第二章 ゲリラゲーム

第9話 MEAL GAME

 約一ヶ月後。こうりゃく学園、高等部校舎内。

 三年S組の教室でおとなしめぐるは一人、学園から支給されたタブレットに映る、AI教師の授業を受けていた。


「終わった〜」

 三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、旋はグーと伸びをする。


 皇掠学園は怪物テンシ相手に、命懸けのゲームを強いられる裏の顔を持つ学校ではあるが、決して教育を放棄している訳ではない。ゲームがない日は、一般教科に加え、各生徒の特技や趣味に関する事を、最先端のAI教師から学べる。必要な物はなんでも支給され、中高生であっても時間割を自分で組む事も可能だ。


 勉学に励むかどうかも生徒の自由だが、旋は先の事まで考えて、六限までみっちり授業を入れている。ちなみに、クラスは契約相手の強さや能力で振り分けられ、マオウは“希少な存在”であるため、旋は一人S組に所属する事となった。


「ご苦労だった。次の授業も頑張るといい」

「うん、ありがとう。そうだ、ちょっと自販機行ってくる」

「承知した」

 旋は何もないところから聞こえてきたレイの声に反応し、そっちを向いて言葉を返す。


 レイは姿を消しているだけで、常に旋の傍にいるらしい。現に今も、自販機に向かう旋の隣から、微かに足音は聞こえている。


「――ゲームの最中や非常時以外では、姿を消しておく。常に我のような大男が、隣に見えていては疲れるだろう」


 レイはそう言って、自身を透明にするアイテムを作り、姿を見えなくした。しかし、朝晩の挨拶は欠かさず、労いの言葉をかけてくれたり、旋が話しかければ受け答えはしてくれる。


 どちらかと言うと、旋的には姿を見せてほしいのだが、レイの配慮を無下にできず、この状況を受けいれ、次第に慣れていった。


 旋は歩きながら、レイ及びゲームを管理・運営しているからのアナウンスで聞いた、さまざまな情報ハナシを頭の中で振り返る。






 ――約百年前、異世界“シエルト”から、怪物テンシがやってきた。

 テンシがその気になれば、この世界の人間ヒト族を簡単に殲滅できる。だが、それでは面白くないからと、『ヒト族の特性を活かしたゲームをしよう』と提案してきた。そのゲームに協力する気のあるカミを始めとした、他種族と“相性のいい”ヒトが参加する命懸けのゲームを。

 一部の人間の犠牲で済むならと、ヒト側も了承。そして当時、新設されたばかりの皇掠学園を隠れ蓑に選んだ。


 それが、“MEALミール GAMEゲーム”の始まりだった。


 テンシは恐怖、執着、復讐、快楽……それからシテンシの五種類。

 執着・復讐・快楽のテンシのゲーム開催は不定期で、適当に選ばれた生徒の元に前日、タブレットにメールで通知が届く。通知は早ければワンゲーム終了から数日後、遅ければ半年以上、放置される場合もあるらしい。それゆえ、全ゲームクリアまでかかる期間は、人によって違ってくる。


「どうして半年以上、放置されることもあるんだ?」

「テンシは気紛れだからだ。MEAL GAMEと言うだけあって、奴らは食欲を満たすと同時に、ヒト族と“遊ぶ”事も目的としている。ゆえに食欲が満たされ、遊ぶ気分でもない時は、こちらに見向きもしない。それに……テンシ共は、以外でも遊んでいるらしい。他国のでテンシが遊んでいる間も当然、のヒト族は放置される」

「海外でもこんなことやってんのか……」


 旋の疑問にレイは終始、険しい顔で答えていた。

 苦い顔をしている旋の言葉に、レイは頷いた後、話を戻す。


 四種類のテンシのゲームをクリアし、尚且つ、四つの種を集める事で、最終ゲームに挑む権利を獲得。テンシ全体の大ボス、シテンシが考えた最終ゲームは好きなタイミングで挑む事ができ、それをクリアすればゲームから解放される。


 なお、種の状態でもテンシは生きており、無害とは言え、条件さえ揃えば復活も可能だ。そのため、最終ゲームの参加に必要な一つ以外は粉砕し、止めを刺しておくべきだと、レイは怖い顔で言った。


「第一ゲームで、恐怖のテンシの種を回収できなかった人はどうしたらいいんだ?」

「恐怖のテンシは通知もなく、“ゲリラゲーム”と称してある日突然、襲撃してくる。その際に返り討ちにすればいい」

 めぐるが新たな疑問を口にすると、レイは苦々しい顔で答えた。テンシに対する不快感と同時に、迫力が増すレイの顔を見た旋は、自分に対する圧でない事が分かっていてもビクッとしてしまう。


 ゲームから解放された者は飛び級で卒業した事になり、その後の進路などは学園側が責任を持ってサポートすると、アナウンスがあった。また、『Meal Gameに関する自分の記憶をかいざんする』か、『ゲームの事を一般人に口外しない契約を結ぶ』か、選んでもらうとも。


 後者を選んだ場合、『皇掠学園の秘密を知った人間共々、テンシの目の前に自動転移される』仕様の契約書に、サインさせられるとの事。要するに『学園の秘密を喋った者と、知ってしまった一般人はテンシの餌にするぞ』と言う脅しである。


 てん島の周りに張られた結界を破壊し、逃げ出そうとした場合も同様だ。逃げた人間の、大切な人をこの島に連れてきて、目の前でテンシに捕食させると、脅してきた。


「……最後にもう一つだけ、質問してもいいか?」

「あぁ、構わぬ」

「もし……」

 一通りの説明を聞き終えた旋はそう言いながらも、質問を口にするのを躊躇ためらう。けれども、彼は意を決し、真剣な顔で問いかける。


「もし、この島で死んだら、どうなるんだ? その、親とかにはどう説明すんのかと思って……」

 旋の問いに、レイは複雑そうな、どこかバツが悪そうな顔で口を開く。


「……もし、テンシに喰われるなどして、ゲーム内で死亡した者は……記憶操作能力を有するカミによって、存在そのものを消される。……死者の事を知っている一般人の記憶をかいざんし、ゲームの関係者以外から存在を忘れられてしまう」

「それって親や友達からも、忘れられるってことだよな? そんなのって……あんまりだ……」

「……大切なヒトの、死を伝えるより、忘れさせた方が遺された者は、心穏やかに過ごせるのではないのか?」


 旋が辛そうな顔で言った事が、レイは理解できず、眉間にシワを寄せる。思いがけないレイの言葉に、旋は困惑し「そんなこと……」と言いかけ一度、口をつぐむ。


「……いや、どう思うかは人それぞれだよな。でも少なくともジブンは、絶対に大切な人達を忘れたくない。どんなにジブンが辛くても、ちゃんと覚えておきたいと思ってる」


 旋のその言葉に、レイは目を見開いた後、グッと唇を噛みしめる。

 レイがどこか悲しげな表情になった理由が、旋には分からなかった。






 ――晴天の下、旋は中庭の自販機でペットボトルの抹茶ラテを購入する。

 旋は一口、抹茶ラテを飲むと、雲一つない空を見上げた。彼の視線の先、遥か上空に浮かぶ、テンシの透明な住処の存在に当然、旋は気がついていない。そこで恐怖のテンシ達が、密かにゲームの開始を待ち焦がれている事にも。

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