第29話 ちょっと変な空気になった後、二人きりになるのは気まずい

 その後、ラースの生い立ちなどを聞いた私はなにかと彼に同情し、ラースのことを助けるようにしました。もちろん、無償で助けた場合、裏があると思われる恐れがあります。


 そこで彼には定期的に私の実験に付き合ってもらったお礼にお金をあげたり、試作品だといって魔道具を渡したりすることによって支援することが多かったですね。


 彼を助けたのは別に私の目を褒められたからというだけではありません。ラース自身も目を使うスキルが使えなかったせいで実家を追いだされたため、親近感がわいたからというのもあります。


 もちろん、もしかしたら彼は私の理解者になってくれるかもしれないという打算的な考えもありましたが。


「おーい」


「ひやぁ!?」


 突然肩を軽く叩かれ、私は思わず変な声をあげてしまいます。


「大丈夫か? ぼーっとしてたみたいだけど」


 ラースが黒い瞳で私を覗き込んできます。


「もしかして具合が悪いのか?」


「大丈夫です。気にしないでください」


 私はラマテール公爵の屋敷前にて、門番の兵士に声をかけます。私はラマテール公爵家の人間には知られている上、公爵家を訪問するための許可証を持っているので易々と入れました。


 私たちははるか先にあるラマテール公爵家の屋敷を目指して歩いていきます。


「ラース、少し聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「私と初めて会ったとき、どうして私を助けようとしたのです? あなたとの付き合いは長いので分かりますが、ラースは他人を助けるのは自分が助けられると感じた場合だけでしょう? あの時のラースは銀級冒険者に勝てる見込みはなかった。なのになぜ私を助けたのですか?」


 ラースは少し困ったような顔をします。


「なんでと言われても……。自分でもよく分からないな。ただ、あの頃の僕は色々と自暴自棄になっていたんだ。実家を追いだされ、冒険者として大成しようと思っていたのに上手くいかなかったから。そんな自分は存在価値がないんじゃないかって本気で考えてた。だからさ、自分の身を賭してでもフレアを助けることで自分にも価値があったと証明したかったのかも」


 なるほど。自分の存在意義ですか。私は生まれた時から優秀でしたので自分の価値を疑ったことはありません。


 けれど、実験が何度やっても上手くいかなかったときなどは自分の能力を疑ってしまったりすることはありますね。そういう意味では当時のラースの考えも少し理解できる気がします。


「あとはやっぱり、君のことが魅力的だったからかな」


「はい!?」


「いや、変な意味じゃないんだ。なんというか、どうせ自分が役に立つ人間であると証明するなら、フレアみたいな可愛い人を助けたいと思っていたから……。あんな冒険者たちの手に君が渡るのは嫌だったし。やっぱり変なことを言ってしまったな。ごめん」


「いえ、別に良いのです……。そんなことを言われたら、ますますあんたに夢中になってしまうじゃないですか」


「すまんなにか言ったか? 声が小さくて聞こえなかった」


「なんでもありません!」


 私は紅潮した顔を隠すため、そっぽを向きます。



 ◆❖◇◇❖◆



 僕たちは長い敷地を歩き、やがてラマテール公爵の屋敷へと到着する。変なことを言ってしまったせいか、フレアはさっきから目を合わせてくれない。なにをやってるんだ僕は。


「着いたな」


「ええ。中に入りましょう」


 フレアが建物の前に居る複数人の兵士に掛け合う。そのうちの一人が屋敷の中に入ると、案内役のメイドを引き連れて戻ってきた。


 彼女の案内により、僕らは応接室のソファーに座り込んだ。


「少々お待ちください」


 メイドさんは温かい紅茶を入れると、どこかへ行ってしまった。


「……」


 フレアは黙りこくっている。き、気まずいな。なんとかして会話をしないと。


「そう言えばさ、この前僕が倒した魔物の素材はどうするんだ? あのライトニングベアやデンキウナギの素材」


「ああ、そうでしたね。あなたにはなにも言っていませんでした」


 フレアは急ににやけだす。


「ふふふ」


「ど、どうしたんだよ」


 なんなんだ。今日のフレアはなにかがおかしい。いきなり門の前でぼーっとしだしたと思ったら僕が変なことを言ってしまった途端に顔を赤らめて怒るし、今は笑みを浮かべている。


「あの素材ですが、私は最近、ラマテール公爵家から効率的な拷問器具の開発を行うように依頼されているのですよ」


「つ、つまり……」


「はい。あなたには実験に付き合って貰いますよ」


 やばい。ここ最近はシルと試しに依頼をこなしてくるくらいのことしかしてなかったのですっかり忘れていたが、フレアの実験とは本来こういうことだ。


「分かったよ。やれば良いんだろ」


 僕はそうそうに諦めることとした。彼女だけには逆らう気がおきない。


「嬉しいですよラース」


「僕はあまり嬉しくないよ」


 ガチャッ!


「お待たせー!」


 扉を開ける音とともに、ナタリアの声が応接室中に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る