第28話 そのようなことを言われたら……

 前書き 今回はフレアの視点です

 ―――――――――――――――――――――――

 私とラース、それにシルはラマテール公爵家の屋敷前に立っています。屋敷前といっても、実際の屋敷は今いる場所よりもさらに先ですが。屋敷と門との間には広大な敷地が広がっているのです。


「これがラマテール公爵家の屋敷か」


「はい。あなたはこの辺りに来たことはなかったのでしたっけ」


「うん。いかにも底辺らしい身なりの冒険者がラマテール公爵家の周りをうろついていたら怪しまれるだろ。そもそもこの辺りに用事があって来ることなんてないから、意図的に近づかないようにしてた」


「確かに、あなたと初めてお会いした時の身なりはひどかったですね」


「あの頃は武器防具を揃えるのに手持ちのお金を殆ど使ってしまっていたからな。おまけに、まともにゴブリンを倒すことすらできなかったせいで身体中傷だらけだったし。探知眼があるからゴブリンの位置は分かるんだけど、ほかに使える魔法や膂力りょりょくがないせいでゴブリンたちに囲まれたり、遠距離から弓を放たれたりしたら逃げるしかなかったんだ」


 私とラースが初めて出会ったのは丁度ラースがヴィクトル家を追いだされ、トロンの町に流れ着いたばかりの時でしたか。懐かしいですね。あの時の事は今でも鮮明に覚えています。



 ◆❖◇◇❖◆



「だからさぁ、なにもしないって言ってるじゃん」


「そうそう。少しだけお茶をするだけだろ」


「はぁ。本当にしつこいですね。あなたたちのような汚らしい男と一緒に過ごしたくないと言っているでしょう。残念なのは見た目だけでなく頭もなのですか?」


 私はその日の夕暮れ時、裏道を歩いていると胡散臭げな冒険者たちに絡まれました。


 私は日中にいつも魔道具を買ってくださる取引先の一人と商談していたのですが、中々交渉が成立せずに帰りが遅くなってしまったのです。


 そこで私は裏道を使って近道しようと考えたわけですが、それは失敗だったようですね。人通りの多い道を使うべきでした。


「なぁなぁ。つれないこと言うなよ~」


 冒険者の一人が私の腕を無理やり掴んでこようとしてきます。


「やめてください」


 私は彼の腕を払いのけて抵抗します。こんなやつらを半殺しにするのは簡単ですが、もしも誰かに見られでもしたら私の評判が下がりかねません。


「ったくよぉ。こちらが下手に出れば調子に乗りやがって!」


 冒険者の腕が再び伸びて来ます。このままだと不味いですね。気は進まないですが、彼らをミンチにするしかないようです。


 私は魔法を発動させようとします。


「おい、お前たちはなにをやっているんだ」


 すると、道の暗がりから一人の少年が姿を現しました。彼は服装こそみすぼらしいものの、凛とした目つきで冒険者たちをにらみつけています。


「なんだぁ? てめえ、そのプレートを見るに鉄級冒険者か? 雑魚は引っ込んでろよ!」


「そうだ! 俺らは銀級冒険者なんだよ! 上の等級に対して生意気な口きくんじゃねぇぞ!」


「ぐほっ」


 先ほど私の腕を掴もうとした冒険者とは別の男が少年を殴りつけます。お腹を殴られた少年は地面を転がっていきました。


「はっはっはっ。こんなのもよけられないのか」


「全くだぜ。こんな雑魚冒険者が割り込んでくるし、どうしてオッドアイの薄気味悪い女とやろうとするだけでこんなに手間がかかるんだよ」


「本当だよな」


「……言った」


「あん? 嬢ちゃんなにか言ったか?」


「お前は今なんて言った!」


 私は頭の中が怒りで支配されていくことを感じます。無理もありません。この目のせいで散々嫌な目に合ってきたのですから。


「なにって……。オッドアイの不気味な女って言ったんだけど。もしかして傷ついちゃった? ごめんね~」


 私は反論しようと声をあげようとした刹那――。


「いや、不気味なんかじゃない!」


 見ると、先ほど転がっていった少年が立ち上がり、ショートソードを腰から引き抜いています。


「彼女は不気味なんかじゃない! 訂正しろ!」


「はっ? お前はなに熱くなっちゃってんの?」


「そうだ! お前には関係ない話だ。それに、オッドアイはあの大悪魔リリスと同じ目なんだよ。不気味に思うのは当たり前だろ?」


 そうです。私の目はオッドアイ。この目はかつて魔王として君臨した大悪魔リリスと同じなのです。だから私は産まれたときから周りに疎まれていました。


「そんなのどう考えてもおかしいだろ! 確かに大悪魔リリスはオッドアイだ。けれど、同じ目をしているからという理由だけで馬鹿にするのは間違っている。僕は彼女の赤い右目も、青い左目も綺麗だと思う」


 綺麗……? この私の目が? この人はなにを言っているのでしょう。周りはおろか、自分ですら嫌っているこの両目が綺麗? 


 おかしな人ですね。しかし、変なことを言われたせいで少し冷静になれました。


「おいおい。なんで俺らに絡んでくるのかと思えば、お前もナンパかよ」


「めんどくせぇや。さっさと動けなくさせてやろう」


「おうよ」


「お待ちください」


「なんだぁ?」


「遂に俺らについていく気になった……」


「【分解】」


 私は魔法を発動します。


「うわあああああああ!!!!!」


 先ほど少年を殴った冒険者の腕がみるみるうちに細かく分解されていきます。


「て、てめぇ! この女郎があ!」


 激怒したもう一人の冒険者が抜刀し、私に襲いかかってくるも――。


「【疑似生命作成】」


 私の近くの地面が隆起し、ゴーレムが生み出されます。ゴーレムは冒険者の刃を防ぎました。速攻で作ったゴーレムなので質は悪いですが、この程度の相手なら問題なさそうですね。


「やりなさい」


 ゴーレムはダガーをこちらに向けている冒険者を殴り飛ばします。


「がはっ!」


「あなたたちはこんなものも避けられないのですね」


 私は先ほど冒険者が少年に言ったことを言い返します。哀れなことにようやく私との実力差を思い知ったのか、彼らの瞳には恐怖の色が浮かんでいます。


「ゆ、許してくれ。なんでもするから」


「そ、そうだ。金なら全て渡す! だから頼む」


「許す? 私があなたたちを許すメリットはないはずですが。逆に聞きますが、あなたたちはそうやって許しを請う人を助けたことがあるのですか」


 彼らは顔をうつむかせ、無言になります。


「そうですか。ではさようなら」


「待ってくれ!」


「金だけじゃ足りないなら、装備品も――」


「【分解】」


 私は冒険者たちを細かく分解し、ただの塵にしていきます。私が行える最小の大きさにまで分解すれば、分解した彼らは風で飛んで行ってしまうほど小さくできます。


 こうすれば死体も残らないですし、冒険者ギルドでも行方不明者として処理されるはずです。


「さて、あなたは大丈夫ですか?」


 啞然とした様子で私を見つめる少年に声をかけます。


「ああ。その、余計なことをしてしまってすまなかった。あなたがここまで強いなんて思わなくて」


「気にしないでください。あなたのおかげで彼らの注意を私から背けることができたのですから。それより、あなたには聞きたいことがあります」


「聞きたいこと?」


「先ほどあなたは私の目が綺麗だと言いましたね。それは本心なのですか」


「もちろん。僕はあなたの目は宝石のようだと思う」


「そうですか」


 彼の眼はまっすぐに私をみつめています。おそらく、彼は噓をついているわけではなさそうですね。


「名前を聞いても?」


「僕の名前はラースだ。君は?」


「私はフレアですよ、フレア・バラード。ラース、あなたに少し興味がわいてきました。この後お時間があれば私の家に来ませんか?」

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