第23話 魔物が豊富だと食べるものには困らない

『人間よ、聞こえているか』


 ドラゴンの口は閉じられている。しかし、ドラゴンのものと思われる声はまるで脳内に直接語りかけられるかのように響いてくる。


 念話の類だろうか。


「聞こえていますよ」


『それは良かった。お主はどうしてここに来た』


「寝ていたら物凄いほえ声が聞こえてきたので気になって」


 僕は背中から冷たい汗が流れるのを感じる。ドラゴンなんて凶悪な存在と会話しているのだから緊張するのは当然だ。


『見苦しいものを聞かせてしまったな。最近は身体が思うように動かないせいで辛いのだ。今は少し気分が晴れてきたので吠えるのはやめたがね』


「なにか病気になってしまっているのですか?」


「病気というより老衰だな。ドラゴンは普段魔力で巨体を動かしている。しかし、死ぬ間際になるとその魔力を思うように操れなくなるのだ。だから辛くてたまらん」


 なるほどな。ドラゴンというのは身体が本当に大きい。だから幾ら筋力があるといっても、それだけで身体をスムーズに動かすことはできないし、当然翼を広げて大空を飛ぶこともできない。


 しかし、ドラゴンには貴族以上に大量の魔力を持っている個体が多い。なので彼らはその魔力でもって身体を自在に動かしているわけだ。


 けれど、目の前のドラゴンは歳をとりすぎてそれができないと。


「かなり大変そうですね」


『うむ。そこで人間よ、お前に頼みがある』


「頼みですか。僕にできることでよければ」


『なに、頼みといっても無報酬でやれという話ではない。もう我は長くないのだ。死んだら我の身体を解体し、売り払うなり、武器を作るなりすればよい』


「さすがに解体してしまうのはちょっと」


『む? 我の身体は不満か? 人間社会ではドラゴンの素材は高く売れると思うが』


「いえ、不満があるわけではありません。ただ、言葉を交わした相手の亡骸を解体してしまうのには抵抗があるというか、あなたに失礼なのではないかと思ってしまうんです」


『フハッ! フハハハハハ!!!!』


 ドラゴンが急に高々と笑いだしたので思わずのけぞる。


「どうしましたか?」


『いや、なにを言いだすかと思えば。我が死後に解体されたからといって不快に思うわけがなかろう。そもそもその提案をしたのは我ではないか。人間よ、聞くがよい。死体を解体されるのを嫌がるのはあくまで人間の価値観でしかない。別にドラゴンは死んだ後の肉体がどう扱われるのかなど考えないのだ』


 これは一理あるのかもしれない。人間が他の人の死体を解体なんてしたらドン引きするけれど、あくまでそれは人間の価値観でしかないか。おまけに、ドラゴン自身も自分の身体を自由に使ってよいと言っているんだ。


 ここはドラゴンの言葉に甘えることにしよう。


「了解しました。頼みとはなんなのでしょう」


『頼みを引き受けてくれるか。感謝する。それで頼みの内容なのだが。我に食べ物を持ってきてくれんか』


「食べ物はなんでも良いんですか?」


『可能であれば魔物の肉が食べたい。我はもう何日も食べていないのだ。この通り身体を動かせないからな。食べたところで長く生きられるわけではないが、せめて最期に色々なものを食べたいのだ』


 人は死ぬ間際に好きな物をもっと食べれば良かったと後悔する。そんな話をどこかで聞いた気がする。ドラゴンも同じなんだな。


「なんとかしてみます。そう言えば、マジックバッグにヨロイイノシシと大量のオオウナギが入っているんです。食べますか?」


『ヨロイイノシシもオオウナギも我の好物だ。お願いしたい。他にも何種類か魔物の肉を持ってきて欲しい』


「分かりました。少し待っててくださいね」


 僕はほら穴をでる。


 ほら穴をでると、もうすでに日が昇っていた。さて獲物を探すとしますか。



 ◆❖◇◇❖◆



 数時間後。


「束縛眼!」


 上空を飛行する巨大な白い怪鳥の動きを止める。ロック鳥という魔物だ。飛べなくなったロック鳥は落下する。


 しかし、地面に落下する前に束縛眼の効果は切れてしまい、ロック鳥は再び上空に登ろうとする。


「きゅい!」


 そこでシルが鉄球を吐き、ロック鳥の頭にぶつける。ロック鳥はバランスを崩して今度こそ本当に地面へと墜落した。


 僕はロック鳥の首にショートソードを突き立てた。


「ふぅ。こんなものかな」


 ロック鳥の血抜きを簡単に済ませると、マジックバッグの中に収納した。


「シルもありがとう。助かったよ」


「きゅいっきゅいっ」


 シルは僕の肩に止まると、顔を僕の頬にこすりつけて来る。


「ははは。くすぐったいな」


 さて、そろそろあのドラゴンのもとに戻ろう。もうだいぶ色々な魔物を狩ってきたからな。


 マジックバッグの中にはヨロイイノシシとオオウナギ、先ほど仕留めたロック鳥の他、オーク、角ウサギにポイズンスネークが入っている。


《白亜の森》にはたくさんの魔物が生息しているからか、思ったよりも早く魔物を倒せた。おまけに、シルが優れた嗅覚で魔物の居場所を突き止めてくれるので余計に手間もはぶけたぞ。

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