第29話 レイ・サリテュード=アインビルドゥング②
それから百年程の月日が流れた頃。ついに
契約者の名は
「おれは糸樹ジュン。よろしく。マオウのおにいさん」
ふわふわの赤茶髪。クリクリとした大きな眼と長い
レイはジュンと対面した際、彼のあまりの可愛らしさに、父性に近い感情が芽生えた。その一方で、ジュンが
契約完了後、
「ありがとう」
お礼を言ったジュンの体が、微かに震えている事に気がついたレイは、相棒を必ず守ると心に固く誓う。
それ以来レイは一切、ジュンの傍を離れないどころか、抱きかかえて移動するなど、異常な程、彼に密着していた。レイの庇護欲の対象となっている当の本人は、常に無表情で特に拒否もしない為、完全になすがままになっている。
ファシアスはその様子を、自身の能力を駆使して
レイはファシアス以外がジュンに近づくと、その相手を威嚇し、追い払う。挙句の果てには、幼い
けれども、ゲリラゲーム時に、ミナトを守るノワールの姿を見て、彼らの評価は改めた。だが、慧介からは妙な殺気を感じ、少なくとも彼と関わっている間はミナトとノワールにも、ジュンを近づかせない事を心に決める。
ファシアスが待機している
「御前さんは少々、過保護過ぎる。これではジュンに友が出来んじゃろう。と言う事で、俺の相棒を紹介する!」
ジュンが中学三年生になった頃。レイの過保護っぷりを見かねたファシアスが、久しぶりにできた自身の相棒……
旋とジュンはどこか似ているところもあり、仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。
「ファシアス……ジュンが笑った……」
「いや……そりゃあ、ジュンも笑うじゃろ……」
旋と模型やジオラマを作っているジュンは時々、微かに笑う。二人で次は何を作るか話し合う際も、積極的に言葉を発し、楽しそうだ。そんな見た事ないジュンの表情にレイは驚き、ファシアスに複雑そうな顔を見せる。
レイはジュンに気心知れた友人ができた事を喜ぶ反面、少し寂しさも感じていた。そのレイの感情を察したファシアスは微笑み、「御前さんもジュンと会話してみてはどうじゃ?」と提案する。そこで
「その……今日は楽しかったか?」
同日の夜。普段ならそんな事を聞いてこないレイの唐突な質問に、ジュンは僅かに目を見開く。けれど、すぐにコクンと頷き、「楽しかった」と微笑む。
それだけでなく、「今度はれいも一緒に作ろう。模型とか」と、ジュン自ら誘いの言葉をかけてくれた。それが心の底から嬉しくて、レイは「勿論だ」と表面上はクールな返事をしつつも、即座に旋の部屋を訪ね、ファシアスに報告する。
言葉少なな彼らなりに会話を重ね、必要以上の身体的接触は減った分、心の距離は縮まり、レイの寂しさも薄れたかに思われた。のだが――
「れい。もうベタベタしないでほしい」
――レイの寂しさを加速させたのは、ジュンが高校生になった頃だった。ジュンのその一言に、レイはショックを受け、思わずその場に片膝をつく。
「何故……」
「なぜって。おれはもう高校生だ。昔は気になんなかったけど。いい加減うっとうしい」
身体的接触が減ったと言っても、完全になくなった訳ではない。相変わらずレイは過保護で、どこかへ移動する際には、未だにジュンを抱きかかえている。
だが、あんなに小さかったジュンも、男子高校生の平均身長を優に超え、旋と一センチしか変わらない。アリスブルーのフード付きマントの下には、
心身共に成長したジュンからすれば、いい加減、幼い子供扱いは止めてほしいのだが、レイはその辺を
「高校生だからどうしたと言うのだ……。我はジュンの事を鬱陶しいなどと思っていない。周りが何と言おうと、我にだけは寂しさを隠さなくていい」
「あのさ。自分はこうだから相手も同じ。れいってそう思ってるみたいだけど。違うから」
ジュンに呆れ口調で淡々と言い放たれ、レイはすぐに己の勘違いに気づくと同時に、酷く落ち込んだ。その出来事をファシアスに相談するが当然、彼には呆れられてしまう。
「レイ、御前さんはもう少し、他者に寄り添いんしゃい」
ファシアスは少し困ったような顔で、レイを優しく叱った。滅多に誰かを叱る事のないファシアスの、凛とした言葉に、レイはジュンの希望通り、適切な距離を保とうと心に決める。
けれど、ジュンとファシアスの言葉を、完全には理解できないまま――相棒と友を失った。
心身共にボロボロのレイは、ほぼ無意識に、地面に転がる旋を抱きかかえる。彼の頬は意識を手放す前に流した涙に濡れており、レイはそれを虚ろな目で見つめた。
「すまない……」
旋に対する謝罪を呟くと同時に、一筋の涙が落ち、酷く胸が痛んだ。
その後、「こんな悲しい記憶、あっても辛いだけだろう。全て忘れた方が幸せだ」と決めつけ、
「旋くんの許可なく、どうしてそんな勝手な事をしたの? レイさん」
「ほんとそれ。てか、旋っちに今すぐ記憶を返すべきだと思うんダケド」
レイは運営だけでなく、ミナトや
だからこそ、一時的に帰宅する事が決まった旋が再び、皇掠学園に戻ってきて再会しても、初対面のフリをしてくれと皆に頼んだ。レイの揺るがない意思に、ミナトと奈ノ禍は渋々、了承するしかない。
旋と特に仲が良かった者達の死を知ると、尚更、記憶を奪って良かったとレイは思った。大切な者達を失った痛みを初めて知ったレイは、これは自分への罰だと感じたからだ。
相棒と友を守れなかった、自分への罰。しかし、ただのヒトである旋には罪はなく、当然、罰を受ける必要もない。自分だけが罪と罰を背負い、何も悪くない旋は全て忘れて、幸せになるべきだ。
レイは本気でそう思い、旋の記憶を
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