第30話 違う想い、寄り添い、歩み寄る。
「レイ! 後ろ!」
口を開き、牙を剥く執着のテンシの
旋は大蛇の動きが止まった事に、ほっと胸を撫で下ろす。それから深呼吸し、少し考え込んだ後、両手は
「レイが……自分を犠牲にしてでも、記憶を返す気がないのは分かった。だけど、ジブンも記憶を返してほしいって気持ちは変えれない。だから試しに一度、記憶を返してみてくれないか?」
「試しに一度……だと……?」
「うん。一度、記憶を返してもしジブンの心が、辛い過去に耐えられずに押し潰されたら、また記憶を奪ってくれて構わない。だからレイ……このゲームをクリアしたら、ジブンの記憶を返してくれないか?」
自分の意思は曲げたくないが、これ以上、レイを苦しめたくもない。ゆえに旋は、彼なりの折衷案をレイに伝える。
旋の言葉を受け、レイは静かに目を閉じた。彼の頭の中には、先程まで見ていた過去の記憶と、亡き友と相棒の言葉が浮かんでいる。レイはそれらと真剣に向き合いながら、旋に問う。
「……
「人間は……少なくともジブンはレイが思ってる程、弱くない。それに、ホントに耐えられないかどうかなんて、やってみないと分からないだろ?」
――自分はこうだから相手も同じ。れいってそう思ってるみたいだけど。違うから。
旋の声に重なるように、
「一度、記憶を返しても……また奪う事になるだけだ。それが分かっていて記憶を返すなど、旋を傷つけるような真似……我にはできない……」
「ジブンは例えどんなに辛い記憶でも、受け止める覚悟はできてる。だからレイも勇気を出して……ううん、ジブンのことを信じて、一度、歩み寄ってくれないか?」
――レイ、御前さんはもう少し、他者に寄り添いんしゃい。
今度は旋の言葉に続いて、
――……旋に歩み寄れば……解かるかもしれない。旋が言っている事も、ファシアスとジュンの言葉の意味も……。
レイはそう思いながら、ゆっくりと目を開き、旋を見た。彼に記憶を返す事に、まだ
「……承知した。このゲームが終了した後に……一度、旋の記憶を返すと約束しよう……。ただし……貴様が耐えられぬと判断したら、約束通り再び記憶を奪う。……良いな?」
「うん……! 約束だからな、レイ」
旋は一瞬、目を見開くが、すぐに顔をほころばせ、言葉を返す。それと同時に、執着のテンシの
テンシの体内へ足を踏み入れた旋は、すぐさまレイの元に駆け寄る。
「レイ! 大丈夫か!? 少しだけ待っててくれよな」
そう言いながら旋は熱が出た際などに使用する、長方形のひんやりシートを作り出し、レイの首筋や手首に貼りつけていく。
「……旋……一体、何をしている?」
「あぁ、体を冷やしてくれるシートを貼ってるんだ」
「む……確かに随分と楽になった……感謝する」
レイの苦しそうだった表情が少し和らいだのを見て、旋は少しほっとして「うん」と返事をする。
体内の異常な暑さの所為で既に汗だくの旋を見て、レイは眉間にシワを寄せた。執着のテンシの
「すまぬ……」
レイは割れ物に触れるように、旋の手を取り、頭を下げる。突然の言動に戸惑う旋に、レイは「痛い思いをさせて……すまぬ」と言った。
そこでようやく、レイは火傷の事を謝っているのだと気がついた旋は、ニッと笑って見せる。
「これくらい平気だ。そもそもこれはジブンが勝手にやったことだし、レイが謝る必要はないだろ」
「しかし――」
「それに! 今はそんなことより、ゲームをクリアするのが先だろ?」
「……そう、だな……」
旋は真剣な顔で、レイの手をぎゅっと握った。レイは少し歯切れが悪い返事をしつつも、ゲームに集中しなければと、気持ちを切り替える。
それを感じ取った旋はレイから手を放し、自分の首筋にもひんやりシートを貼り、大剣を作り出す。
「二つ目のミッションは確か、『大蛇から牙を奪え』だったよな?」
「あぁ……我が大蛇をコントロールしてはいるが、口に手を突っ込むのは止めておくべきだろう。念の為、大蛇の顔を斬り落としてから、牙を奪うといい」
「分かった」
旋はレイの指示通り、
「次は『執着のテンシと契約相手の意識を繋ぐ紐を三本、奪った牙で断ち切れ』だったな」
「あぁ……牙で手を切らぬよう、気をつけるといい。紐は切ってしまえば、挿さっている側は自然と腐り落ちる……。故に、無理に紐の根元を狙わず、切りやすい位置から切るといい」
「うん、分かった」
旋はそう返事をするとまず、レイのうなじに挿さっている一本の紐を切った。次に、背中に挿さっている紐の除去に取りかかる。紐は少しばかり硬いものの、旋は順調にそれらを切り落としていく。
その間、レイは熱い息を吐き、少し表情を歪めながらも、顔を斬られた大蛇をじっと睨みつけている。
一本目の紐が切れると、大蛇は羽を消費して、徐々に顔を再生させていく。回復速度が上がり、元の姿に再生したのは、旋が二本目の紐を切り終えた時だった。自分より背の高いレイの後ろにいる旋は、それに気づいていない。
レイは刀を作り出し、大蛇に突きつけた。それでも先程とは打って変わって、大蛇は一切、怯む事なく
「旋、三本の紐を切り終えた
「へ……」
レイの言葉に旋は一瞬、手を止めて、目をぱちくりさせる。しかし、すぐさま大きく頷き、どこかうれしそうな顔と声で「任せてくれ!」と返事した。
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