第11話 心配と涙

 めぐるは冷静になろうと一度、目を閉じ、深呼吸した。それからゆっくり目を開き、辺りを見渡し、多くのテンシの残骸に気がつく。

 今は近くにテンシはいないが、再びドーム状のバリアも張られている。


「ごめん……迷惑かけたよな」

 友人のカタキしか眼中にない旋をサポートすべく、レイは淡々と周囲のテンシを倒していた。我に返った旋は、多くのテンシの残骸を目にした事で、またもやレイに助けられたのだと察し、頭を下げる。


「迷惑などと思っていない。ただ、冷静さを失っているように見えたゆえ……少しばかり心配ではあった」

「そっか……心配かけてごめん。もう大丈夫だから。それより早くリツ達のところに行かないと」

「待て。恐怖のテンシが言っていただろう。『エリアの移動は禁ずる』と。それに恐らく、そもそも移動できぬよう、エリアごとに隔離されているに違いない」

「そんなの関係ない。ジブンは――」

「やはりまだ大丈夫ではないな。この島から逃げ出した者の末路を話したであろう。恐怖のテンシがわざわざ口にした禁止事項を破れば、それと同じような目に遭う可能性が高い。最悪の場合、貴様も妹もテンシに……今、旋がやろうとしている事は寧ろ、妹をより危険にさらすようなものだと分からないのか?」

 レイは少し語気を強め、旋の言葉を遮る。だが、徐々にいつもの話し方に戻していき、冷静に旋を諭す。


 レイの言葉に旋はハッとし、自分に対して深いため息をつく。

「……レイの言う通りだな。ごめん。止めてくれて、ありがとう」

 一時の感情だけで動いていたら、リツを更に危険な目に遭わせるところだったと、旋は反省する。


 ――大丈夫、リツは強い。だから、大丈夫だ……。


 旋は自分自身に言い聞かせるように、そう心の中で呟く。だが、どうしても不安が拭えず、暗い顔をする。そんな旋を安心させようと、レイは口を開く。


「旋の妹は決して弱くないゆえ、恐怖のテンシ如きに、後れを取る事はないであろう」

 約一ヵ月間、レイは旋と共に鍛錬に励むリツの姿も見てきた。だからこそ、恐怖のテンシが数を揃えてきたところで、リツは負けないと本気で思っている。だが、レイよりもリツをよく知る旋は、知っているからこそ不安が大きい。


「リツが強いのは分かってる。とても芯の強い子だよ。それに、ヒーローみたいにどんな状況でも絶対に、他人を見捨てたりしない。だからこそ心配なんだ」

「なるほど……その性格ゆえ、誰かを守って……と言う事か。……しかし、彼女にはしゅうがついている。彼女なら、妹を助けてくれる筈だ」

「うん。もちろん、奈ノ禍さんの事も信頼してる。だけど……戦う手段もあるとは言え、メインの能力自体はサポート向きだろ? どう考えても誰かを守りながら、百体のテンシを相手にするのは無理だ。だから加勢しないとって思ったのに……」


 とうとうその場にしゃがみ込んでしまった旋に、レイはどう声をかけるべきか悩んだ。その末に、少しでも旋を安心させようと、ある人物の話をする事にした。

「これは旋にとって、安心材料になるかは分からぬが……中等部にはが居る」

「彼女……?」

「テンシの種を集め終え、シテンシのゲームも難なくクリア出来るであろう実力を有しながら、こうりゃく学園に在籍し続ける者達がいる。あえて卒業しようとしない者もいれば、そもそもなど、事情は様々だ。彼女も恐らく、それに当確する生徒の一人。その者達の中では一番若く、経験値も低いが、強力な相棒の能力を使いこなせている。ゆえに、彼女と共闘できれば、誰かを守りながらでも勝機はある」


 ――唯一、愁詞奈ノ禍と少々、因縁がある点は気掛かりだが……。しかし、愁詞奈ノ禍も、おとなしリツを守るためなら、彼女と手を組む事を拒みはしないだろう。


 レイは最初、そこまで旋に伝える気でいたが、直前で言うのをやめた。どう考えても、不安材料にしかならないと、思い直したからだ。


 レイの話を聞いて旋はしばらく考え込んだ後、うなりながら立ち上がり、空を見上げた。その際、運動場の方へ飛んでいく、複数体のテンシを目にする。

 その次の瞬間、旋は自分の両頬を力いっぱい叩いた。


「会ったこともない子をあてにするのはなんか違う気がするけど、いつまでもウジウジ悩んでる場合でもないよな……。よし! こうなったら、ジブンは高等部に放たれたテンシを倒すことに集中する。これ以上、恐怖のテンシに好き勝手される訳にはいかないしな」

「同感だ……勿論、我も共に戦おう」

「うん、ありがとう。そんじゃあ、運動場の方に向かおう。そっちにテンシが飛んでいくのが見えたしさ」

「承知した」

 旋の言葉を受け、レイはバリアを解除した。


 真っ直ぐ運動場に向かうつもりだった旋は、F組の窓が視界に入った事で、無意識の内に校舎の方へ歩いていた。そして、地面に落ちているを見つけて拾う。それは旋が友人に頼まれ、能力は使わずに、自らの手で作ったものだった。


 友人は契約相手から、盾を無数に生み出す能力を与えられている。その盾のデザインをそのままフィギュアにして、旋は友人にプレゼントしたのだ。


 盾のフィギュアを受け取った友人は目を輝かせ、「いつでも眺められるように持ち歩くな!」と言っていた。その時、見せてくれた友人の笑顔を思い出し、旋は思わず涙を流す。


「旋……」

「ごめん、大丈夫……。行こう、テンシを倒しに」

 旋は乱暴に目元を拭うと、無理に笑ってレイを見る。彼のその表情に、レイは胸を締めつけられながらも、静かにうなずいた。

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