第29話 レイ・サリテュード=アインビルドゥング②

 それから百年程の月日が流れた頃。ついにの扉が開き、レイの前に適性相手が現れた。


 契約者の名はいとジュン。一般社会で生まれていれば、小学五年生になる歳の……ルーザーの少年だ。彼はこの歳で、ゲームに参加したいと運営に志願し、自力でレイの待つまで辿り着いた。


「おれは糸樹ジュン。よろしく。マオウのおにいさん」

 ふわふわの赤茶髪。クリクリとした大きな眼と長いまつげ、漆黒の美しい瞳が特に目を引く、年齢よりも幼く見える顔立ち。色白で少しモチッとした肌。小さな体には、少し大きめのアリスブルーの長袖シャツと、黒色のオーバーオールを身に纏っている。


 レイはジュンと対面した際、彼のあまりの可愛らしさに、父性に近い感情が芽生えた。その一方で、ジュンがルーザーであるを憂い、悲しんだ。




 契約完了後、の外で待ち伏せしていた、複数の恐怖のテンシによる襲撃に遭うが、その身を挺してジュンを守り切る。


「ありがとう」

 お礼を言ったジュンの体が、微かに震えている事に気がついたレイは、相棒を必ず守ると心に固く誓う。


 それ以来レイは一切、ジュンの傍を離れないどころか、抱きかかえて移動するなど、異常な程、彼に密着していた。レイの庇護欲の対象となっている当の本人は、常に無表情で特に拒否もしない為、完全になすがままになっている。


 ファシアスはその様子を、自身の能力を駆使して神殿の中から、苦笑いを浮かべながら見守っていた。


 レイはファシアス以外がジュンに近づくと、その相手を威嚇し、追い払う。挙句の果てには、幼いジュン子供の事を心配し、様子を見に来たミナトまで睨みつける始末。正確には、ミナトの近くにいるノワールとけいすけをだが……。


 けれども、ゲリラゲーム時に、ミナトを守るノワールの姿を見て、彼らの評価は改めた。だが、慧介からは妙な殺気を感じ、少なくとも彼と関わっている間はミナトとノワールにも、ジュンを近づかせない事を心に決める。


 ファシアスが待機している神殿に出向く際も必ずジュンを連れて行き、入浴や睡眠時まで一緒。ジュンが中学に上がってからもそれは変わらず、流石のファシアスも呆れ返っていた。






「御前さんは少々、過保護過ぎる。これではジュンに友が出来んじゃろう。と言う事で、俺の相棒を紹介する!」


 ジュンが中学三年生になった頃。レイの過保護っぷりを見かねたファシアスが、久しぶりにできた自身の相棒……おとなしめぐるを紹介する。

 旋とジュンはどこか似ているところもあり、仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。


「ファシアス……ジュンが笑った……」

「いや……そりゃあ、ジュンも笑うじゃろ……」


 旋と模型やジオラマを作っているジュンは時々、微かに笑う。二人で次は何を作るか話し合う際も、積極的に言葉を発し、楽しそうだ。そんな見た事ないジュンの表情にレイは驚き、ファシアスに複雑そうな顔を見せる。


 レイはジュンに気心知れた友人ができた事を喜ぶ反面、少し寂しさも感じていた。そのレイの感情を察したファシアスは微笑み、「御前さんもジュンと会話してみてはどうじゃ?」と提案する。そこでようやく、ジュンを守るのに必死で、あまり会話はしてこなかった事に気がついたレイは、素直に「うむ……」と頷いた。


「その……今日は楽しかったか?」

 同日の夜。普段ならそんな事を聞いてこないレイの唐突な質問に、ジュンは僅かに目を見開く。けれど、すぐにコクンと頷き、「楽しかった」と微笑む。


 それだけでなく、「今度はれいも一緒に作ろう。模型とか」と、ジュン自ら誘いの言葉をかけてくれた。それが心の底から嬉しくて、レイは「勿論だ」と表面上はクールな返事をしつつも、即座に旋の部屋を訪ね、ファシアスに報告する。


 言葉少なな彼らなりに会話を重ね、必要以上の身体的接触は減った分、心の距離は縮まり、レイの寂しさも薄れたかに思われた。のだが――






「れい。もうベタベタしないでほしい」

 ――レイの寂しさを加速させたのは、ジュンが高校生になった頃だった。ジュンのその一言に、レイはショックを受け、思わずその場に片膝をつく。


「何故……」

「なぜって。おれはもう高校生だ。昔は気になんなかったけど。いい加減うっとうしい」


 身体的接触が減ったと言っても、完全になくなった訳ではない。相変わらずレイは過保護で、どこかへ移動する際には、未だにジュンを抱きかかえている。


 だが、あんなに小さかったジュンも、男子高校生の平均身長を優に超え、旋と一センチしか変わらない。アリスブルーのフード付きマントの下には、こうりゃく学園高等部の制服をきちんと着用している。


 心身共に成長したジュンからすれば、いい加減、幼い子供扱いは止めてほしいのだが、レイはその辺をわかっていない。それ故、レイは『レイがジュンを鬱陶しと思っているのだと、彼に誤解させしまった』と盛大な勘違いをし、首を横に振る。


「高校生だからどうしたと言うのだ……。我はジュンの事を鬱陶しいなどと思っていない。周りが何と言おうと、我にだけは寂しさを隠さなくていい」

「あのさ。自分はこうだから相手も同じ。れいってそう思ってるみたいだけど。違うから」


 ジュンに呆れ口調で淡々と言い放たれ、レイはすぐに己の勘違いに気づくと同時に、酷く落ち込んだ。その出来事をファシアスに相談するが当然、彼には呆れられてしまう。


「レイ、御前さんはもう少し、他者に寄り添いんしゃい」

 ファシアスは少し困ったような顔で、レイを優しく叱った。滅多に誰かを叱る事のないファシアスの、凛とした言葉に、レイはジュンの希望通り、適切な距離を保とうと心に決める。


 けれど、ジュンとファシアスの言葉を、完全には理解できないまま――相棒と友を失った。






 心身共にボロボロのレイは、ほぼ無意識に、地面に転がる旋を抱きかかえる。彼の頬は意識を手放す前に流した涙に濡れており、レイはそれを虚ろな目で見つめた。


「すまない……」

 旋に対する謝罪を呟くと同時に、一筋の涙が落ち、酷く胸が痛んだ。


 その後、「こんな悲しい記憶、あっても辛いだけだろう。全て忘れた方が幸せだ」と決めつけ、めっ色の石がついた特別な指輪を作り出す。そして、指輪の力を使って旋の記憶を奪い、運営や彼の事をよく知る者達に伝えた。


「旋くんの許可なく、どうしてそんな勝手な事をしたの? レイさん」

「ほんとそれ。てか、旋っちに今すぐ記憶を返すべきだと思うんダケド」


 レイは運営だけでなく、ミナトやにも叱られた。だが、が増えた運営なら兎も角、ミナトと奈ノ禍が怒っている理由がレイにはわからない。


 だからこそ、一時的に帰宅する事が決まった旋が再び、皇掠学園に戻ってきて再会しても、初対面のフリをしてくれと皆に頼んだ。レイの揺るがない意思に、ミナトと奈ノ禍は渋々、了承するしかない。


 旋と特に仲が良かった者達の死を知ると、尚更、記憶を奪って良かったとレイは思った。大切な者達を失った痛みを初めて知ったレイは、これは自分への罰だと感じたからだ。


 相棒と友を守れなかった、自分への罰。しかし、ただのヒトである旋には罪はなく、当然、罰を受ける必要もない。自分だけが罪と罰を背負い、何も悪くない旋は全て忘れて、幸せになるべきだ。


 レイは本気でそう思い、旋の記憶を指輪滅紫色の石に閉じ込めた。

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