第30話 違う想い、寄り添い、歩み寄る。

「レイ! 後ろ!」

 わずかな時間だが、気を失っていたレイは、めぐるの声で意識を取り戻す。


 口を開き、牙を剥く執着のテンシの大蛇が、レイに襲いかかる。旋の言葉と背後からの殺気で、その事に気がついたレイは首だけ動かし、鋭い眼で大蛇を睨みつけた。

 レイマオウの殺気に、大蛇が怯む。その一瞬の内にレイは意識を集中し、再び執着のテンシをコントロールする。


 旋は大蛇の動きが止まった事に、ほっと胸を撫で下ろす。それから深呼吸し、少し考え込んだ後、両手はにつけたまま、レイをじっと見つめた。


「レイが……自分を犠牲にしてでも、記憶を返す気がないのは分かった。だけど、ジブンも記憶を返してほしいって気持ちは変えれない。だから、記憶を返してみてくれないか?」

「試しに一度……だと……?」

「うん。一度、記憶を返してもしジブンの心が、辛い過去に耐えられずに押し潰されたら、また記憶を奪ってくれて構わない。だからレイ……このゲームをクリアしたら、ジブンの記憶を返してくれ?」


 自分の意思は曲げたくないが、これ以上、レイを苦しめたくもない。ゆえに旋は、彼なりの折衷案をレイに伝える。


 旋の言葉を受け、レイは静かに目を閉じた。彼の頭の中には、先程まで見ていた過去の記憶と、亡き友と相棒の言葉が浮かんでいる。レイはそれらと真剣に向き合いながら、旋に問う。

「……魔王マオウである我ですら耐え難い苦しみなのだぞ……。ヒトである旋が、これに耐えられる訳がない……」


「人間は……少なくともジブンはレイが思ってる程、弱くない。それに、ホントに耐えられないかどうかなんて、やってみないと分からないだろ?」

 ――自分はこうだから相手も同じ。れいってそう思ってるみたいだけど。違うから。


 旋の声に重なるように、亡き相棒ジュンの言葉が頭をよぎる。


「一度、記憶を返しても……また奪う事になるだけだ。それが分かっていて記憶を返すなど、旋を傷つけるような真似……我にはできない……」


「ジブンは例えどんなに辛い記憶でも、受け止める覚悟はできてる。だからレイも勇気を出して……ううん、ジブンのことを信じて、一度、歩み寄ってくれないか?」

 ――レイ、御前さんはもう少し、他者に寄り添いんしゃい。


 今度は旋の言葉に続いて、亡き友ファシアスの台詞が脳裏をよぎった。



 ――……旋に歩み寄れば……解かるかもしれない。旋が言っている事も、ファシアスとジュンの言葉の意味も……。


 レイはそう思いながら、ゆっくりと目を開き、旋を見た。彼に記憶を返す事に、まだ躊躇ためらいはある。それでもレイは、自身を傷つける旋を止めて……彼らの言葉を理解したくて、歩み寄る決意をした。


「……承知した。このゲームが終了した後に……一度、旋の記憶を返すと約束しよう……。ただし……貴様が耐えられぬと判断したら、約束通り再び記憶を奪う。……良いな?」

「うん……! 約束だからな、レイ」

 旋は一瞬、目を見開くが、すぐに顔をほころばせ、言葉を返す。それと同時に、執着のテンシの体の一部檻の扉が開く。


 テンシの体内へ足を踏み入れた旋は、すぐさまレイの元に駆け寄る。

「レイ! 大丈夫か!? 少しだけ待っててくれよな」

 そう言いながら旋は熱が出た際などに使用する、長方形のひんやりシートを作り出し、レイの首筋や手首に貼りつけていく。


「……旋……一体、何をしている?」

「あぁ、体を冷やしてくれるシートを貼ってるんだ」

「む……確かに随分と楽になった……感謝する」

 レイの苦しそうだった表情が少し和らいだのを見て、旋は少しほっとして「うん」と返事をする。


 体内の異常な暑さの所為で既に汗だくの旋を見て、レイは眉間にシワを寄せた。執着のテンシのに触れていた、旋の額と手には火傷ができている。


「すまぬ……」

 レイは割れ物に触れるように、旋の手を取り、頭を下げる。突然の言動に戸惑う旋に、レイは「痛い思いをさせて……すまぬ」と言った。


 そこでようやく、レイは火傷の事を謝っているのだと気がついた旋は、ニッと笑って見せる。


「これくらい平気だ。そもそもこれはジブンが勝手にやったことだし、レイが謝る必要はないだろ」

「しかし――」

「それに! 今はそんなことより、ゲームをクリアするのが先だろ?」

「……そう、だな……」

 旋は真剣な顔で、レイの手をぎゅっと握った。レイは少し歯切れが悪い返事をしつつも、ゲームに集中しなければと、気持ちを切り替える。

 それを感じ取った旋はレイから手を放し、自分の首筋にもひんやりシートを貼り、大剣を作り出す。


「二つ目のミッションは確か、『大蛇から牙を奪え』だったよな?」

「あぁ……我が大蛇をコントロールしてはいるが、口に手を突っ込むのは止めておくべきだろう。念の為、大蛇の顔を斬り落としてから、牙を奪うといい」

「分かった」


 旋はレイの指示通り、テンシの顔大蛇の頭部を大剣で斬り落とした。無抵抗の相手に対して、この様な事をするのは少し罪悪感があったものの、心を鬼にして今度は牙に手を伸ばす。片手でも少し力を入れただけで簡単に引っこ抜けた牙を持ったまま、旋はレイの後ろに回ると、大剣を傍らに置く。


「次は『執着のテンシと契約相手の意識を繋ぐ紐を三本、奪った牙で断ち切れ』だったな」

「あぁ……牙で手を切らぬよう、気をつけるといい。紐は切ってしまえば、挿さっている側は自然と腐り落ちる……。故に、無理に紐の根元を狙わず、切りやすい位置から切るといい」

「うん、分かった」

 旋はそう返事をするとまず、レイのうなじに挿さっている一本の紐を切った。次に、背中に挿さっている紐の除去に取りかかる。紐は少しばかり硬いものの、旋は順調にそれらを切り落としていく。


 その間、レイは熱い息を吐き、少し表情を歪めながらも、顔を斬られた大蛇をじっと睨みつけている。


 一本目の紐が切れると、大蛇は羽を消費して、徐々に顔を再生させていく。回復速度が上がり、元の姿に再生したのは、旋が二本目の紐を切り終えた時だった。自分より背の高いレイの後ろにいる旋は、それに気づいていない。


 レイは刀を作り出し、大蛇に突きつけた。それでも先程とは打って変わって、大蛇は一切、怯む事なくいやらしい笑みを浮かべながらレイを見ている。


「旋、三本の紐を切り終えたのちテンシの体この檻を即座に斬れるか?」

「へ……」

 レイの言葉に旋は一瞬、手を止めて、目をぱちくりさせる。しかし、すぐさま大きく頷き、どこかうれしそうな顔と声で「任せてくれ!」と返事した。

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