第24話 執着のゲーム開始前 後編

 地面に七角形のモノクロタイルが敷き詰められた、フリースペース内にある噴水前。そこで、おとなし兄妹とそれぞれの相棒が、ミナトとノワールを待っていた。


「その……今日はなんだかやけに、めぐるにぃとレイサンがギスギスしてるっすね……」

「だよね~……理由は分かんないケド……とにかく良くない状況ってコトだけは確定してる感じ……?」


 リツは目の前にいるとレイの間に流れる険悪な雰囲気に困り果て、相棒のに小声で話を振った。奈ノ禍は思い当たる節があるものの、確証が持てない為、曖昧な言葉を返す事しかできない。


 普段から無口なレイも旋となら割と会話するが、今はいつも以上に険しい表情でずっと黙り込んでいる。旋は最初こそ、リツと奈ノ禍だけでなく、レイにも普通に話を振っていた。しかし、レイが全く反応を示さない事に腹を立て、黙り込んでしまった。


 リツは昨夜、旋と電話で話したが、レイとの間に起きた事は何も聞かされていない。ゆえに、リツと奈ノ禍はただ、戸惑う事しか出来ずにいた。


「旋くーん! お待たせ~! あ! 久しぶり~奈ノ禍ちゃん」

 重苦しい空気が漂うこの場所に、リツ以外は聞き覚えのある声の主がやってくる。その人物……男子大学生のなばりミナトを視界に捉えた奈ノ禍はふわりと飛び上がり、彼の前に着地した。


「ちょちょちょ、! 旋っちとれいれいのコトなんダケド……」

「あ~……ノワにぃがね、旋くんの記憶のこと、本人にバラしちゃってさぁ……」

「え~……てば口軽すぎっしょ……」


 ミナトの一言で大体の事を察した奈ノ禍は、ノワールをジト目で見つめる。小さくなってミナトの肩に乗っているノワールは全く悪びれる様子もなく、「わざとではなァい」と言った。そんなノワールにどうこう言っても無駄だと判断した奈ノ禍は、ミナトの方に視線を戻す。


「もうこの際、旋っちに記憶を返しちゃえばいいのに……れいれいって頑固そうだし、やっぱ拒否ってる感じ?」

「うん。じっくり話し合いはしてたんだけど結局、平行線のまま終わって、あんな状態なんだよなぁ……」

「旋っちとれいれいってば全然、大丈夫じゃなさそうじゃない? 今日は執着のテンシが相手だから余計に心配なんダケド……」

「う~ん……まぁ、もしもの時は、なんらかの形でオレがきっちり責任は取るよ。もちろん、ノワにぃも一緒に、ね?」


 そう言いながらミナトは肩に乗っているノワールを抱きかかえ、自分の目の前に移動させる。その言葉に奈ノ禍とノワールは一瞬、固まり、ミナトをじっと見た。彼は笑顔でノワールを見つめているものの、目には静かな怒りのようなものが宿っている。ミナトに真っすぐその瞳を向けられたノワールは、ゾクゾクと全身を震わせ、黙ってコクリと頷く。


 ミナトはノワールの反応に満足したようで、優しく微笑むと奈ノ禍の方に視線を戻す。ミナトと目が合った瞬間、奈ノ禍は彼から聴こえてくる陽気な“音楽”に、微かだがノイズが混じっている事に気がつき、ゾッとする。


「何するつもりか知んないケド、ミナっちが責任感じる必要は――」

「ところでさ、後ろにいる子って相棒ちゃんだよね? 奈ノ禍ちゃんの」

 奈ノ禍が慌てて発した言葉を遮り、ミナトはリツの方を見て、そう問いかける。


「え……うん。あーしの相棒で、旋っちの妹のリッツーだよ」

「鳴無リツ、中学三年生っす!」

 突然の問いに戸惑いながらも、奈ノ禍はミナトのほんわかした雰囲気に流され、リツを彼らに紹介する。その流れで、リツは元気よくフルネームと学年を告げた。


「オレは大学三年生の隠ミナト。そんで、腕の中にいるがオレのにぃちゃんでテンシの――」

「ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ!」

 ノワールはミナトの腕の中で素早く体の向きを変えると、彼の紹介を遮って自らフルネームを名乗った。そのあまりの長さに旋と同じように、リツもポカンとしている。


「聞こえていなかったのかァ? 仕方ない、もう一度だけ名乗ってあげよう。私の名はノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェだァ!」

 体内から狼に似た顔をヌッと出したノワールは、『やれやれ』と言いたげにもう一度、名乗る。


「えっと……ノワール・ローザ=パーシャリティー=クマノ・ナバリ=クエルフ・エルカム・リムシェサン……で合ってるっすか?」

「合っているぞォ!」


 ノワールはフルネームを覚えてもらえた事が嬉しくて、“ぐわっ!”と大口を開け、黒薔薇の翼をバサッと広げる。どうやらリツはその姿ポーズがツボだったようで、「へへっ……」と小さく笑う。


「かわいいテンシサンっすね!」

「うんうん、ノワにぃってかわいいよね~」

「む……? いや、君達の方が可愛いと思うが……」


 リツとミナトはほんわかオーラを放ち、笑顔で意気投合している。ノワールは自分が『かわいい』と言われ、困惑しながら珍しく落ち着いたトーンで本音を口にした。なお、口には出さないが、奈ノ禍もノワールと同じ事を思っている。


「それにしても、妹ちゃんは怖がらないんだね、ノワにぃのこと」

「昨日の夜、旋にぃから電話で少しだけ話は聞いてたっすからね。それにアタシは、こうやって人と仲良くなれるテンシサンもいることが分かってうれしいっす!」


 リツの言葉にミナトは感激し、思わずノワールを強く抱きしめてしまう。

 ノワールはリツの本音と、ミナトに抱きしめられた事両方に喜びを感じ、口元をほころばせる。


「気に入った! 君にも鳴無旋同様、『ノワールさん』と呼ぶ事を許可しよう!」

「ありがとうございます! これからよろしくお願いするっす! ノワールサン、隠サン」


 リツは握手をするようにノワールの触手を一本、優しく掴んでニコッと微笑む。その行動と表情が一瞬、別の少女と重なって見えたミナトは目を丸くし、思わず奈ノ禍の方に視線を向ける。


「ふむ……鳴無旋から聞いていた通り、君は——」

「ノワにぃストップ。なんでもかんでも口にするのはいい加減、やめてね?」

 ミナトは、ノワールが何を言おうとしているのか即座に察し、彼の口を押さえながら言葉を遮った。


「なんでもないから気にしないで? それより、オレのことも気軽に名前で呼んでほしいな~。旋くんも『ミナトさん』って呼んでくれてるしさ」

「はいっす! ミナトサン!」


 首を傾げるリツにミナトはニコッと微笑みかけながら、さり気なく話を逸らす。

 リツは少しばかりノワールの言葉が気になったものの、深入りしない方が良い話なのだろうと判断し、素直に言葉を返した。


──別に、あーしにそんな気ぃ遣ってくれなくていいのに……。


 奈ノ禍はそう思いながらミナトを見つめ、“ありがと”と口を動かす。それに気づいたミナトは苦笑いで、“ごめんね”と返した。


 ミナトと奈ノ禍のそのやり取りもリツは気になったが、何も聞けずにただソワソワする事しかできない。そんな彼女の元へ、不意にふわりと冷気が飛んできて、手足や首周りに纏わりつくような感覚がした。反射的にリツはキョロキョロと辺りを見渡すが、頭に思い浮かべる人物の姿は見えない。


「リッツー、どうしたの?」

「へ! な、なんでもないっす!」

 奈ノ禍に顔を覗き込まれ、リツは慌てて誤魔化した。奈ノ禍の前で、の名前を口にするのは良くないと思ったからだ。


 リツ達がいる場所から見える位置に建つ、現在は使われていない職員寮の屋上に人影が一つ。氷雪の少女、ささは相棒のを肩にかけ、静かにリツを見つめている。


「一言くらい、声かけんで良かったんか?」

「えぇ……しゅうさんが嫌がるもの」

 玲依冴はゆきおりの問いに、無表情で答える。

 之織はそれ以上、何も言わず、ゲーム会場に向かって歩き出したリツ達を、玲依冴と共に見送った。






 わずかに時は進み――訳アリ生徒専用の男子寮……に隣接する女子寮前。

 仮面をつけた炎の銃使いさきこう寿じゅは、そこでシャボン玉の少女、あくつおとを待っていた。


「乙和……遅かったじゃないか。もう皆、会場に向かっているよ」

「……煌寿くん、『わたしはあなたを恨んでいるから必要以上に話しかけないで』って、たしか前に言ったよね? まさかもう忘れちったの?」

 ようやく寮から出てきた乙和に、煌寿は優しく話しかける。だが、乙和は冷たい瞳で煌寿を見上げ、それだけ言うとすぐに歩き出す。


「勿論、覚えているよ。けど、乙和だけまだ、ゲーム会場に向かってすらいないと、運営から聞かされて心配になってさ……」

「あなたに心配されることなんて何もないよ?」

「ふふっ……そうだね」 


 乙和は一度も振り返る事なく、真っすぐゲーム会場に歩を進める。煌寿は乙和の冷たい態度を気にする素振りは一切、見せずに彼女の小さな背中に向かって「気をつけてね」と呟いた。


 乙和の肩に乗っている彼女の契約相手、ヨウセイ族の次女スリプはクスクス笑いながら、煌寿に手を振る。今回のゲームでは留守番となった長女パララは、ニッコリ顔で煌寿の仮面を突いている。同じく留守番組のは煌寿の頭の上にちょこんと乗って、よしよしと髪を撫でた。

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