1-6

 廊下を歩く三人は、いまや全校生徒の注目の的だった。

 生徒たちは三人を見てにやにやしている。いつもテンションが高くて気の強い千歳が実はおとなしい光が好きだった。いままで積極的には誰とも付き合おうとしてこなかった生徒会長の和洋が好きなのは千歳だった。そしてなにより、光が和洋を好きであること。というより、光がゲイであることに生徒たちの関心は向いていた。

「まさか学校中にバレるなんて……」

 呆然としながら小声で呟く光に千歳は申し訳ない気持ちしかなかった。

「ご、ごめんね北原くん……あたしのせいで……」

「ううん……過ぎ去りしときのことをもう言っても手遅れだし……」

「ごめんね……」

 そんな光を、和洋は、絶対に放っておけない、と、そう思っているように千歳には見えた。

 優しい人だ。それはわかっている。自分にとって和洋の好感度自体は低いが、和洋の人となりはなんとなくわかっているつもりだ。だから和洋が全校生徒の視線を集めている光を放っておけないというのもわかる。わかるのだが––––光は和洋のことが好きなのだ。期待させるのはよくないんじゃないか、と千歳は思う。だが、和洋は、まるで光を守るように歩いている。具体的にそういう風に動いているわけではない。が、千歳にはそう映る。それはなぜだろう、と疑問に思う。和洋と光は別に友達でもなんでもなかったのに、と、千歳は和洋の態度が不思議だった。

 とにかく和洋は光と自分に興味津々の生徒たちに注意しながら、教室へと向かっていく。

 前方のにやにや笑いの男子たちが二人を見る。すかさず千歳は動いた。

「なに? あんたたち」

「え、えっ」

「あたしが話聞くよ?」

 いまさらながら千歳はキレやすい。

「ご、ごめんなさい」

 ほとんど条件反射だった。男子たちの表情は一瞬で恐怖の様子と化した。

「うう……」

 と、呻く光に、和洋は声をかける。

「大丈夫か?」

「だからいいよ、そういうの。だっておれ、マジだもん」

「だから俺は……」

「なんでおれがこんなに頑張らなきゃいけないんだろう」

 それは光にとって単純な疑問だった。

 そしてそれは、和洋にとっても。

「北原」

 和洋が再び声をかける。

「なに?」

「俺は、友達になれるよ。ほんとだよ」

「なんで?」

「なんでって––––それって理由、いるのかよ?」

「……」

 廊下を歩き、再びにやにや笑いの男子生徒たちが光たちを見る。

「だからさ、さっきからあんたたちなんなの?」

「えっ」

「相手ならあたしがするよ」

「えっ。えっ」

 いまや千歳は光の、そして和洋のナイトでもあった。

「会長」

 光に声をかけられ、和洋は応える。

「どうした?」

「マジで友達になってくれる……?」

 恐る恐る訊ねる光に、和洋は即答した。

「マジで」

「……」

 そのとき光は、ただ誰かと友達になるというだけのことで、どうしてこんなに自分は疑い深くなるのだろう、と思った。

 はらり、と、なにかが光から剥がれ落ちた。

「あ〜!」

 と、突然その場に立ち止まり、光は頭を抱えた。

「どうした北原!」

「あーもう! なんでおれがこんなにものを考えなきゃいけないんだっ!」

 千歳もびっくりして光に駆け寄る。

「もっとシンプルに考えようよ! たぶんあなた複雑すぎるのよ!」

「うん、だと思う!」と、光は目を見開いている。「おれ、バカなんだと思うっ」

 いつもおとなしい光とはまるで違っていた。さっきどこか楽天的だった光。そういえば言語的表現がたびたび詩的であることを二人は考える。

 これが素の北原光なのだろうか。と、二人は思った。

 であるのであれば。

「バカは萬屋くんだと思うよ!」

「なんで俺がバカなんだよ!?」

「もっと安心させてやりなさいよっ。友達になったんでしょっ!?」

「そ、そうだよ! だから北原、もっと安心していいんだぞ! 俺らがいる!」

「そうそうあたしもついてるから!」

「ううっ! おれもう頑張るのも、もの考えるのもやめたいっ!」

「行け行け北原くん! その調子! あたしそういう人が好き!」

「ありがと大黒さん! おれ、大黒さんと仲良くなれそうだっ」

「俺も友達だからな! 絶対に絶対に友達だからな!」

「なんだこいつら」

 と、目を丸くさせた亜弥は小声で呟く。すぐ近くにやってきていた翼はこれから面白いことになりそうだとパチパチと拍手した。拍手する翼の隣で乃梨子もみんなが一番いい方向に向かえばいいと思い拍手する。なんだかよくわからないが隆太もつられて拍手し、やがて生徒たちがみんな拍手していた。

 なんの拍手なのよ、なんの脈絡があるのよ、と、亜弥は呆れたが、とにかくこれで三人がまとまっているのであれば、これでいいのだろう、と思った。

「これでハッピーエンドなのかね」

「とりあえずね。でも、物語はまだまだ続くよ」

 と、千歳は亜弥に声をかけ、やがてくるっと回って読者の方を振り向いた。

「ちょっと不思議な三角関係のあたしたち三人はこれからどうなっていくのでしょう? 皆さんがこのお話を読んで良かったと思えるように、あたしたち頑張って日々を生きていきます! というわけで、the Eternal Triangle略してエタトラ、第一話終了!」

 亜弥は心の底から呆れ返った。

「あんた、誰に話しかけてんの」

「じゃ、次回もお楽しみにね!」

 千歳は満面の笑みで手を振り、そしてこの第一話は終わるのだった。


 EPISODE:1

 The Loves Went Around In Circles

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