第10話 ゲリラゲーム

めぐる~」

 中庭の自販機近くでペットボトルの抹茶ラテを飲んでいる旋に、F組の男子生徒がの窓から声をかけてきた。彼と旋は恐怖のテンシのゲームで出会ったばかりだが、昼休みや放課後、休日もよく一緒にいる程、仲が良い。


 旋は男子生徒の声に反応し、笑顔で手を振った。すると、友人は窓から少し身を乗り出し、手を振り返してくれる。


 その時、二人に向かって、空から何かが迫ってきた。それに気づいたレイは姿を見せ、旋の背中を守るように立つと、を剣で斬り払う。しかし、旋の友人はその棘に、背中の方から胸あたりを斜めに貫かれ、ズルリと窓の外に引っ張り出された。息つく間もない程、更に三本の棘が彼を襲い、逆さまの状態で吊り上げられる。その際、血液と共に、彼のズボンのポケットからが落ちた。


 旋は限界まで目を見開き、友人の名を叫んだ。彼の手を離れたペットボトルの中身が、地面に染みを作る。

 旋の友人は何が起こったのか分からないと言いたげな表情のまま絶命し、空を飛んでいるテンシの元へと引き上げられていく。


 頭が混乱したまま旋は、とにかく友人を助けようと地面を蹴った。だが、いつの間にか張られていたドーム状のバリアに行く手を阻まれ、倒れそうになったところをレイに抱きとめられる。それでも諦めず、バリアに殴りかかるが、レイに全力で阻止されてしまう。

「離してくれ!」

「落ち着け、旋。今、丸腰で飛び出すのは危険だ。それに……あれではもう、彼は……」

 レイの言葉に旋は体を強張こわばらせ、「ジブンのせいだ……」と呟いた。


「何を言って――」

「キョフキョフ……キョフキョフ……」

 レイの言葉を遮るように、恐怖のテンシの笑い声が響く。

 睨みつけるように旋とレイが空を見上げると、他より一回り大きい、恐怖のテンシのボス……ドロモス・ロート=ファミーユがそこにはいた。


「キョフキョフ……タッタ今、ゲリラゲームヲ開始シタ。内容ハ、至ッテ、シンプル。中等部、高等部、大学……ノ三ヵ所ノ、エリアニ放ッタ、俺様ノ分身達カラ、逃ゲ切ルダケダ。日ガ沈ンダラ、ゲームハ終了。モチロン、逃ゲズニ、戦ッテモ構ワナイ。合計三百体ノ、俺様ノ分身達ヲ、倒セルモノナラナァ! 尚、エリアノ移動ハ、禁ズル。デハ、生キ残レルヨウ、精々、頑張ルトイイ」


 明らかに勝ちを確信しているような口調で、ドロモスは「キョフキョフ」と愉快そうに笑い、その場からスゥーと消えた。その瞬間、上空や地面にいる多くのテンシ達が一斉に暴れ出し、校舎などを破壊していく。


「……レイ、ここから出してくれ。ジブンは逃げずに戦う」

「……大丈夫なのか、旋」


 旋はミドリの大剣を作り、パーカーのフードを被って、戦闘態勢に入る。彼が身に着けている緑色のパーカーと制服は、レイが作ってくれた防護性の高いものだ。とは言え、大量のテンシを相手に戦うとなると、この服もどれだけ持つか分からない。何より、旋は友人を目の前で失ったばかりで、戦える精神状態ではないと判断したレイは、相棒をバリアの外に出すのを躊躇ためらう。


「大丈夫。テンシの笑い声を聞いて、冷静になれたから……それに――」

 旋はそこで一旦、言葉を区切り、大剣で内側からバリアを破壊する。その後、レイの方をチラリと見て、切なげな笑みを浮かべた。


「――レイが拒否しても、勝手に出ていくつもりだったし」

 それだけ言うと旋は地面を目一杯、蹴った。レイはその背中を見て、即座に旋のサポートに回る事を決め、めっ一色の刀を作り出す。


 跳躍力が上がるスニーカーを履いている旋は、一体のテンシの元へ空高く飛び上がる。そのテンシは旋の友人を手にかけた個体カタキだ。カタキのテンシは旋を煽るように、ずっと彼を見下ろしていた。


 テンシは旋に向かって棘を伸ばす。旋は棘を斬り払い、複数のナイフを作り出すと、それを投げた。ナイフは自動で飛び回り、テンシの棘を次々に斬り落とし、回復の余地を与えない。


 テンシに接近した旋は、大剣を片手で振り下ろす。テンシは体を開き、大剣をハサミで受け止め、炎を放つ。旋は空いている方の手を前にかざし、バリアを作り出すと、炎の火力を倍にして跳ね返す。その炎で焼かれ、脆くなったハサミに、棘を斬り落としていたナイフが突き刺さる。


 旋は再び大剣を振り下ろし、バリアごとテンシを一刀両断する。


 第一ゲーム終了から約一ヵ月間、旋は勉強だけをしてきた訳ではない。レイやリツ達と共に、テンシと戦えるよう鍛錬を積んできた。

 それなのに結局、レイにまた守られた上に、みすみす友人を死なせてしまった自分ジブンが、旋は許せない。


 真っ二つの状態で、テンシが地面に落ちていく。その近くに着地した旋は、回復の余地を与えぬよう、何度もテンシを斬りつける。

「――る……旋!」

 レイに手を掴まれ、旋はハッとする。

 目の前には羽を全て失い、動かなくなったテンシの残骸が転がっていた。

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