第17話

 都会へと向かう汽車の中で、一人愛想笑いを顔に張り付けている少女がいた。

 彼女の名前は大塚明美といい、どうやら遠くから汽車を乗り継いでやってきた様子であった。彼女の愛想笑いの先には、強烈な異臭を放つ2人の男女がいる。

「あの時の何かを察したような顔は本当に最高だったわね」

「いや、疲れたなんて言われたらここで終わるんだなと思うだろ。地下に抜け道があるなら先に言ってよ……。後その話もう7回目だぞ」

 相席になってしまったその男女はひどく汚れていた。特に先ほどから長らく同じ話題で笑っている女の方は、錆びた鉄の様な匂いを強くまとっている。

 風変わりな二人組であったが、その仲睦まじさに明美は頬を緩ませた。

 その様子に気が付いたらしく、コホンと咳ばらいをすると背筋を伸ばして女は明美に話しかける。

「ごめんなさいね、うるさかったかしら」

「いえ、中睦ましいなと思ったものですから。

 お二人のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 汽笛とともに車体が動き出し、旅が始まる。

 せっかくの旅であるし、明美には目の前のこの二人が悪人には見えなかったことから、話し相手になってもらおうという算段であった。

「私はマキ、こっちは五郎よ」

「私は大塚明美といいます」

 マキと名乗った女性は明美を見て首を傾げた。

「まだお若いように見えるけども、一人旅には少々荷が重いのではなくて?

 この辺はやくざの抗争があったばかりで物騒なのよ」

「それはうわさで聞いております。

 ……ですが、私にはやらねばならぬ事がありますから」

 マキと五郎は顔を見合わせた。

「妙な事を言ってしまいましたね、忘れてください」

 明美が慌てた様子でごまかす様子をマキはあまり気に留めていないようだった。

「それは構わないけど……。

 明美さん、貴方狙われてるわよ」

「えっ?」

 マキの視線の先には、明美の斜め後ろに座りながら彼女の事を観察する男たちに向けられていた。

 男はマキが自身に気が付いたことに狼狽した様子で仲間に目配せする。

「おいおいおいおい……!」

 五郎が何やら慌てた様子で腰に手を当てるように構え、マキは傍に立てかけてあった細長い袋を掴む。

「やっちまえ!」

 男達は一斉に明美に向かって駆け出す。その手には大小さまざまな刃物が握られていた。

「な、なに!?」

 通常であれば、状況が呑み込めていない明美にその凶刃は届くはずだった。

 しかし、今回は同乗者が尋常ではないのである。

 空気を割くような音とともに、飛沫が上がった。ある男は刃物を持っていたはずの手を失い、ある男は足を失ってその場に倒れこんだ。

 マキの掴んでいた袋から放たれた太刀が一瞬で二人を切り伏せたのである。

 唖然としている明美は、しかしすぐに正気を取り戻したようだった。

「あなたたちは一体……」

 普通の少女であると思っていた明美が、このような凄惨な状況を見ても正気を保っていることにマキと五郎は態度を改める。

「相手に身分を訪ねるんなら、そっちが先に名乗るべきじゃないか。

 どっちにせよ面倒ごとは御免だよ」

「そうね。状況次第では、貴方の話を聞いてあげられるかも」

「えっ」

 困惑している五郎をよそに、明美はマキに頷いた。

「この人たちは、おそらく親戚の誰かが寄こしたんだと思います。私を遺産相続に参加させないために。

 ……あなた達に頼みがあるんです。

 私をおじいさまの館まで連れて行ってくださいませんか」

「依頼料は高いわよ」

 勘弁してくれよと呻いている五郎を無視して話は続く。

「構いません。

 おじいさまが自殺なんてするはずないんです。この遺産はあなた達にすべて差し上げます。私はただ、おじいさまを死に至らしめた誰かに遺産を渡さないため来たのですから」

 マキは明美の答えを気に入ったようであった。ニヤリと笑い、五郎の脇を肘でつつく。

「決まりね」

「やっぱり君、正気じゃないよ。お互いまだ傷も塞がってないんだぜ」

「あら、じゃあここで降りる?」

「……お供するって言ったろ」

 五郎は苦笑いを浮かべた。

 彼女との旅路がどんな終着駅にたどり着くのか五郎には見当もつかなかったが、少なくとも退屈することはなさそうだと彼は思った。

 明美は2人に深く頭を下げる。その足元には手足を失いのたうち回る男達がいる。

 騒然とする乗客にもお構いなしに、太陽の光を浴びて汽車はり去って行った。

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男女殺戮二人旅 渡貫 真 @watanuki123

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