第32話 ゲーム終了……?

 ――時は、めぐるとレイがゲームをクリアした直後までさかのぼる。


「クリアはしたみたいだけど……大丈夫かな、旋くんとレイさん」

「うむ、レイ・サリテュード=アインビルドゥングに何かあったようだなァ。まァ、彼は不死なのだから心配する必要はないだろォ」

「いや、そーゆー問題じゃないでしょ! とにかく爆速でクリアして、二人の無事を確認しないとっ!」

 ミナトはそう言いながら大蛇の口に自分の手を突っ込み、容赦なく根元から牙をへし折った。その素早い行動を目にしたノワールは「うわあァァァ!」と叫び、涙目になっている。


「え、なになに、どうかしたの? ノワにぃ」

「ミ、ミナトくん……君は一体、何をしているんだァ! 私に確認も取らずに大蛇テンシの口に手を突っ込んで……万が一、何かあったらどうする気だァ!」

「大丈夫! 信じてるから、ノワにぃのこと」

「それは嬉しいが、念のためミッションごとに確認を……と言ってるそばから勝手に進めるのはやめろおォ!」

 ミナトは話を聞きてはいるものの、焦るノワールをよそに、せっせと紐を切り始める。


「ホント過保護だよね~ノワにぃって」

 ミナトは呑気な声でそう言いながら、あっという間に三本の紐を切り終えた。その後、間髪入れずに牙をポイっと捨て、最後のミッションに取りかかる。そこからも大して時間はかからず、ミナトは蹴り技で、ノワールは主に触手でテンシを倒し、無事ゲームクリアした。






「――大丈夫だった? 旋くん、レイさん」

 ノワールと共に地上へ降りたミナトは、旋とレイを心配そうな顔で交互に見て、問いかけた。


「ジブンは大丈夫です。けど、レイが――」

「我は不死である故、ヒトに心配される事など何もない。それより己の身を案ずるべきだ。なばりミナト、貴様はさっさとこれを飲み給え。ついでに貴様の相棒にも飲ませてやるといい」

 レイは旋の言葉を遮ると、水入りのペットボトルを二本作り、ミナトとノワールに差し出した。彼の発した言葉に旋は複雑そうな顔をして、ミナトに視線を向ける。すると、ポカンとした表情のミナトも、旋の方を見ていた。


 旋とミナトは目が合うと、どこか通じ合っているような、困り顔で笑う。そんな二人を見て、それぞれの相棒はいぶかしげな表情をしている。


「ミナトくん、何をしているゥ。いつまでもおとなし旋と見つめ合っていないで、早くお水を飲むべきだァ」

「うん。そうだね、ノワにぃ。お水ありがとう、レイさん」

「礼には及ばぬ」

 レイからペットボトルを二本とも受け取ったミナトは、一本はノワールに渡してから水を呷る。ノワールはミナトがしっかり水分補給をしているのを確認してから、触手で蓋を開け、口を大きく開いて水を流し込む。


 そよ風が、ミナトの額や首筋を撫でた。


「生き返った~」

「生き返ったぞォ」

 声が重なったナバリ兄弟の姿を、旋は微笑ましそうに見た。しかし、すぐに真面目な顔をして、「ところでミナトさん」と話しかける。


「まさか、ジブン達がゲームをクリアするまで、テンシの体内で待ってました?」

「いやいや、そんなことしてないよ~」

「だったらどうして、ジブン達より後にクリアしたんですか?」

「それはほら、ゲームが始まる前に、かなり執着されてるって話したでしょ? だから他の生徒より難易度上げられてるんだ~執着のテンシに」

「そう、だったんですね……」


 普段と変わらない態度で、旋の目を真っすぐ見つめたまま、ミナトはさらりと嘘をつく。なお、本当に難易度を上げられている時もある為、完全に嘘と言う訳ではない。今、口にした事は間違いなく、嘘だが……。


 しかし旋は純粋なため、ミナトの言葉をすんなり信じて、引き下がってしまった。一方、レイは何も言わないものの、眉間にシワを寄せ、ミナトに疑いの眼差しを向ける。


 ちなみにノワールは流石に懲りたのか、ソワソワしつつも大人しく口を閉ざしている。


「それよりさ旋くん、ある程度、体力が回復したらリツちゃんのとこに行ってあげて?」

「え……けど、手助けはできないんじゃ……」

「うん。ゲームのはね。でも、は別。チームもエリアも関係なく、加勢して大丈夫だよ~」

「そのアクシデントって一体……」

 旋の問いに答えるのを、ミナトは少し躊躇ためらうが、真剣な顔で口を開く。


「……ゲームをクリアできなかった生徒がいた場合、執着のテンシが生き残るでしょ? それをクリアした子たちで倒さないといけないんだぁ。仮に、契約相手が“乗っ取り”に成功したとしても……の内容によっては、やっぱりクリアした子たちが狙われる。例えば、『誰かを道連れに……』ってが強かったりしたらね……」

 ミナトは言葉を選ぶように、慎重に話していく。それを最後まで聞いた旋は、苦々しい顔で「運営は……それをアクシデントと呼んでるんですね……」と言う。


「うん……。正直、誰かがゲームクリアできなかったら……とか、考えたくはないけどさ。念のため、リツちゃんのとこに行ってあげて。オレたちも、遅れてあっちに向かうからさぁ」

「分かりました。レイ、リツとしゅうさんがいるエリアに向かってもいいか?」

 旋の心は決まっているのだが、レイの許可を得るために、真剣な瞳で彼を見上げた。レイはじっと旋の目を見つめ返し、ふぅ……と息を吐くと、首を縦に振る。


「構わない。だが、無理はしていないだろうな?」

「うん。かなり体力は回復したし、無茶もしないから安心してくれ」

「承知した。ただし、もし少しでも己の身に異変が生じた場合は、必ず我に声をかけよ」

「うん。ありがとう」

「礼には及ばぬ。いや、及ぶかもしれぬ……」

「ははっ……受け取ってくれてありがとう」

 旋とレイのやり取りから、二人のわだかまりが解けたのだと、ミナトとノワールは察する。それゆえに彼らは顔を見合わせ、“記憶の件”は今すぐ聞く必要はないだろうと判断し、頷き合った。


「それじゃあ、ジブン達はリツと愁詞さんの元に向かいます。ミナトさんとノワールさんは無理せず、ゆっくりしててくださいね。あ、それからこれ、良かったら使ってください」

 旋はそう言いながら、レイと自分も貼っている“ひんやりシート”を複数枚作り出し、ミナトに手渡す。


「うん。ありがと~。気をつけてね」

「はい!」

 旋は元気よく返事をすると、リツ達がいるエリアに向かって駆け出し、レイもそれに続く。


 旋とレイの背中が見えなくなると、ミナトは苦しそうな息を吐き、ノワールと向かい合ってから彼にもたれかかる。


「……ごめん、ノワにぃ。流石に、ちょっときついかも……」

「全くゥ……鳴無旋達の前だからとやせ我慢をしてェ……」


 ノワールは呆れながら、旋からもらったひんやりシートをペタペタとミナトに貼っていく。


 気持ちの良いそよ風が、ミナトの体を何度も通り抜ける。


「へへ……だって、カッコつけたかったんだもん」

「“心配させたくなかった”の間違いだろォ」

「……気持ちよく送り出したかったからね」

「まぁなんでもいいが……鳴無旋達を行かせてよかったのかァ? 彼らは強いのだからの戦力に――」

に、旋くんとレイさんを巻き込む気はないよ」


 ミナトは真面目な声音でそう言うと一旦、しっかり立ち上がり、レイからもらったペットボトルの水の残りを飲み干した。それから「少しきゅーけー」と呟くと、再びノワールに体を預ける。


「ミナトくんらしい判断だァ。まァ……彼らを巻き込んでもしもの事があれば、私も目覚めが悪いからなァ……。これで良かったのだろォ」

「でしょ?」

「うむ。それに、ミナトくんの事は私が守ればいいだけだからなァ」

 ノワールはそう言いながら、ミナトの頭を優しく撫でる。


「……一方的に守られるのは好きじゃないんだけどなぁ」

 ミナトは不満そうにそれだけ言うと、目を閉じた。彼の背中にはまだ、黒薔薇に似た翼が残っているのもあり、今のミナトとノワールはの兄弟に見える。

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