第12話 炎の銃使い

 運動場に向かう道中、襲ってきたテンシを倒しつつ、めぐるとレイは先を急いだ。


 目的地に辿り着くと、多くの生徒がテンシと戦っていた。その中の一人、マント付きの軍服を着用し、左側に炎の模様がある仮面をつけた生徒に、旋は目を引かれる。


 両手に拳銃を持ち、炎をまとい戦う姿はどこか上品で美しい。拳銃から放たれる、炎の弾丸が命中したテンシはたちまち燃え上がり、種だけ残して灰となる。テンシからの攻撃は、纏っている炎で全て防ぎ、一切の隙もない。その上、近くで戦っている他の生徒をさり気なくフォローし、テンシの数をどんどん減らしていく。


「……先程は伝えられなかったが、ここにいる者は皆、戦う為の力を得ている。ゆえに、能力の差はあれど、力を合わせればテンシに負けはしないだろう。きっとにもいる筈だ。あの者達のように戦っている生徒が。旋の妹と共にな」

 勇敢に戦う生徒達の姿を目にし、レイは優しく旋に語り掛ける。彼の言葉に旋は「そうだな……」と返し、切なげに笑った。


 ――なに一人で勝手に絶望してたんだろ……。どうしてジブンが守る側だと思ってたんだ? ……そうだよな。一緒に戦えばいいんだ。


「よし! ジブンも!」

 どこか吹っ切れたような顔で、旋はそう口にすると、運動場の方へ走り出す。レイは旋のその姿に少しばかり驚きながらも、彼の後に続く。


 旋は仮面の生徒にならい、近くにいる人をフォローしながら戦う。

 その際、旋は仮面の生徒と隣り合わせになる瞬間があった。二人の身長は旋が少し高いくらいで大して変わらないが、体型は仮面の生徒の方がきゃしゃに見える。


 仮面の生徒は一瞬だけ旋の方に顔を向けてから、目の前のテンシを撃ち抜いた。それからダークブラウンのショートヘアをなびかせながらクルリと回り、後ろのテンシも撃つ。運動場に次々とテンシが集まってきても、仮面の生徒は冷静に戦い続け、弾丸の命中率は百発百中だ。


 その後、数人ずつに分かれて高等部の敷地エリア内を移動し、残りのテンシを探す。テンシを全滅させても警戒は怠らず、ゲリラゲーム終了まで、各チーム見通しの良い場所で待機する事にした。


「ジブンは三年のおとなしめぐる。その、こんなこと言われても困るだろうけど……キミが戦う姿を見て、ジブンは前向きになれた。だから、ありがとう」

 半壊した校舎の屋上。そこで仮面の生徒と待機していた旋は、どうしても伝えておきたかった事を口にする。


 仮面の生徒は最初、無言で首を傾げた。だが、旋の言葉から瞬時に何かを読み取ったのか、ぺこりとお辞儀をする。

「お礼を言うのはこちらの方だ。君が加勢してくれたおかげで、テンシを全滅させる事ができた。ありがとう。僕の名前は……さきこう寿じゅ。君と同じ三年生だ」

 嘉御崎煌寿と名乗った仮面の生徒の声は、渋くて色っぽい。高校生とは思えない声に目を丸くする旋を見て、煌寿は「ふふっ……」と悪戯っぽく微笑む。


「驚かせてすまない。実は以前、参加したゲームで、喉を潰されてしまってね……。“カミ族”の相棒、フローガ・ゲヴェーアが僕の思考を読み取って、代わりに話してくれているんだ」

 煌寿の言葉に反応するように、纏っている炎が一ヵ所に集まり、スーツを着たダンディな老紳士へと姿を変える。老紳士……フローガ・ゲヴェーアは旋に丁寧なお辞儀をすると、すぐに炎に戻った。


「喉を潰されたと言っても一生、声が出せない訳ではないよ。少し時間はかかるかもしれないけど、安静にしておけばいずれ良くなるさ」

 心配そうな顔をしている旋の肩を、煌寿はポンポンと優しく叩いた。煌寿の言葉に、旋は胸を撫で下ろす。


「そっか……早く声が出せるようになるといいな」

「ふふっ……ありがとう。基本的には“僕”しか話さないけど、一人称が“儂”の時は、フローガの言葉だと思って会話してくれると助かるよ」

「分かった。これからよろしく、嘉御崎くん」

「あぁ。こちらこそ、よろしく」

 煌寿の丁寧なお辞儀につられ、旋も同じように頭を下げた。


「そういえば、フローガさんがカミ族ってことは、嘉御崎くんってA組だよね? A組はてっきり、誰もいないんだと思ってたよ」

 A組は、カミ族もしくは各種族の長と契約を交わした生徒が所属するクラスだ。しかし、能力の強さから、なかなか相性の合う人間ヒト族が現れないため、滅多にA組に所属する者はいない。

 旋はA組の教室が開いているところを一度も見た事ないため、現在もA組に所属する生徒はいないのだと思っていた。


 旋の問いかけに煌寿は首を振り、「僕はZ組だよ」と答える。

「へ……Z組なんてあったっけ?」

「Z組には教室がないから、知らないのも無理ないよ」

「そうなんだ。どうしてZ組だけ教室がないんだろ……?」

「さぁ? 僕には御祖父おじい様の考えている事なんて分からないよ」

「おじいさま……? あ! “嘉御崎”ってどこかで聞いたことある苗字だと思ったら、ここの理事長か!」


 二人のやり取りをずっと静観していたレイは、相棒の反応に小さなため息をついた後、口を挟む。

さきこうすけ……表の顔はこうりゃく学園の理事長だが、MEALミール GAMEゲームを運営する組織のトップでもある男だ。Z組は、嘉御崎家を始めとした、MEAL GAMEの運営や管理を行う一族の身内が所属している」

「嘉御崎くんが運営トップの孫……」

「そう聞いたら、流石に警戒するよね?」

「いや、警戒はしないよ。ただ……どうして運営トップの孫が、こんな危険なゲームに参加してるんだろと思って。あ、言いたくないなら無理には話さなくていいけどさ」

 他人の出自はあまり気にしないのか、旋は何て事ない顔で、純粋な質問を口にした。


 旋の問いかけに煌寿は一瞬、固まった後、おもむろに首元の黒いチョーカーに手を伸ばす。そして、チョーカーについている、しょうじょうの十字架に触れ、「守りたい子がいるんだ」と呟く。

「だから僕は、御祖父様に逆らってまでここにいる。その子を守る為に、この学園でやらなくてはならない事があるんだ。それを成し遂げられるまで、僕は家に帰る訳にはいかない」

「そっか……詳しい事情は分かんないけど、ジブンにも出来る事があったら言ってくれよな! 可能な限り協力するからさ」

 あっけらかんと言う旋に、煌寿は「ふふっ……」と笑う。


 ――何も変わってないみたいでよかった。こんな最悪な場所だけど……また君に会えて嬉しいよ、


 煌寿のこの思考をフローガは口にせず、首を傾げる旋に「なんでもないよ」とだけ伝えた。

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