第5話「魔族のハート、鷲掴ませていただきますわッ!(1)」


「うふふふ……ついにやってきましたわッ、魔王城!」

「ピヨッ!」

「外観だけでなく、内装もおどろおどろしい感じなんですね……!」


 我が伯爵領を旅立ってから2週間後。

 宣言どおり私はシュゼット&ハクトとともに『魔王城』を訪れていた。


 とはいえ勝手にこっそり忍び込んだ訳じゃない。

 堂々と正門から入ってやったわよッ、“魔王直々の”としてね。

 現在は、魔王が待つ『謁見の間』へと向かうべく、案内役の魔族に連れられ、黒尽くめな重厚インテリアでまとめられた長い廊下を歩いている最中だ。



 なんてったって私には“商売”という特技がある。

 これまで積み上げてきたマーケティングスキルを余すことなく総動員しさえすれば、短期間で魔王の興味を惹いちゃうぐらい朝飯前ってわけ!





 ・・・・・・・





 さかのぼること10日前。

 魔国に入った後も、馬車での移動を続けていた私たちの視界に、高い岩壁に囲まれた巨大な街が飛び込んできた。


「ルミエラ様、あちらに見えますのが魔国の首都グラナドです」

「ピッピヨピィ♪」


 シュゼットは商団の先頭を走る荷馬車の御者席で馬を操り、その肩には小鳥のハクトが止まっている。緊張感走るシュゼットとは対照的に、ハクトはどこか楽しげだ。



 我が王国と同じく、魔国もまた多数の町や村の集合体であるらしい。

 中でも最大の広さを誇るのが首都『グラナド』だ。魔王城を中心に広がる城塞都市で、街の周囲は分厚い岩壁に囲まれている。


「噂には聞いていたけれど、魔王城も城壁も随分と立派なのねぇ……絵で見るのと実際とでは、やはり迫力が段違いだわ」


 私はシュゼットの隣で感心しつつ、かつて得た脳内知識を“実際の情報”へとアップデートしていく。

 もちろん本や資料を読みこんでの勉強も大事だけれど、実地を訪れての情報収集だって忘れちゃいけない。こういう地道な収集や検証・分析の積み重ねが、いざという時の最適解につながる可能性だって有り得るしね!




「……さてシュゼット。目的地までまもなくですから、念のため最終確認をいたしましょう。首都グラナドへの滞在中、最も注意すべき点は何だったかしら?」

「『変化へんげの魔導具』を決して外さぬことです」

「正解よ」


 即答するシュゼットと私の腕には、お揃いのブレスレット。

 私たちはこの魔導具で「へと」した状態なのである。


 魔族の街には人間族が存在しないらしい。つまり人間が普通に乗り込めば悪目立ちしてしまうってわけ。でもこの魔導具があれば、そんな危険を犯さなくて済むのだ。


「それにしてもコレ、本当によくできてますよ。ルミエラ様のツノなんて、まるで生まれながらに付いていたかのように自然でございます」

「貴女のもね。さすがは我が王国で5本の指に入る魔術師の作なだけあるわ!」

「ピヨッ!」


 私とシュゼットが変化したのは『オニ族』という魔族。

 特徴は、頭からは角が生え、瞳は燃えるような赤色、髪には赤のインナーカラーが入っている。『ワフク』と呼ばれる民族衣装を好んで着るらしく、私たちもこれを少しアレンジした服を着用することにした。


 さらに「魔族の街では使い魔は普通」とのことで、ハクトも堂々と常時姿を現している。こんなに長く外にいるのが珍しいからか、心なしかいつも以上に浮かれてるみたいね……やっぱり解放感がすごいのかしら。




「他の注意点は?」

「グラナド内では、常に『偽名』を使うことです」

「そのとおりね。少し早いけれど、そろそろ使い始めましょうか……ね、?」

「かしこまりました、様」


 “ミル”はルミエラの、“ゼト”はシュゼットの偽名だ。

 今までも秘密裏の活動は基本この名で通している。



 なおシュゼットを除く同行者――後方の馬車に乗っている――は、誰も私たちの正体伯爵令嬢とメイドを知らない。何度も取引をした間柄ばかりではあるが、彼らにとって私たちはただの「新興の成金商会主ミル」と「その護衛ゼト」。

 これまでもこれからもそれ以上の関係になるつもりは無いし、よっぽどのミスをしない限り正体がバレることもないだろう。


 特に今回は「魔族との取引と伯爵家との関係性」がバレては色々まずい。人選にも念には念を入れ、伯爵家につながりが無く口が堅い者ばかり。


 “計画の全容”を知るのもまた、私とゼトシュゼットだけなのである。





 ・・・・・・・





 そもそも私が魔国での商売を構想しはじめたのは、1年ほど前のこと。


 辺境に住む魔導具マニアの知り合いが「新たな魔導具を開発したから買い取ってほしい」と連絡してきてね、それが『変化へんげの魔導具』だったの。「こりゃ儲かるぞッ!」と金の気配を直感した私は、速攻すべて相手の希望価格で買い取った。


 相手は、次の新アイテム開発費用が調達できて大喜び。

 私は私で、良さげな新事業の匂いに大感激。

 これぞまさに“我が家の家訓Win-Win~通り”よね!



 で、変化の魔導具をどう使うのがベストか悩みまくった結果、“魔国への事業展開”を思いついたってわけ。

 魔国に潜入させた調査員から上がってきたさまざまな情報――魔国の文化や経済状況、魔族の生活習慣や嗜好など――を精査し、を確信した私は、父にも内緒で、他の事業計画とあわせて密かに準備を進めていたわ。



 その矢先に聞かされたのが、先日の『勇者神託』だった。


 これ、魔国進出計画手持ち事業計画の1つと組み合わせりゃ解決できるんじゃ?


 そうひらめいた私は慌てて計画を修正。

 大幅に実行時期を早める形で急きょ動いたぶん、ほんのちょっぴり――いや、かな~~りアラが残る「私らしくない大胆プラン」に仕上がったけど……



 ……ま、あとはその場その場でどうにかするってことで!

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