第23話 執着のゲーム開始前 前編

 スッと目を開いたミナトは、「センパイ……」と小さく呟いた。彼の腹の上にいるアッシュはまだ眠っており、可愛らしい寝息がミナトの耳にも届く。


 執着のテンシのゲーム前夜になるとミナトは必ず、つる兄弟と過ごした日々の出来事を、断片的に夢で見る。そして、けいすけとラティゴがオブセシオンの体内に取り込まれ、ゲームオーバーになったところで大抵、目を覚ます――。眠りから覚めない時は、更にも、夢で見る場合もある。


 ――あの時、ミナトは酷く動揺していたのもあり、『自分を盾にする』以外に悧音とノワールを止める方法が思いつかなかった。しかし、あんな行動に出てしまった事をミナトはずっと後悔しており、それを思い出す度に罪悪感に苛まれる。


「ミナト殿、おはようなのだ」

「おはよ、アッシュさん」

 目を覚ましたアッシュは、腹から胸へのそのそ移動すると寝ぼけ眼でミナトの顔を覗き込み、小さな声であいさつをする。ミナトは小声で挨拶を返し、アッシュを抱きかかえるとゆっくり上体を起こし、隣のベッドを見た。


「おはよ、めぐるくん」

「旋殿もおはようなのだ」

 ミナト達よりも少しだけ早く目を覚まし、ベッドに座ってぼぅとしていた旋は、「おはようございます」と言葉を返した。


 彼らが今いる場所は、訳アリ生徒専用の男子寮だ。寮と言っても、外装と内装はまるで高級ホテルのような見た目をしている。

 この学園に転入して間もない頃、『ノワールテンシと同じ建物では眠れない』と他の生徒から言われた事で、ミナトは長らくここで暮らしてきた。なお、過去には武鶴義兄弟とこの寮で寝食を共にしており、現在は炎の銃使いさきこう寿じゅが上の階の一室を寝床にしている。


 旋は昨夜、高等部男子寮には戻らず、ミナトの部屋にお邪魔する事となった。寝ている間にレイがまた記憶を奪う可能性があるとミナトは考え、旋をこの寮に招待したからだ。


「ちゃんと眠れた? 旋くん」

「正直、あんまり眠れなかったです……」

「だったらまだ時間はあるし、もう少し眠っててもいいよ?」

「いえ、大丈夫です。少しでも早く、レイと話し合いたいので」

 旋はそう言うと、ベッドから立ち上がり、すぐに部屋から出ようとした。


「あのさ……とりあえず、先に朝ご飯食べない?」

 思いつめた表情の旋が心配になったミナトはそう声をかけ、アッシュを抱きかかえたまま立ち上がる。

「む! 旋殿、本日のゲームに万全の状態で臨む為にも、食事はとっておいた方がいいと思うのだ」

 アッシュはミナトの提案に頷き、そう助言する。彼らの言葉に、旋は少し考えた後、素直に提案を受け入れた。


 旋とミナトは身支度を整えると、アッシュと共に、同じ階の空き部屋へ向かう。ミナトがその部屋の扉を開くと、触手で拘束されたレイと、彼を見張っていたノワールの姿が見えた。


 ミナトとアッシュが部屋の中に入った瞬間、ノワールはレイの拘束を解き、彼らに絡みついた。

「一晩中、レイ・サリテュード=アインビルドゥングと二人きりはなかなかキツイものがあった……。私は今、ものすごく癒しを求めているゥ。さぁ、頑張った私を癒してくれェ……」

「ん。ありがとう、ノワにぃ」

「ノワール殿、お疲れ様なのだ」


 心なしか触手がしおれているノワールを、ミナトとアッシュは優しく撫でた。一方、旋とレイは向かい合ってはいるが、無言で微妙に視線を逸らしている。そんな二人を、ミナトはさり気なく交互に見た後、わずかに眉毛を下げた。


 この場にいる五名で一階の食堂に向かい、“リュウジン族”の料理人が作ってくれた朝食をとってから、話し合いが始まった。ミナト達立ち合いの元、旋とレイは時間の許す限り、自分の意見を言い合う。だが、お互いに一歩も譲らず結局、平行線のまま解決には至らなかった。






 ゲーム開始、約一時間前。軽く昼食をとった後、ミナトは「少し寄るところがあるから」と言って旋達と一度、別れて休息エリア内にある診療所へと向かう。


 この島ではゲームなどで怪我をしても、治癒能力が使える種族によって、どんな傷でもすぐに治してもらえる。ゆえに、診療所のベッドは使われていない事の方が多い。だが、八ヵ月程前から意識が戻らない生徒が一人、ベッドで眠り続けている。


 診療所に足を踏み入れたミナトは、一番奥の部屋の扉を控えめにノックしてから、そっと開いた。ミナトに続いて、小さな白い翼をパタパタさせながらアッシュも部屋の中に入り、目を閉じベッドに横たわるつるおんを見つめる。なお、ノワールは診療所の外で待機中だ。


 悧音は八ヵ月程前に参加したゲーム終了後に倒れてからずっと昏睡状態で、一向に目覚める気配がない。そんな彼の様子を、ミナトとアッシュは定期的に見に来ている。


「今回も絶対に生きて帰ってくるから……早く目を覚ましてね、悧音くん……」

 ミナトはそう言いながら悧音の頭を撫で、枕元に座っているアッシュの方を見た。


「悧音くんのことよろしくね、アッシュさん」

 案内状には『一体の契約相手と共に』と書かれていた為、今回アッシュはゲームに参加できない。


「む。任せてほしいのだ。ミナト殿、絶対にノワール殿と共に、帰ってくるのだぞ」

「うん。ありがとう。いってきます、アッシュさん……悧音くん」

「いってらっしゃいなのだ」

 どこか心配そうな表情のアッシュと、悧音に手を振りながら、ミナトは静かに部屋を出た。


「お待たせ、ノワにぃ。んじゃ、合流しよっか~旋くん達と」

「……うむ」

 診療所の外に出た途端、ノワールに絡みつかれ、ミナトは少し困ったように笑いながら触手を撫でた。


「も~また不機嫌になってるでしょ~?」

「なっているに決まっているだろう?」

 ミナトが悧音の様子を見に行く度に、ノワールは不満をあらわにする。だから毎回、機嫌を直してもらおうと、ミナトはノワールをぎゅっと抱きしめる。


「ノワにぃ、大好きだよ」

「……ミナトくん、それを言えば私の機嫌が直るとでも?」

「直んないの~?」

「……今なおった。愛しているよ、ミナトくん」

「へへっ……」


 ミナトは照れ笑いを浮かべ、ノワールを抱きしめる力を強めた。ノワールは複数の触手でミナトの頭や背中を優しく撫で、もう一度「愛している」と呟く。


「今回も絶対に生き残ろうね、ノワにぃ」

「当たり前だ。私は絶対に死なせはしない」


 ミナトはノワールの言葉に、少し複雑そうな表情をしつつも、「ありがと」と言う。それから彼らは、密着させている体をゆっくり同時に離し、旋達との待ち合わせ場所に向かって歩き出した。

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