾度となく、死を経験したレイからすれば慣れている事でも、旋にとってはショックが大きい。


 熱を失った身体から、心臓の音が聞こえてこない。無論、呼吸も止まっている。

 そんなレイを、旋は震える体で一度、抱きしめた。それから自分の膝を枕代わりにし、ゆっくり横たわらせると、レイが目を覚ますのをじっと待つ。


 レイの『蘇る言葉』を信じていても、旋の不安は消えない。レイが目を覚ますまでの数十秒が、旋にはとても長く感じた。


 その感覚がレイには分からず、旋の暗い表情に戸惑う事しかできない。


「……旋、水分補給がまだだろう? これを飲むといい」

 どんな言葉をかければ良いか分からなかったレイは、唐突に水入りのペットボトルを作り出すと、汗だくの旋にそれを手渡す。


「……レイは飲まないのか?」

「死すれば全てがリセットされる故、我は飲まずとも問題ない」

「そっか……水、ありがとな」

「礼には及ばぬ」

 レイからペットボトルを受け取った旋は蓋を外し、水をあおる。


 旋がペットボトルから口を離した後、レイはゆっくりと上体を起こす。

「……随分と我の血がついているな……すまない」

 服や体などがの血で汚れている旋を見て、レイは申し訳なさそうな顔をする。


「へ……あぁ、このくらい気にしなくてもいいのに」

 レイから突然、全く気にしていない事を謝罪され、旋はきょとんとする。レイもまた、旋のその反応に首を傾げ、二人は無言で見つめ合う。


「――これ、何の時間?」

 先に口を開いたのは旋だった。旋はレイに対する罪悪感やらで、感情がぐちゃぐちゃだったが、不思議な“間”に思わず小さく笑う。

 その後、気持ちを切り替えようと自分の両頬を叩き、レイを見る。


「レイ、ありがとう。ジブンの事、守ってくれて」

 旋は執着のテンシのたいないに入ってからは全く傷を負っておらず、矛先すら向けられていない。それはレイがテンシを上手くコントロールしてくれていたおかげだと、旋は分かっている。だからこそ、彼は感謝の言葉を口にした。


「礼には及ばぬ」

礼には及ばぬそれ……よく言ってるけどさ、たまには受け取ってくれてもよくない?」

 旋はそう言いながら立ち上がり、レイに手を差し出す。


「む……承知した」

 レイはイマイチ解っていないような顔で、旋の手を取り立ち上がる。

 そんなレイの反応を見た旋は、少し困ったような表情で一瞬だけ笑うと、浮遊する執着のテンシの方へ視線を向けた。


「……ミナトさんとノワールさん、大丈夫かな……」

 旋は不安げな顔でテンシを見上げ、ポツリと呟く。


「彼らならば大丈夫だろう」

 そう言いながらレイが旋と同じ方を見た瞬間、執着のテンシの全身が崩壊し、ミナトとノワールが姿を見せた。

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