第16話

 城間剛造は、2人が自身のもとにたどり着いたことに驚いてはいないようだった。

 先ほどの剛造の格好をした男の死体は、二人を釘付けにするためだけに殺された哀れな替え玉だったというわけである。

 屋敷で最も大きいであろう部屋に、剛造は一人で安楽椅子に深く沈み込んでいた。

 何も言わぬ彼に、マキは懐から取り出した証書を突き付けた。

「オヤジ、これが私の無罪の証明です」

 剛造がその束を手に取ることはなかった。

 はたき落された紙の音と、宙を舞う紙が降り落ちる。

「ワシが榊原に好きにやらせてた理由を、聡いお前がわからない訳じゃなかろうて」

「この茶番の潤滑油になるのも疲れましたので。

 筋は通しました」

 剛造は深い闇に沈んでいるように虚ろな目をしていた。

「どこへ行く、ワシらのようなろくでなしがどこかへ行けると思っているのか。

 過去からは逃げられんぞ。きっとお前に追いつき、お前を食い殺す。

 闇の中以外でどうやって身を隠すというのだ……」

 マキは肩を竦めた。

 何を今更とでも言いたげな態度で彼女は嗤った。

「隠れません。日の当たるところで、終着駅まで正面から走り続けます。

 旅の道連れに出会えましたから」

「……狂っとる」

 剛造は拳銃をゆっくりと持ち上げる。

 マキはそれに警戒することもなく、剛造から背を向けた。

「今までありがとうございました」

 そう言い残し、マキは扉を開け、屋敷の外へと歩いて行く。

「もういいのか」

 扉の外で待機していた五郎がマキにそう問いかけると、マキは頷いた。

「私たちは生きましょう」

 閉じた扉の奥で、銃声が鳴り響いた。

 数十年に及び隆盛を極めた城間組は、こうしてその幕を閉じたのである。


 二人は振り返ることなく外へと向かう。

「外は警官隊が包囲してるぜ」

 五郎がマキに指さした先の窓からは、多数の警官がこの屋敷を包囲している様子が見えた。

 五郎はライフルを捨て、腰のホルスターを叩く。

「最後の戦いらしいな」

 マキは静かに首を振った。

「もう疲れたわ」

 五郎はマキを暫く見つめていたが、やがてにこりと微笑んだ。

「お供するよ」

 

 城間組と何者かの抗争による大量殺人事件の現場にようやくたどり着いた警官隊が見たものは、炎上する城間剛造の屋敷であった。

 館は柱の一本も残らないほど良く燃え、城間組を壊滅させた人物の正体を警官がつかむことはなかった。

 しかし、民衆の間ではまことしやかに囁かれている噂がある。

 それは、城間組を潰した正体は、男女2人組の凄腕であるという荒唐無稽な噂だった。

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